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本屋の時間

2023.04.15 公開 ツイート

第151回

三春滝桜 辻山良雄

一生に一度といった言い方もするけど、福島県三春の滝桜が満開に咲きほこる姿は、ついにわたしにもそのときがきたかと、自分の死が現実のものとなってそこに現れたかのような美しさだった。

 

「三春」という地名が、いつかは行きたい場所としてわたしのなかに棲みついたのは、長谷川ちえさんの『三春タイムズ』を読んでからだった。

三春という土地の名前は、梅・桃・桜の三つの春が同時に訪れることが由来だと聞いている。早い年だと三月末頃には梅が咲き始め、バトンを渡すかのように桃の花が色を添え、四月に入れば見事なまでのしだれ桜やソメイヨシノが蕾をほころばせる。ついこの間まで枯れ木のように見えていた山の木木が、いつの間にかふんわりとやわらかく、ほのかに頬を染めるような表情になっていく。「山笑う」とはまさにこんなことなのだろうという景色が目の前に広がるのだ。 
——長谷川ちえ『三春タイムズ』「引っ越し」 信陽堂

わたしはこの文章を読み、山が笑うという光景があるのなら、ぜひこの目で見てみたいと思った。

実はそれ以前、三春の近くまでなら一度車で通りかかったことがあった(行ってみたい酒蔵があったのだ)。それは春も終わりという時期で、小雨が降っていた。雨でけむるなだらかな丘の上に、ところどころ大きな木が生えている景色に、こんな桃源郷みたいな場所で暮らしていたら自分はどうしていたのだろうと、その時は想像を膨らませた。

だから「ああ、あそこが三春(の近く)だったのか」と気がついてからは、今年も桜が咲きはじめましたというニュースを耳にすると、近くの善福寺公園や石神井公園、上野といった場所の向こうに、「三春」という自分の中ではまだおぼろげにしか存在しない場所から、おいでおいでと手招きされているような気がしていたのだ。

4月2日の日曜日、台所でスマートフォンを見ていたAがぽつりとつぶやいた。

「三春の滝桜が咲いたみたいね。わたし、フォローしてるんだけど」

あぁ、そうなんだ。

彼女には数日前、次の定休日は家で仕事をすると伝えていた。荷物も届くというし。

寝る前見た天気予報では、明後日火曜日は晴れ。ジョルダンで調べると、三春へは東北新幹線で郡山まで行き、そこから磐越東線に乗り換えれば二時間で着くらしい。この時期は三春の駅前から滝桜まで、臨時のシャトルバスも出ているという……。

いつかは行きたいと思っていたけど、まさかすぐにその時が来るとは思わなかった。

わたしもスマートフォンを見ながらぽつりとつぶやいた。

「まぁ、行くしかないのかな……」

長々とこんなことを書いているが、実はわたしは花や花を見ることに対して、特別な思い入れがあるというわけではない。大抵はいつも店にいるので、ニュースや周りの人の話から、「いま桜が咲いているんだ」と気がつく程度。でも休みの日に街の思わぬ場所で、まだ完全に花びらが落ちきっていない桜の木と出くわすと、ああ、今年もこの光景を見ることができたとやはり安堵してしまう。

新天地への期待に胸を膨らませた春があった。

大きな地震が発生したが何もできず、その場に立ちすくんでいた春もあった。

でもまだわたしはこうして生きている。多くの人がどうしようもなくこの花に惹かれるのは、自分の一生に流れた時間を一瞬にして感じさせてくれるからなのかもしれない。

 

滝桜に向かう道は、人また人で溢れていた。「写真撮れるかな」と気にかけている関西弁の若い夫婦、通りかかった係員に「お金はこの先で払うのか」と何度も尋ねるおじさん四人組、昨夜はこんなに並んでいなかったとこぼす、一人で横浜からきたという女性……。並んでいるだけでも祭りのようなにぎやかさ。でも周りにこんなに人がいるのに、滝桜の前までくると、その滝桜だけはしんとしていた。千年以上も前からそこに立ち、人がそのたび入れ替わり来るのを、見ていないようで見ているのだろう。滝桜はすごいなあ、そして人の存在とはなんとちっぽけなのだろうか。

長谷川さんの店「in-kyo」はその日定休日だったが、エッセイにも書かれていた近くの「メロディー」という喫茶店が開いていたので、そこでお昼にした。注文の品を待っているあいだ、壁に飾られた滝桜の写真が目に入った。花は満開なのに木の周りには誰も人の姿が写っていない写真。非公開の日でもあるのだろうか。

「その写真は、コロナで人が来なかった時期に撮られたものです」

気がつけば背後にエプロンをした男性が立っていた。年のころはわたしと同じか少し上くらい。会話が聞こえていたのだろうか。「わたしは喫茶店をしていますが、店の二階で写真の仕事もやっています。実はその写真は、わたしが撮ったものです」

「ほぉー。すごいですね」

「せっかくなので、よいものをお見せしましょう」。そう言うと彼は、アルバムの中からごそごそ記念切手を取り出した。滝桜の写真切手シートである。

「シートのここを見てください。〇〇と書かれているでしょう。これ、わたしのことなんです」

「すごいですね」

「いやぁ、どこで知ったのか。郵便局から依頼を受けたものですから……」

そう言って彼は、ぽりぽりと頭を掻いた。滝桜の写真の横には、これも立派な桜の写真が飾られている。「そちらは福聚寺(ふくじゅじ)の桜です。わが家の菩提寺でして……。ちなみにその写真もわたしが撮りました。住職が芥川賞作家というお寺です」

「あ、ゲンユウさん……でしょうか?」

お坊さんで芥川賞作家、東北出身ということから、震災後よく姿を目にした玄侑宗久さんの名前が思い浮かんだ。そう答えると彼は少しだけ表情が硬くなった。

「……そう、玄侑宗久さんです。ご存知でしたか。わたしなどはここを歩いていると、日に10回くらいはお見かけしますけどね」

それから彼は、ゆるキャラ「P作王子」(三春はピーマンが有名なのだ)の着ぐるみに入ったときの写真を見せてくれ、中に入ると子どもが叩いてきてこまるとまじめな顔で言った。「いい町ですよ、三春。また来てください。わたしもこのあと店を閉めて、滝桜の出店(でみせ)を手伝いに行きます」。

外に出ると、陽がだいぶ西に傾いていた。山にはところどころ、薄いピンクを散らした桜の木が生えていて、今年もこの季節が来たことをよろこんでいるように見えた。

今回のおすすめ本

『ナンセンスな問い』友田とん エイチアンドエスカンパニー

「可笑しな人に繰り返し出会う」ことは、もはや一つの才能だ。日常の可笑しみを見逃さず、それを真面目に伝える友田とんさんのセンスが充溢した一冊。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。
 

○2024年2月8日(木)~ 2024年2月25日(日)Title2階ギャラリー

 齋藤陽道「生きる」
 齋藤陽道自選写真展

いま文筆に、映像に、イラストに、ますます活動の幅を広げている齋藤陽道さん。彼の表現の原点ともいえる「写真」には、家族、働くろう者、小さな虫など何を撮ったものでも、「生きよう」という強いメッセージが根底に流れているように見えます。このたびの展示では、過去の膨大な作品の中から、「生きる」をテーマに、齋藤さんが自選した作品を、自身の文章を添えてお目にかけます。

○2024年3月3日(日)Title 1階特設スペース

 地図と日記の歩き方 100年前のパノラマ地図をたどる
 井上 迅(扉野良人)× 荻原魚雷 トークイベント

昨年10月、11月と相次いで刊行された『100年前の鳥瞰図で見る 東海道パノラマ遊歩』(荻原魚雷著・パノラマ地図研究会編/大和書房)と、『ためさるる日 井上正子日記 1918-1922』(井上迅編/法藏館)。ともに100年前の日本(前者は東海道、後者は京都)へと誘うヴィジュアルガイドであり歴史資料ですが、もうひとつ清水吉康が描くところのパノラマ図を用いて、100年前の時間と空間をよりバーチャルに追体験しようという知的好奇心が働いています。100年前の地図と日記をたよりに、東海道をたどって京都の町中へ至るひと時の時間旅行は如何でしょうか。


黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編  / お買いもの編


【書評】
『自由の丘に、小屋をつくる』川内有緒著(新潮社)
ーーDIYで育む 生き抜く力[評]辻山良雄

東京新聞

◯【対談】
辻山良雄 × 大平一枝  「それがないと自分が育たない、と思う時間」
(大平一枝の『日々は言葉にできないことばかり』vol.6/北欧、暮らしの道具店)

 

【お知らせ】
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>好評連載中!!】

スタジオジブリの小冊子『熱風』2024年2月号

『熱風』(毎月10日頃発売)にてスタートした「日本の「地の塩」をめぐる旅」が好評連載中。(連載は不定期。大体毎月、たまにひと月あいだが空きます)。Title店主・辻山が日本各地の本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方をインタビューする旅の記録。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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