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本屋の時間

2023.01.15 公開 ツイート

第148回

居心地のよさを求める世界のなかで 辻山良雄

(撮影:齋藤陽道)

毎年のことだがお正月の休みは、実際の時間よりも長く感じる。この時期のことを楽しみに待つ人がいる一方、少し苦手にしている人も多いかもしれない。一人一人は違う人間だと言われながら、ステレオタイプな幸せのかたち(多くはイエを単位とした家族主義のようなもの)を、テレビや街の空気からそれとなく押し付けられる時期でもあるからだ。

 

わたし自身も子どものころから、この時期にはどこか居心地の悪さを感じてきた。しかしそれでも最近では、お正月もまんざら悪いばかりではない、その居心地悪さにも少しは意味があるのではないかと思うようになった。それというのも普段のわたしには、あるフィルターで護られた、耳ざわりのよいことばしか届いていないという自覚があるからだ。

いま、自分と似た趣味嗜好を持つ人と出会うことは、以前よりも遥かにたやすくなった。どこかのSNSを覗いてみるだけで、そうそう、それわたしが言いたかったことだよねと、まだ見ぬ友人を見つけることができるだろう。そしてその横へ横へと広がる輪は、性別や年齢、国境などの壁も立ちどころに越え、その人を安定させる精神的なよりどころとなる。

その一方でわたしたちは、距離的にはすぐ近くにいても、住んでいる社会の異なる人には、これまで以上に出会えないでいる。行っている仕事や社会での立場が異なれば、互いのことばを通じ合わせるには時間もかかる。それならば、考えていることがわからない隣人よりも、気心の知れたグループのなかで居心地よくいるほうが楽だ。まったく、毎日をぶじに過ごすだけでも大変なのに、そうした易きに流れるのはあたりまえではないか。

でも、ほんとうに、それだけでよいのだろうか?

昨年春、隣町珈琲を経営する、文筆家の平川克美さんと対談させていただく機会があった。平川さんはその席上、「共有地」(行き詰まった資本主義社会の代替案として、平川さんが自ら実践し、到達した考え)を成り立たせる条件として、次のような話をされた。

店主のこだわりで埋めつくされた「一人称単数」の店ではなく、「一人称複数」にしないとだめなのだと思います。「私」ではなく「私たち」の場所にするためには、私が許容できないものがどこかに含まれていないといけません。(『ちゃぶ台9』特集:書店、再び共有地より)

たとえ自分の好みに近くても、店主のこだわりだけで埋めつくされた店には、同じグループであることを暗黙裡に確かめ合っているような窮屈さがある。もちろん「私が許容できないもの」を、自分の居場所にわざわざ含めることは難しい。でも「見かけは違うが考えていることはわかる」などその共通点を見つけ、許容できる範囲を広げていくことは可能だ。やはり店には、少しの居心地悪さが残されていたほうが、風通しがよくて長持ちするのである。

 

さて、ここで話はお正月に戻る。わたしは何年か前の正月を、ひょんなことから、そのときはじめて会った叔父といっしょに過ごすことになった。彼は長年土木工事の会社を経営し、全国の様々な土地に出向いて、多くの道路を敷いた。当然こちらの仕事の話には興味がない。顔は浅黒く、耳が少し遠くて、わたしが何か話しかけると、「はあ?」と耳をこちらに突き出してくる。

ああ、わたしは、自分を護ってくれる店がなければ、座持ちがしないただの男なんだ……。このお正月の時期、横に広がる人間関係ではなく、縦の関係に戻ってみると、自分のほんとうの背たけがわかるのであった。

そんな時テレビというものは偉大である。その人に真正面から向き合うのは気後れしても、ただなんとなく同じテレビを見ながら、思ったことやたわいないゴシップなどを言ったり聞いたりすることならできるかもしれない。考えが違うだけで、なかなか同じものを見ることができない世のなかだけど、同じテレビを見ているだけでも、何か通じ合う気持ちが生まれてくるから不思議なものだ。

「こいつ、近くのF大卒やもんね」

「こんな変わった(野菜の)作り方して、儲かるのやろか」

叔父の着ていたダウンベストは、ワークマンで買ったとのことであったが、USBで温められた温度によって、胸のポッチの色が変わる仕組みになっていた。

「あったかいぞ。あんたも触ってみい」

そうして触った彼の背中は思ったよりも痩せており、指に背骨がゴツゴツとあたった。

「ほんとうだ。あたたかいですね」

完全に居心地のよい世界なんて、どこかウソっぽい。彼は照れながらもうれしそうにひげを触っており、そこには憎めない可愛らしさがあった。

今回のおすすめ本

ふたりたち』南阿沙美 左右社

「ふたり」であるには、ただ人間が二人いるだけではだめで、見ているものは違っても、つかず離れず、かすかなしるしのようなものが必要なのだろう。「いいなあ、と思うふたり」を写真に収め、自らとの関りを書いたエッセイ集。

 

※本屋の時間は、毎月15日の更新に変更しました

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

○2024年4月12日(金)~ 2024年5月6日(月)Title2階ギャラリー

『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』小林エリカ原画展

科学者、詩人、活動家、作家、スパイ、彫刻家etc.「歴史上」おおく不当に不遇であった彼女たちの横顔(プロフィール)を拾い上げ、未来へとつないでいく、やさしくたけだけしい闘いの記録、『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』が筑摩書房より刊行されました。同書の刊行を記念して、原画展を開催。本に描かれましたたリーゼ・マイトナー、長谷川テル、ミレヴァ・マリッチ、ラジウム・ガールズ、エミリー・デイヴィソンの葬列を組む女たちの肖像画をはじめ、エミリー・ディキンスンの庭の植物ドローイングなど、原画を展示・販売いたします。
 

 

【書評】New!!

『涙にも国籍はあるのでしょうか―津波で亡くなった外国人をたどって―』(新潮社)[評]辻山良雄
ーー震災で3人の子供を失い、絶望した男性の心を救った米国人女性の遺志 津波で亡くなった外国人と日本人の絆を取材した一冊
 

【お知らせ】New!!

「読むことと〈わたし〉」マイスキュー 

店主・辻山の新連載が新たにスタート!! 本、そして読書という行為を通して自分を問い直す──いくつになっても自分をアップデートしていける手段としての「読書」を掘り下げる企画です。三ヶ月に1回更新。
 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編  / お買いもの編
 

◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>書籍化決定!!】

スタジオジブリの小冊子『熱風』2024年3月号

『熱風』(毎月10日頃発売)にてスタートした「日本の「地の塩」をめぐる旅」が無事終了。Title店主・辻山が日本各地の本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方をインタビューした旅の記録が、5月末頃の予定で単行本化されます。発売までどうぞお楽しみに。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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