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人生の目的

2019.06.22 更新 ツイート

第15回

「人間万事 カネの世の中」とまで割り切れないが…五木寛之

辛いことや苦しいことがあっても私たちは生き続ける。人生に目的はあるのか。あるとしたらそれは何か――。20年の時を経て名著『人生の目的』が新書版に再編集され復刊。いまの時代に再び響く予言的メッセージ。

*   *   *

五十一円から八十円への人生

「金とか、名誉とか、そんなものは結局むなしいものさ。人間、死んでしまえば何ひとつもってはいけないんだから」

などと言う人がいる。有名な小説や芝居(しばい)のなかでも、しばしば出てくるセリフだ。

たしかにそのとおりだとは思う。しかし私たちは死んだあとのことよりも、いま、この世間に生きているうちのほうが気になる。金や名誉なんて、と、軽く言ってのけられるのは、たぶん恵まれた人にちがいない。そうでなくても、一般人とは相当にちがう特別なプライドの持主ではあるまいか。

私は敗戦後、劇的に貧しい生活をしいられるようになった。それまでは植民地で、教師の子としてそこそこの暮らしがつづいていたのだ。もちろん、戦争の時代だったからモノは豊かではなかった。しかし植民地を支配している側の国民だったから、ふつうの朝鮮人よりもはるかに楽な生活ができたと思う。

(写真:iStock.com/essentialimage)

父親の履歴書を見ると、大正十五年(一九二六)に九州の小学校教師としてスタートしている。いまでいうノンキャリアの人生の出発点だ。当時の月給が、〈八級上俸〉とあって、五十一円である。平壌(ピョンヤン)で敗戦を迎えた昭和二十年(一九四五)のころには〈三級俸〉までたどりついているが、それでもしれたものだろう。

私の小学生時代の記憶に、母親が、

「お父さんの月給が八十円になったのよ」

と、うれしそうに言ったときのことが残っている。

敗戦と同時に父は失業者になった。そしてその日から私たち一家は、「金が敵(かたき)の世の中」を生きてゆくことになる。

母が死に、父は呆然自失(ぼうぜんじっしつ)、なすすべもなく酒におぼれる日がつづいた。売り食いができる連中がうらやましかった。こちらはソ連軍の進駐(しんちゅう)と同時に、官舎も、家財道具いっさいも、すべて見事に接収(せっしゅう)されて、着の身着のまま放(ほう)りだされたのだ。

十二歳だったその敗戦の夏から、およそ二十年にわたる金欠生活がつづいたために、私のなかの金銭観は相当に歪(ゆが)んだものになってしまった。それは現在でもそうである。いったん背負いこんでしまった貧乏神のいやな匂いは、たぶん背中にしっかりしみついてしまって、死ぬまで消えないのではないかと思う。

「人間万事(ばんじ)金の世の中」

とまでは割り切れない。しかし、金に困ったときの人間というものは、じつにみじめなものだ。

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関連書籍

五木寛之『人生の目的』

人生に目的はあるのか?あるとしたら、それは何か。 お金も家族も健康も、支えにもなるが苦悩にもなる。人生はそもそもままならぬもの。ならば私たちは何のために生きるのか。 刊行から20年――。人々に寄り添うその深い洞察が大反響を呼んだ衝撃の人生論。 平成という時代が変わる今、再読したい心の羅針盤。大きな文字で再編集した新書オリジナル版。

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人生の目的

人生に目的はあるのか。あるとしたらそれは何か――。お金も家族も健康も、支えにもなるが苦悩にもなる。人生はそもそもままならぬもの。ならば私たちは何のために生きるのか。

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五木寛之

1932年福岡県生まれ。生後まもなく朝鮮にわたり47年引き揚げ。52年早稲田大学露文学科入学。57年中退後、PR誌編集者、作詞家、ルポライターなどを経て、66年「さらばモスクワ愚連隊」で小説現代新人賞、67年「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞、76年『青春の門 筑豊篇』ほかで吉川英治文学賞を受賞。『蓮如』『大河の一滴』『風の王国』『戒厳令の夜』など著書多数。英文版『TARIKI』は2001年度「BOOK OF THE YEAR」(スピリチュアル部門)に選ばれた。2002年に菊池寛賞を受賞。『親鸞』(2010年刊)で毎日出版文化賞を受賞。

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