先日、ライターの石井ゆかりさんにお目にかかる機会があった。石井さんは胸にしみる文章を書くかたで、それももちろん素晴らしいのだが、毎日無償で星占いを発信し続けるその〈職人〉たる姿勢に、以前からひそかに共感をしていた。
Titleのような小さな店をしていると、毎日同じことをしていて、よく飽きないねと言われることがある。その場所から動くことがほとんどないので、変化を求める人にとってみれば、何がたのしくてそんなことをと思うのだろう。
しかし、ある一つのことを理解したという感覚は、同じことのくり返しにしか生まれてこない。仕事でなくてもわたしたちは、日々の生活を同じリズムで過ごすうちに、その些細な変化に気がつくようになる。
毎朝散歩する道、電車の窓から見える風景、季節になると毎年着るコート……。同じディテールをくり返すことで、その人の人生に対するシステムは構築される。その小さなシステムを通して、夏が終わったとか、今日はツイてるといった生活が持つ深みを、わたしたちは実感する。
Titleでは毎朝8時に「毎日のほん」を更新し、12時の開店時間になればシャッターを上げ店の姿を写真に撮り、開店のお知らせをする……。それはいつの間にか生まれたこの店独自のシステムである。たとえ仕事が停滞するときがあったとしても、無心で決まったルーティンを行うことで、その澱みは解消し、仕事はまた前へと進んでいく。
日々変化する毎日を乗りこなすことも、また楽しいことかもしれないが、わたしには決まった構えから、些細な変化を感じとるほうが向いているのかもしれない。
今回のおすすめ本
物語の子・いしいしんじの、18年にわたり様々な媒体に書かれた短篇を集めた、選りすぐりの作品集。わずか数ページに、世界のかけらがぎゅっと凝縮されており、それが一瞬にして身体のなかに入ってくる。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
○2024年9月20日(金)~ 2024年9月30日(月)Title2階ギャラリー
「なぜ自分の家族の作品を作るのか?」写真家木村肇の写真とインタビューで、作品制作の背景をたどった書籍「嘘の家族」の刊行を記念して、写真展を開催します。早くに亡くなった両親の存在を隠し続けてきた作家が、実家の部屋をギャラリースペースに再現し、嘘か本当か、曖昧な家族の記憶を行き来するような作品を展示します。
◯【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
◯【書評】NEW!!
『決断 そごう・西武61年目のストライキ』寺岡泰博(講談社)ーー「百貨店人」としての誇り[評]辻山良雄
(東京新聞 2024.8.18 掲載)
『うたたねの地図 百年の夏休み』岡野大嗣(実業之日本社)ーー〈そのもの〉として描かれた景色が、普遍の時間へと回帰していく瞬間 [評]辻山良雄
(Webジェイ・ノベル 掲載)
◯【お知らせ】
我に返る /〈わたし〉になるための読書(2)
「MySCUE(マイスキュー)」
シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第2回が更新されました。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。
毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
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本屋の時間
東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。