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本屋の時間

2026.06.15 公開 ポスト

第189回

そしてみなつるんと垢ぬけた辻山良雄

(撮影:齋藤陽道)

平日の昼間、しんと静かな店内。先ほどから店には、少しサイズの大きいスーツを着た出版社の男性がいて、店内に響き渡るほどの大きな声で本を紹介している。彼はこちらが何か言うと恥ずかしそうに顔を赤らめ、大げさな身振りでしきりに恐縮した。わたしは「もう少し低いトーンで話してくれないかな」と思いつつ、顔がニヤニヤするのを抑えることができなかった。

 

その男性が帰ったあと、すぐさまアヤコさんが「出版社のひと?」と尋ねてきた。

「そう」

「ああ……。いまあの人のような“いかにも営業のひと”って見かけなくなったからね。少しなつかしくなっちゃった」

そう言って彼女は笑ったが、わたしも同じ気持ちだった。たとえ声は大きくても、わたしはそうした“いかにも営業のひと”のことが好きで、どこか郷愁を誘われるのだ。

 

本の流通の世界は、基本的には出版社(主に営業部門)―取次会社(本の問屋)―書店という三者で構成されているが、以前よりこの三者は男性ならワイシャツにきっちりしたネクタイ、女性ならシャツに地味な色のスラックスという服装をした人が多かった。出版社に勤めている人も、編集の人は思い思いにラフな格好をしているが、営業の人は取引先を訪問するからだろうか、みな固めの服装をしている(イベントなどで編集と営業の人が並ぶと、同じ出版社でもその違いが際立つ)。しかし最近ではそうしたことも変わりつつあるようで、わたしは次のような話を聞いた。

ある取次会社の入っているビルの前に立つと、以前はそこから出てくる人が取次に勤めている人かそれともほかの会社の人なのか、その服装や顔つきからすぐに分かったが、いまでは見分けがつかなくなったという。簡単に言えば「垢ぬけた」のだ。そう言えばわたしは取次会社の人に関し、次のように書いたことがあった。

 

職人を思い起こさせるその気質はどこからくるのだろう。それは彼らがもともとダンボールを何十箱と荷受けして、自分の手で一冊ずつ本を数える〈肉体労働者〉の集まりであったことと関係があるのかもしれない。

(辻山良雄『小さな声、光る棚』)

 

もちろんいまでは、本は機械とバーコードにより自動的に仕分けられるから、日常的に自分の手で数える人など一人もいないだろう。そして自分の手で本を触ることがなくなり、体感としてその重さを忘れてしまったときから、取次の人に限らず本を扱う労働者はみな、他の職業と見分けのつかない「会社員」に変わったのだと思う。

別に時代おくれの服装でいる必要はないし、その人の格好と心のあたたかさに関係はない。しかしそれでも、つるんとした顔(、、、、、、、)が増えたこの頃から、本の流通に関わる三者のあいだにはすきま風が吹くようになった。

頻繁だった三者の雑談は、職場の人員整理に伴って減り、ほとんどの用事はメールで済ませるようになった。

朝、本が送られてきても、その後ろに人の顔を思い浮かべることがなくなった。

最近増えてきた無人店舗を見て「大きな自動販売機と変わらない」と言った人がいたが、人間不要のオートメーション化された社会の中では、次第に仕事の温度が失われていく。なぜ仕事に温度が必要なのかと言えば、それにかけられた熱量こそが、受け取る人を感動させるからなのだが、考えてみれば我々はただ顔を突き合わせていただけではなく、そうすることで互いのパーソナリティーを確認し、仕事に必要な熱を交換していたのだった。

 

あるとき店まで来た取次の若い女性が、一旦挨拶をして帰ろうとしたあと、またレジまで戻ってきて歌集を買った。そのとき彼女は「自分でも歌を詠みます」と恥ずかしそうに言った。彼女が恥ずかしそうに見えたのは自分のことを話したせいかもしれなかったが、仕事の時間に歌集を買った、そのためらいもあったと思う。

だがわたしのほうは少し体温が上がった。

いいよ。全然いい。自分を抑えられないあなたのほうがよっぽど〈あなた〉に見えるし、そのほうがずっとよい仕事が出来ると思う。

わたしは口には出さずとも全身でそのようなことを伝えながら、彼女を見送った。

今回のおすすめ本

『犬のうんちとわかりあう』三好愛 ミシマ社

物事を自分が感じたまま素朴に書くだけで、それはある種独特な面白い読みものになる。それは結局はその人が面白いからなのだろうが、もともとはみな誰でもそうなのだと思う。

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

◯2026年6月5日(金)~  2026年6月23日(火) 本屋Title2階ギャラリー

伊津野果地 展「GET LOOSE」
髪を切ったラプンツェルと長靴をぬいだ猫などのこと

伊津野果地(いづのかじ)さんの新刊『GET LOOSE』(URESICA ・6月刊)発売にあわせ、原画と関連作品などを展示、販売いたします。
ここ数年、現在地点を相対化する存在としての「ゴースト」や「脱走」「逃走」などをテーマに作品制作を続けてきた伊津野さん。本作でも誰もがよく知る物語から、登場人物たちがこっそりと「get loose(脱出)」する様子が描かれます。
本展では新刊の原画とともに、「get loose」に関連する絵画・彫刻作品も展示販売します。かわいらしくて洒脱なタッチの中に、エスプリとユーモアがピリッと効いた、自由な世界をお楽しみください。

◯2026年6月26日(金)~ 2026年7月13日(月) 本屋Title2階ギャラリー

『赤松』刊行記念 坂口恭平原画展

坂口恭平さんがはじめて描いた漫画『赤松』(palmbooks)の原画展を開催します。
鉛筆と水彩で描かれた漫画は、さながら一枚の絵の連なりからなるようで、自由なコマ割りのなかに広がる、みずみずしくも深遠なこの世界をぜひ原画でじかに味わっていただけたら、うれしいです。

◯【お知らせ】

旅のことば|〈わたし〉になるための読書(9)
「MySCUE(マイスキュー)」 辻山良雄

今回は、記憶のポケットに残る、たよりなくも美しい「旅のことば」をたどってゆきます。素敵な2冊をご紹介。

 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。

偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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