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本屋の時間

2020.03.15 公開 ツイート

第81回

閖上の夜 辻山良雄

仙台にはこれまで、三度訪れたことがある。最初は震災前の二〇〇八年に当時勤めていた会社の研修で、あとの二回は震災後の二〇一三年と一四年にそれぞれ。特に震災で区切る必要はないし、それは住んでいる人にとっても迷惑なことかもしれないが、あの街に暮らす友人には東日本大震災をきっかけに知り合った人もいて、どうしてもそのように区切って考えざるをえない。

 

二〇一三年六月、その夜は仙台の出版社・荒蝦夷(あらえみし)の土方正志さんと千葉由香さんの二人に、地元の居酒屋を案内いただいた。二軒目の立ち飲み屋にいたときに、どういうきっかけでそうなったのかは覚えていないが「ではこれから、閖上(ゆりあげ)に行きましょう」ということになった(恐らくわたしがまだ行ったことがないと言ったからだろう)。太平洋沿岸の閖上地区は漁港として栄え、住宅も立ち並ぶ地域だったが、あの日9メートルを超える津波により、町のほとんどが壊滅的な被害を受けた。

夜の十二時前、仙台の中心部でタクシーを拾い(運転手も「これからですか?」と怪訝そうな声で答えた)、三十分ほど走ってここだと降ろされたところは、何もない、ただ地面が広がるだけの場所であった。

 

すでに瓦礫の撤去が済んだあとの地域は、かつてそこに生活があったことすらないものとされてしまったかのようだった。夜の闇の中、地面だけが横たわり、人の営みを感じさせるものは何一つとしてない。ずっとそこにいると、自分が存在していることすら怪しくなってくる、徹底した〈無〉であった。

隣の土方さんは、そこに着いてからは一言も話さなかった。ただそこに立ち、この場所に何が起こったかを想像してほしい。そのように問いかけられているかのようでもあった。土方さんはこれまで〈外からきた〉多くの人を、こうしてここまで連れてきたのだろう。何も言うことはできず、闇の中、音は何一つしなくて、ただ遠くに波の音だけが聞こえたような気がした。
 

そもそも仙台には「東北 可能性としてのフロンティア」というブックフェアを行うため、地元の出版社に協力を求めにいったのであった。それまでも何度か震災関連の本を集めたフェアは行っていたが、ただ表面をかすめ取るだけで何かもの足りず、もっと出来ることがあるのではないかと思っていた。

そんな折、仕事で出会ったロシア文学者の亀山郁夫さんが、震災以降大切にしていることばとして、スーザン・ソンタグの一節を自身の選書によせてくださった。

「彼らの苦しみが存在するその同じ地図の上にわれわれの特権が存在する」

『他者の苦痛へのまなざし』スーザン・ソンタグ 北條文緒訳 みすず書房

ソンタグのこの本は、主に戦場写真を扱った写真論だが、同情の意味や限界についても触れている。それは震災当初、起こったことの大きさに何もできず、手放しで同情することにもためらいがあったわたしにとっては、見逃すことのできない本でもあった。

土方さんはあの夜、わたしを閖上まで連れていったが、そこには越えられない一線があることも、無言のままその身をもって示してくれたように思う。それは実際に体験したものと、それを見て(無責任に)同情するものとの違いでもある。しかも情けないことに、本当はわたしのほうが自分の意を行動で示さなければならないところ、実際には土方さんから与えられたもののほうが、いまに至るまでずっと大きいのだ。

 

何かわかったように、〈特権〉のうえにあぐらをかきそうになったとき、わたしはあの暗い浜辺のことを思い出す。わかったと思う傲慢に身を任せてしまうより、無力に打ちひしがれながらでも、自分の足で一歩を踏み出す方がよいと思うから。

 

今回のおすすめ本

『大きな屋根 建てる ― 釜石市民ホールTETTO 2013-2019』写真:奥山淳志 文:ヨコミゾマコト millegraph

津波で街の建物の多くが流されてしまった岩手県釜石。建築家が構想した市民ホールは、多くの人の手と物によって作られ、釜石の街の風景となり溶け込んでいく。街の日常はこのように取りもどされる。そのように思わせるアーカイブ。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

○2024年4月12日(金)~ 2024年5月6日(月)Title2階ギャラリー

『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』小林エリカ原画展

科学者、詩人、活動家、作家、スパイ、彫刻家etc.「歴史上」おおく不当に不遇であった彼女たちの横顔(プロフィール)を拾い上げ、未来へとつないでいく、やさしくたけだけしい闘いの記録、『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』が筑摩書房より刊行されました。同書の刊行を記念して、原画展を開催。本に描かれましたたリーゼ・マイトナー、長谷川テル、ミレヴァ・マリッチ、ラジウム・ガールズ、エミリー・デイヴィソンの葬列を組む女たちの肖像画をはじめ、エミリー・ディキンスンの庭の植物ドローイングなど、原画を展示・販売いたします。
 

 

【書評】New!!

『涙にも国籍はあるのでしょうか―津波で亡くなった外国人をたどって―』(新潮社)[評]辻山良雄
ーー震災で3人の子供を失い、絶望した男性の心を救った米国人女性の遺志 津波で亡くなった外国人と日本人の絆を取材した一冊
 

【お知らせ】New!!

「読むことと〈わたし〉」マイスキュー 

店主・辻山の新連載が新たにスタート!! 本、そして読書という行為を通して自分を問い直す──いくつになっても自分をアップデートしていける手段としての「読書」を掘り下げる企画です。三ヶ月に1回更新。
 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編  / お買いもの編
 

◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>書籍化決定!!】

スタジオジブリの小冊子『熱風』2024年3月号

『熱風』(毎月10日頃発売)にてスタートした「日本の「地の塩」をめぐる旅」が無事終了。Title店主・辻山が日本各地の本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方をインタビューした旅の記録が、5月末頃の予定で単行本化されます。発売までどうぞお楽しみに。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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