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本屋の時間

2022.12.01 更新 ツイート

第146回

隣の国の人たちだから 辻山良雄

(撮影:齋藤陽道)

 

先日、レジ横の柱に掛けてある絵をじーっと、それこそ穴が開くかのように見ていた女性がいた。「中山信一さんという方が描かれた絵です」と声を掛けたところ、はにかんだように黙って手を振るだけ。この反応には覚えがあるな、さてなんだったか……と思っていたところ、彼女は小さな声で「I can’t speak Japanese」とだけ話した。そうだ、訪日客の水際対策が緩和されたのだった。

日本と韓国との交流が個人のレベルで拡がっているのは、この都心から離れた小さな店に、わざわざ一人で訪れる観光客がいることからも想像がつく。それが本当に不思議だったので、ある時店に来た日本語を少しだけ話す男性に、なんでTitleを知ってるの? と聞いたことがあった。その時彼は言うまでもないというふうに、「インターネット」と短く答え、「ここのツイッター、フォローしてます」と笑いながらスマートフォンを見せてくれた。

わたしもアメリカや台湾を旅したときは、ストランドブックストアや誠品書店などその土地の書店を巡ったから、人のことは言えない。しかしTitleに並べているもののほとんどは、日本語で書かれた文字ばかりの本。そのことをいつも申し訳なく思っていたが、彼らは店内から絵本やリトルプレスなどを上手に選び、お土産にして帰る。

 

今月中旬、その韓国で『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』の韓国語版が発売になる(訳者は日本でも『言の葉の森——日本の恋の歌』という著作があるチョン・スユンさん)。その話を聞き、こちらから序文を書きたいと申し出たのは、あのわざわざここまで足を運んでくれた人たちに、何か伝えきれなかった思いが残っていたからだろうか。

結局、「韓国語版の読者のみなさまへ」とタイトルを付けたその文章は、普段わたしが考えていることをまとめた、手紙のようなものになった。出版社の許可を得て、ここにその一部を修正して掲載します。

韓国語版の読者のみなさまへ

アニョハセヨ。本書を手に取っていただき、ありがとうございました。東京の荻窪でTitleという書店を営んでおります辻山良雄と申します。日本語版の本は、店の前に置いている看板を使ったデザインになっていますが、はたして韓国語版はどうなっているのでしょう?(この文章を書いているのは本が出来上がる直前です)。

自分の書いた文章が一冊の本となり、目のまえに手渡されるとき、わたしはいつも不思議な気持ちになります。わたしにとって本の作者とは、どこか遠くにいる、才能に溢れた立派な人たちでしたから(そしてわたしは才能があるわけでもなければ立派でもありません)。しかしわたしはこうして文章を書くことで、どんどんわたし自身になっていくような気がしています。それが一冊の本に値するかどうかはわからないけど、自分の店をはじめたことは、目のまえの物事を深く考えるきっかけとなりました。

店には毎日様々な人がやってきます。小さなハプニングは日常茶飯事。あとあとまで深く考えさせるような出来事もこれまでには数多くありました。それらは一見どこにでもある、なんの代わり映えもしない出来事のように見えますが、目を凝らしてよく見ると、決して他では起こり得ない独特なことばかりです。

そしてそのことは、いまあなたがどこの街でどのように暮らしていたとしても同じでしょう。日々の平凡をよく生きることが、自分でも気がつかないあいだ、〈生きる〉という普遍へとつながっていく。そうした驚きを感じながら、わたしはいつも仕事をしています。

 

日本が少し前からそうであるように、韓国でも〈独立書店〉ブームがあるようですね。前もって示し合わせたわけでもないのに、隣の国同士で似たような動きがあることを興味深く思っています。本やことばに魅せられて、やむにやまれず自分の店を開いてしまった人たちが海の向こうにもいる。そうした事実は、わたしのように小さく商売をしているものにとっては、とても心強いものです。

韓国でもそうかもしれませんが、日本もいまでは、昔から続いてきた多くの個人商店が全国規模のチェーン店に取って代わられ、どこの街に行っても似たような風景が広がるようになりました。確かに明るく便利にはなりましたが、人間同士がいれば発生する感情の交歓は、そこにはほとんど見られません。

でも、わたしたちは消費者である前にひとりの人間です。その人をひとりの人間扱いしてくれる場所が街になければ、わたしたちはこれからどうやって生きていくのでしょう? BUY BOOK BUY LOCAL. ローカルであるというゆるやかな紐帯も、もう一度考えていかなければならないことだと思っています。

 

わたしの〈小さな声〉がこうして勝手に海を超え、遠くまで届いてしまったことを面白く、また誇りに思います。

世界的なパンデミックという苦しい時期を乗り越え、わたしたちの交流がふたたび活発に行われることを願ってやみません。

今回のおすすめ本

韓国の「街の本屋」の生存探求』ハン・ミファ 渡辺麻土香訳 クオン

「似たような動き」どころか、考えていることも似通っており、とても参考になった。数多くの店が生まれては消えていく、韓国の「街の本屋」。彼らは自分の店を長く続けるために、何を考え、どう行動しているのか。

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。
 

◯2023年1月13日(金)~ 2023年1月31日(火) Title2階ギャラリー

河田桟『ウマと話すための7つのひみつ』刊行記念展

子どものための馬語の入門書『ウマと話すための7つのひみつ』(偕成社)の刊行を記念して展示を行います。与那国島で馬を相棒に暮らす著者が撮った島の馬たちの写真や、本展のために制作したショートムービー、今回の絵本に関連した内容を含むエッセイなどをご覧いただきます。

 

◯2023年2月3日(金)~ 2023年2月26日(日) Title2階ギャラリー

通りを抜けて
花松あゆみ 個展

『新月の子どもたち』(ブロンズ新社)や『月のこよみ』(誠文堂新光社)の装画など、イラストレーターとしても活動する版画家・花松あゆみさんの作品展。日常の中でふと訪れる、心を動かす思わぬ景色……そんなわくわくする時間が描かれた版画の世界をお楽しみください。
 

◯【書評】
〔New!!〕好書好日
東畑開人「聞く技術 聞いてもらう技術」(ちくま新書)
評:辻山良雄――〈ふつう〉の行為に宿る知恵


こまくさWeb
〈わたし〉の小さな声で歌おう~榎本空『それで君の声はどこにあるんだ? 黒人神学から学んだこと』に寄せて /評:辻山良雄

 

◯【インタビュー】
ダ・ヴィンチ「寄り道したい本屋たち」第三回 荻窪Title

兼業生活「どうしたら、自分のままでいられるか」~辻山良雄さんのお話(1)室谷明津子 2022/8/5(全4回)

 

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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