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本屋の時間

2024.02.15 公開 ポスト

第161回

最近の出来事から辻山良雄

(撮影:齋藤陽道)

昨年末、それまでだましだまし使っていたパソコンの調子が悪くなり、ついに買い替えることにした。そうすると検索エンジンの設定もそれまでのものとは変わってしまい、リアルタイムのネットニュースが自動的に、トップ画面に表示されるようになる。その機能はわたしには必要のないものだったが、忙しさにかまけてそのまま放置していると、そのうち思いのほか、その画面に煩わされている自分に気がついた。

毎回画面を開くたび、同じ芸人の顔写真が、その時々のニュース(後輩芸人がMさんについてこう話したなど)とともに目に入ってくる。まだ仕事をしている時間だったので、その度ごとに何か口の中に押し込まれたような、何とも言えない気持ちにさせられた。

 

かつてニュースは、変わらない日常の合間に、時おり飛び込んでくる存在だったが、いまやそうしたニュースが次から次へと上書きされていく状態が、変わらない日常となったのだろう。2024年に入り、心をざわつかせるような出来事が次々と起こっているが、新しいニュースに上書きされた少し前の出来事が、充分に咀嚼されないまま流れていくことをわたしは怖れる。それはもともと、ただ消費されるだけのものではなかっただろうし、そうされることにより出来事自体が、ありきたりな軽いものとして、その存在を貶められてしまうのだ。

 

はじめからそうすればよかったのだが、「検索エンジンの設定を変更し、ニュースを表示させないようにする」ことを思いつくまで時間がかかった。わたしはその時間を通して、自分の望む〈日常〉は、すでにそこにあるものではなくなり、積極的に守っていくべきものになってしまったことを思い知った。

Titleのような小さな店の商売では、日常の延長としてモノを売り、食事も提供している場合が多いので、そこに消費をあおるような大きな波は必要ない(ましてや自分でそうしようとは思わない)。それはむしろ余計なもので、一時的には利益になっても、反響に応じて肉体的・精神的な負荷も伴うものだから、波があまりにも大きすぎると、長期的にはその店を損なうものにもなってしまうのだ。

だからわたしは、店の小さな日常を守るため、SNSでもなるべく淡々と、自分の感情とは距離をおいたふるまいをするよう心がけている。それは「バズる」という言葉からなるべく身を遠ざけるということでもあるのだが、そうすることにより、身の回りにいるお客さんをいつも気にかけることができるのだ。

大きな声には人の感情をさらってしまうところがあるのだろう。そしていまは自分にその気がなくても、見知らぬ大勢の人たちによって声が増幅され、大きなものになってしまう時代だ。ある漫画家の先生の訃報を前にしたとき、そもそもの原因はあったにしても、声が届きすぎてしまう怖さを思えば、そのいたましさにしばらく打ちひしがれてしまった。

自分が生きていくための源泉となる、小さなよろこびを守っていくこと。これまで以上に、その細心さが求められる時代になってきたのだと思う。「どうしてそんなことに」という気持ちはあるにしても。

今回のおすすめ本

やまをとぶ』きくちちき 岩波書店

里山に暮らすちきさん。そこに暮らす動物たちとぼくを描いたこの絵本には、自らの生活から生まれたというかけがえのなさがある。

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

◯2025年7月18日(金)~ 2025年8月3日(日) Title2階ギャラリー

「花と動物の切り絵アルファベット」刊行記念 garden原画展

切り絵作家gardenの最新刊の切り絵原画展。この本は、切り絵を楽しむための作り方と切り絵図案を掲載した本で、花と動物のモチーフを用いて、5種類のアルファベットシリーズを制作しました。猫の着せ替えができる図案や額装用の繊細な図案を含めると、掲載図案は400点以上。本展では、gardenが制作したこれら400点の切り絵原画を展示・販売いたします(一部、非売品を含む)。愛らしい猫たちや動物たち、可憐な花をぜひご覧ください。


◯2025年8月15日(金)Title1階特設スペース   19時00分スタート

書物で世界をロマン化する――周縁の出版社〈共和国〉
『版元番外地 〈共和国〉樹立篇』(コトニ社)刊行記念 下平尾直トークイベント

2014年の創業後、どこかで見たことのある本とは一線を画し、骨太できばのある本をつくってきた出版社・共和国。その代表である下平尾直は何をよしとし、いったい何と闘っているのか。そして創業時に掲げた「書物で世界をロマン化する」という理念は、はたして果たされつつあるのか……。このイベントでは、そんな下平尾さんの編集姿勢や、会社を経営してみた雑感、いま思うことなどを、『版元番外地』を手掛かりとしながらざっくばらんにうかがいます。聞き手は来年十周年を迎え、荒廃した世界の中でまだ何とか立っている、Title店主・辻山良雄。この世界のセンパイに、色々聞いてみたいと思います。

 

【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト

 

◯【寄稿】

店は残っていた 辻山良雄 
webちくま「本は本屋にある リレーエッセイ」(2025年6月6日更新)

 

◯【お知らせ】NEW!!

〈いま〉を〈いま〉のまま生きる /〈わたし〉になるための読書(6)
「MySCUE(マイスキュー)」 辻山良雄

今回は〈いま〉をキーワードにした2冊。〈意志〉の不確実性や〈利他〉の成り立ちに分け入る本、そして〈ケア〉についての概念を揺るがす挑戦的かつ寛容な本をご紹介します。

 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。

偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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