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人生の目的

2019.06.30 更新 ツイート

第19回

専門家や識者の金銭観はバラバラすぎて困る五木寛之

辛いことや苦しいことがあっても私たちは生き続ける。人生に目的はあるのか。あるとしたらそれは何か――。20年の時を経て名著『人生の目的』が新書版に再編集され復刊。いまの時代に再び響く予言的メッセージ。

*   *   *

つよく夢みれば実現するか

若いサラリーマンむけの雑誌で、金銭についての特集をやっていた。十数人の識者(しきしゃ)や、投資の専門家や、経済学者が登場して、それぞれユニークな意見を述べている。

「若いうちは徹底的に金を使いきれ」

と、元気のいい発言をしているのは、ビジネス指南書(しなんしょ)で人気を集めている気鋭(きえい)の評論家だ。貯金などとケチなことは考えるな、という意見だ。

「二十代ではリスクをとって大胆にチャレンジせよ」

と、ハッパをかける投資コンサルタントもいる。守りにはいるのは人生後半にさしかかってからで十分、というわけだ。若いうちはいくらでも出直しがきく、金銭に関しても冒険できるのが青年の特権ではないか、という考えかたらしい。一方で、

(写真:iStock/marie martin)

「まずコツコツと元手(もとで)を貯(た)めること。どんな利殖(りしょく)を考えるにしても、空手(からて)ではなにもできない。とりあえず百万円を目標に貯蓄をはじめなさい。百万円貯まれば、二百万はすぐそこ、五百万も確実だ」

と、具体的すぎるアドバイスをなさる堅実(けんじつ)なかたもいらっしゃる。逆に女性経営者のひとりは、

「外に貯めるより、内に蓄(たくわ)えよ」

と、やや教訓的な意見であった。インフレであろうとデフレであろうと、リストラされようと有事の際であろうと、身につけた能力は失われることはない、というわけだ。パソコンに英会話、人脈に資格、そしてセンスに体力。その他なんでも身につけたものが、結果として豊かな利益を生む。若いうちはすべからく自分に投資を、と自信たっぷりに述べておられる。

各人各様、それぞれに言っていることがぜんぶちがう。編集部の考えは、それらのなかから読者は自分で共鳴できる意見を選択しなさい、というわけだろう。しかし、金銭観もこれだけちがえば、正直、読者としてはとほうにくれるところもあるのだ。

ある意見に、なるほど、と思い、別の人の言葉に、そういえばそうだなあ、と納得する。そこで終わればいいのだが、またちがう発言に、いや、そういう見かたも正しいかもしれない、と迷い、こんどは正反対の説も一理あるように思われてくる。

結局、最後のところではぜんぶの意見が頭のなかで入り乱れて、いささか釈然(しゃくぜん)としないままに次のページの新型携帯電話の紹介記事に目を通すことになってしまう。

要するに本当にしっかりした自分独自の金銭観、金銭感覚などというものは、人から教わるというわけにはいかないものなのだ。それは、それぞれの個人が、自分の生まれ育った状況と時代、もって生まれた天与(てんよ)の資質(ししつ)、人生における運、不運など、さまざまな要素の絡(から)みあったなかから、自然に身につけることになるものではあるまいか。

こういう言いかたをすると、まるで私が、なにもかも他人まかせの、自助努力のない人間のように思われるかもしれない。たしかにそうとも言える。人生には、個人の善意とか、努力とか、そういった力を超えたものがあるのではないか、と、私はひそかに思ってきているのだ。

「つよく夢みれば必ず実現する」

とか、

「人間は無限の可能性の塊(かたま)りである」

とか、そういった力強い励ましの声には、萎(な)えた心に水を注(そそ)ぐようなたのもしい響(ひび)きがある。事実、それを信じて成功した人たちの実話というものも世の中には無数にある。私はそのことを決して否定したりはしない。信念をもってそう語りかける人たちの善意を疑ったこともない。

「そうだよなあ。ずっとひとつの夢を抱(いだ)きつづけて努力することは、たしかに奇蹟(きせき)みたいなことを呼びおこすんだよなあ」

と、納得するばかりである。しかし、それでもなお心の片隅でつぶやく声がきこえる。ひとつの夢を生涯(しょうがい)つよく見つづけ、それを途中で投げだしたり、あきらめたりしないで生きることのできる人とは、そもそもそのような希有(けう)の資質に恵まれた少数の人ではないのか。そのこと自体が、すでに選ばれているのではないか。そういうひねくれた声である。その声には、どこか気恥ずかしい感じがあり、大声でそれを発言するわけにはいかない。

無限の可能性をもった人間もいるし、そうでない人びともいる。そうでない人間のほうが、はるかに多いような気がしないでもない。

「人間には無限の可能性がある」

と語る場合には、当然のことながら、「すべての人間には」という条件を前提としているはずだ。そうでなければ説得力というものがないではないか。

「つよく夢みれば必ず実現する」

という言葉の魅力は、「あらゆる人が」そうなりうる、と断定するところにあるのだろう。これが「一部の人は」では意味がない。あくまで全員が、である。しかし、そうだとすれば、すべての人の夢が実現し、人類ぜんぶが成功する世界もありうることになる。そんなことがはたして可能だろうか。

「可能だとも」

と、ある人は私に言った。

「なぜかといえば、夢も、希望も、各人すべてちがうからだ。ビル・ゲイツのようになろうと夢みる青年もいるが、マザー・テレサのように生きたいと願う女性もいるのだから。すべての夢は、それぞれりっぱに共存することができるのさ」

しかし、その言葉にうなずきながらも、私の心のなかには、なお引っかかるものがあった。

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関連書籍

五木寛之『人生の目的』

人生に目的はあるのか?あるとしたら、それは何か。 お金も家族も健康も、支えにもなるが苦悩にもなる。人生はそもそもままならぬもの。ならば私たちは何のために生きるのか。 刊行から20年――。人々に寄り添うその深い洞察が大反響を呼んだ衝撃の人生論。 平成という時代が変わる今、再読したい心の羅針盤。大きな文字で再編集した新書オリジナル版。

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人生の目的

人生に目的はあるのか。あるとしたらそれは何か――。お金も家族も健康も、支えにもなるが苦悩にもなる。人生はそもそもままならぬもの。ならば私たちは何のために生きるのか。

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五木寛之

1932年福岡県生まれ。生後まもなく朝鮮にわたり47年引き揚げ。52年早稲田大学露文学科入学。57年中退後、PR誌編集者、作詞家、ルポライターなどを経て、66年「さらばモスクワ愚連隊」で小説現代新人賞、67年「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞、76年『青春の門 筑豊篇』ほかで吉川英治文学賞を受賞。『蓮如』『大河の一滴』『風の王国』『戒厳令の夜』など著書多数。英文版『TARIKI』は2001年度「BOOK OF THE YEAR」(スピリチュアル部門)に選ばれた。2002年に菊池寛賞を受賞。『親鸞』(2010年刊)で毎日出版文化賞を受賞。

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