その日の朝は起きぬけにパソコンを立ち上げ、WEB SHOPを確認した。見慣れない税込価格の本が並んだページは、自分の店のものとは思えず、一夜のうちに世界が変わってしまったことを実感させられた。WEBSHOPやレジ周りのアップデートは滞りなく行われたようで、その周到さがその日はとてもうらめしかった。
9月に入ってからだろうか、消費税率が変更される10月1日が間近に感じられるようになると、店に来る人の姿にも変化が見られるようになった。それはどこか元気がなさそうで、しょんぼりとして見えたのだが、こちらも同じように感じていたせいかもしれない。
夜帰宅してテレビをつけると、どのニュース番組も連日ワイドショーのように、複雑な増税後の変化について伝えていたが、確かに毎日このような番組を見続ければ元気もなくなるだろう(プロパガンダは案外簡単に、悪気もなく行われる)。不思議なもので10月に入って少し経った頃のほうが、人の姿にも平穏さが戻ったように思えた。
小売業の立場からすれば、このたびの増税はマイナスの影響しかない。店の運営に関わる経費が上がる一方、お客さんの財布のひもは固くなる。ここ何年かで見られた消費傾向が強まることは間違いなく、「なんとなく……」といった衝動買いは減り、必要なものだけを厳選して買う人が増えるだろう(これは本に限った話ではない)。
そのようなこともあり、10月に入ると誰も店に来なくなるのではないかと、ひそかに心配をしていたのだが、実際にはそれまでと同じように人がきて、同じような買いものをして帰っていった。それは少し意外なことでもあったが、商売は利便性だけではないのだなとあらためて思った(だって「なんとかペイ」も使えない不便な店だから)。価格やポイントで人を呼ぶことには限界があるし、それだけが価値ではないと思っている人も、世のなかには少なからずいるのだろう。
来てくれた人に対し、心で手を合わせながらも、〈本〉の価値を伝える本質的な仕事が、これからはますます求められるのだと思いを新たにした。
今回のおすすめ本
本を読めないときは、無理して読む必要はない。読んだ数を誇るわけでもなく、ことばが身体に沁みていくときを待つ。救われる人も多いであろう、これまでになかった読書論。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
○2024年4月12日(金)~ 2024年5月6日(月)Title2階ギャラリー
科学者、詩人、活動家、作家、スパイ、彫刻家etc.「歴史上」おおく不当に不遇であった彼女たちの横顔(プロフィール)を拾い上げ、未来へとつないでいく、やさしくたけだけしい闘いの記録、『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』が筑摩書房より刊行されました。同書の刊行を記念して、原画展を開催。本に描かれましたたリーゼ・マイトナー、長谷川テル、ミレヴァ・マリッチ、ラジウム・ガールズ、エミリー・デイヴィソンの葬列を組む女たちの肖像画をはじめ、エミリー・ディキンスンの庭の植物ドローイングなど、原画を展示・販売いたします。
◯【書評】New!!
『涙にも国籍はあるのでしょうか―津波で亡くなった外国人をたどって―』(新潮社)[評]辻山良雄
ーー震災で3人の子供を失い、絶望した男性の心を救った米国人女性の遺志 津波で亡くなった外国人と日本人の絆を取材した一冊
◯【お知らせ】New!!
店主・辻山の新連載が新たにスタート!! 本、そして読書という行為を通して自分を問い直す──いくつになっても自分をアップデートしていける手段としての「読書」を掘り下げる企画です。三ヶ月に1回更新。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。
毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
○黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編 / お買いもの編
◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>書籍化決定!!】
スタジオジブリの小冊子『熱風』2024年3月号
『熱風』(毎月10日頃発売)にてスタートした「日本の「地の塩」をめぐる旅」が無事終了。Title店主・辻山が日本各地の本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方をインタビューした旅の記録が、5月末頃の予定で単行本化されます。発売までどうぞお楽しみに。
本屋の時間の記事をもっと読む
本屋の時間
東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。