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本屋の時間

2023.11.15 公開 ツイート

オール・フォー・ワン 辻山良雄

最近、三巻揃えの『花森安治選集』を買った。発売になった三年前にも買おうかどうか迷った本だが、花森の他の本もいくつか持っているし、三冊合わせると結構な値段にもなるので、そのうち買うこともあるだろうとなんとなくそのままにしていた。店には必要な本だから、目に見える形でいつもそこに並べていたが、なかなかその時は訪れない。そして先月、雑誌『暮しの手帖』の創刊75周年記念展示を行い、花森安治について誰かと話したり一人で考えたりする機会も多かったので、会期の最終日、「いまがその時」とまとめて買い求め、ようやく家に持ち帰った。

これまで花森安治には、どこまでいっても触れることのできない、わからないと思う薄いあと一枚の壁があった。それは表面的なことかもしれないが、愛らしいノスタルジックなカットや装釘を手掛ける彼のセンスと、戦争が心底嫌で檄文まで書いてしまう激しさとが、わたしのなかでうまく結びつかなかったのだ。だが三冊を手にして、巻数に関わらず興味を惹かれたところから読んでいくと、それまではバラバラに存在した花森に対する興味や知識が、一つの体系となってつながっていく感覚があった。

「ある日本人の暮し」と題された選集の2巻は、日本各地にいる市井の人びとの暮らしぶりを追ったルポルタージュ集である。わたしが認識を新たにできたのはこの巻のおかげだが、その書きぶりは例えばこんな具合だ。

踏みぬきそうな天井板を気にしながら、どうにか工事を終って、もう真黒どろどろに汚れて下りてくると、さっきまで、あと百円まけときなはれ、とねばっていたおかみさんがびっくりした顔になる。すぐ共同水道へとんで行ってバケツに水をくんでくる、タオルをしぼってくれる、すんまへんな、と言ってくれる。値切ることなど忘れてしまうのである。

『花森安治選集2』「特攻くずれ」(暮しの手帖社)

暮らしの当事者である庶民の心根を見つめ、それとともにあろうとする花森の姿勢は、「ほんとうの美しさ」を暮らしに追い求めた服飾評論家としての仕事にも、一本のペンの力を信じ、国家権力にも屈しようとしなかった『一戔五厘の旗』にも通じるものだ。「この人の芯に少しだけ触れたかもしれない」。そのように思いふと周りを見ると、これも読みかけの鶴見俊輔『日本の地下水』や、宮本常一『忘れられた日本人』が目に留まった。いずれもこの世界を理解しようとした際の、まなざしの向かう方向が似ている本である。

本と本とのあいだにあったのは、少しずつ異なるものが重なり合って置かれることで、そこに生まれる響きであった。それを認めた瞬間、世界の見え方が変わったような気がして、何だかぞわぞわした。

この「少しずつ異なるものが重なり合う」という感覚は、本屋の店づくりにおいてわたしが大切にしていることでもある。何か特定の本を探しに来た客にとっては、その本が探しやすいかどうかがいちばん大事だが、そうではない何か面白い本がないかとウロウロ来た客には、一冊という〈点〉ではない、複数の本の連なりが感じさせる世界観が、「読みたい」という気持ちを後押しする。本が多すぎると網羅的にもなってしまうから、体感的には一つのテーマにつき五~六冊あるくらいがちょうどよい。言ってしまえば、ある一冊の本を売るためにそれだけを置くのではなく、一冊の本を売るために、その店すべての本があるのだ。

この四月で店舗は閉店したが、鳥取で四十三年に渡り定有堂書店を続けた奈良敏行さんは、本を並べる際に起こるそのような感覚を「森羅万象」という言葉で表現した。

小さな本屋の暮しで飽きないためには、どのようにして本の森羅万象という気配を醸し出すかに工夫する。逆にいうと森羅万象でなければ飽きてしまう。

「木を見る、森を見る」(音信不通㉑)

「音信不通」は定有堂書店が発行していたミニコミ誌。「森羅万象」が難しいのは、ただ本が並んでいればよい、店が大きければ森が深くなるという訳でもないところで、棚を耕す人の手が入らなければ、本はどれだけあっても〈点〉のまま、隣の本と響き合うことはないのだ。そのことを奈良さんは次のようにも書く。

本が少ないけど、本がたくさんあるように見える。どういうことだろうか? 逆にいうと、本がたくさんあるのに、森羅万象と感じられないのはなぜか。本と本とが相乗的に生み出す何かが存在しない、ということだろう。

「本屋的人間そしてオブセッション」(音信不通(14))

最近、店に来る常連のNさんと、流行りの「棚貸し書店(*)」について話をした。彼女はもともと棚貸し書店が苦手なかたで、棚を見ているだけで「何だかクラクラしてくる」そうだが、近ごろそうではない体験をしたという。

その店ではレンタルで貸しているスペースのあいだに緩衝地帯を設け、その場所に緩いつながりを持たせられる本を、店の管理者が選んで並べているという。だから棚ごとの内容は全く異なっても、全体を通して違和感なく見られるというのだ。

「わたしは誰かがちゃんと目配りしている、統一感のある空間が好きなのだと気がつきました」

 

本が一冊あるだけでは生まれない森が、二冊、三冊と重なり合うにつれて育っていき、次第に深いものへと変貌を遂げる。ただ、それは人の手が入っているからそう感じるのであって、そうでなければ人の歩ける森にはならないだろう。それは本の持つ面白い性質、またどれだけ考えても答えの出ない、不思議なところだと思う。

*「棚貸し書店」 ……店の中の、ある決められた棚の区画を個人などに貸し出し、その集積で運営する書店。棚を借りた棚主は、自分のテーマに沿って本を並べる。「シェア型書店」と呼ばれることもあり、収益や集客の面から注目されている。

 

今回のおすすめ本

小山さんノート』小山さんノートワークショップ編 エトセトラブックス

「小山さん」は、喫茶店でノートを書くとき、ようやく自分自身に帰ることができた。突然やってくる外部からの暴力、言われのない差別……。それでも内には、自分の心を明け渡さない自由があった。
都内のテント村に暮らしていたホームレスの女性が遺した、80冊を超えるノートから抜粋された手記。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

◯2024年6月1日(土)~ 2024年6月17日(月)Title 2階ギャラリー

旅ができる日々」
今日マチ子『きみのまち 歩く、旅する、書く、えがく』発売記念作品展

 rn pressより、今日マチ子さん初めてのエッセイ集『きみのまち 歩く、旅する、書く、えがく』が発売されます。2024年、社会を見渡すと、コロナ禍で「旅」がタブーのようになっていた時期が遠い昔のように思えます。今日マチ子さんはコロナ禍を描き続け、人気シリーズとなった「#stayhome日記」3部作が2023年に完結。そんな今日マチ子さんが次に描くのは「旅ができる日々」。ようやく自由に旅ができるようになった喜びを噛み締めるように、台北ー台中ー台南ー高雄という台湾旅、伊勢、京都、仙台、つくば、金沢……という街を巡りました。異国の地で感じる想い、普段の生活とは違う高揚感。旅を通して感じた記録を、エッセイとイラストにまとめました。今回は、『きみのまち 歩く、旅する、書く、えがく』に収録されるイラストや、地図や写真からなる旅の記録、エッセイなどを展示しています。


◯2024年7月12日(金) 19時30分~ Title 1階 特設スペース

狭くて小さな「一隅」から
宇田智子(市場の古本屋ウララ)×辻山良雄(Title)トークイベント

市場の古本屋ウララの店主・宇田智子さんが、前著『那覇の市場で古本屋』の続編となる、『すこし広くなった「那覇の市場で古本屋」それから』(ボーダーインク)を刊行されました。宇田さんは神奈川県のご出身ですが、沖縄・那覇の、人通りの絶えない商店街で、わずか四・五坪の古本屋を構え、道行く人を相手に本を売っておられます。その椅子からは、はたして何が見えるのか。宇田さんは、辻山の新刊『しぶとい十人の本屋』にもご登場頂いておりますが、そのつづきのように、ふたりで話してみたいと思います。
 

◯【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
 

 

【お知らせ】NEW!!

我に返る /〈わたし〉になるための読書(2)
「MySCUE(マイスキュー)」

シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第2回が更新されました。
 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

【書評】

『涙にも国籍はあるのでしょうか―津波で亡くなった外国人をたどって―』(新潮社)[評]辻山良雄
ーー震災で3人の子供を失い、絶望した男性の心を救った米国人女性の遺志 津波で亡くなった外国人と日本人の絆を取材した一冊
 

黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編  / お買いもの編
 

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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