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人生の目的

2019.04.17 更新

第9回

努力が苦手な気質の人間もいる。自然ではないか五木寛之

辛いことや苦しいことがあっても私たちは生き続ける。人生に目的はあるのか。あるとしたらそれは何か――。20年の時を経て名著『人生の目的』が新書版に再編集され復刊。いまの時代に再び響く予言的メッセージ。

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努力と勇気も天与の資質という考えかた

しかし、納得のいかないのは、各人の外面的なちがいだけではない。くやしいことに、人は内面にもまた、さまざまなちがいをあたえられて生まれてくるのである。

私たちは悲惨な境遇のなかから、つよい意志とたゆまぬ努力をもって、世のため人のためにすばらしい仕事をやり遂(と)げた人物を何人も知っている。ハンディキャップを明るくはね返しながら、天才的な業績をあげた科学者も知っている。そういう人たちの存在は、自己を信じ、勇気と希望をもってひと筋に努力すれば、おのずと道はひらけるという実例だろう。

しかし、努力とは何か。勇気とは何か。それもまた生まれつき偶然(ぐうぜん)にあたえられた資質の一部なのではないか。それを私はどうしても考えてしまうのだ。

私は努力が苦手(にがて)な少年だった。目標をたてて、毎日少しずつそれを実行しようと決心しても、長つづきしないいわゆる三日坊主(みっかぼうず)というタイプだった。日記をつけるのもそうだった。一月はまだちゃんと書きこんであるが、二月になるとちらほら、三月からあとはまっ白なページがつづく。そのくせ毎年、暮になると日記帳を買った。

(写真:iStock.com/NexTser)

マスターベイションをやめようと決意して、ズボンをうしろ前にはいて寝たこともある。しかし、これも意志が弱くて成功しなかった。〈克己(こっき)〉と半紙に大きく書いて机の前に貼はったことが何度あったことだろう。己(おの)れに克(か)つ。しかし、すぐにそれが無駄な抵抗だと知らされると、自分がいやになってしまう。そんな自分とくらべて、目標を決めると必ずやり遂(と)げるタイプの仲間には、つよい劣等感をおぼえないではいられない。毎日のように黙々と努力をつづける友人を見て、ある日ふと、けしからぬことを考えた。

「あいつは努力が好きなタチなんだ。そうだ。努力することがぜんぜん苦にならず、むしろそのほうが楽しいやつなんだ。世の中にはいろんなタイプの人間がいる。走るのが速いやつもいれば、おそいやつもいる。歌がうまいやつもいれば、下手(へた)なのもいる。それと同じように、努力が好きなタイプもいれば、自分のように努力が苦手(にがて)で意志が弱いタイプもいるんだ。そういう性格として生まれてきたのだ。だとすれば誘惑に負けるたびに自己嫌悪(けんお)におちいる必要はないではないか。あの努力型の彼にも、きっとこちらの知らないところで弱点、欠点があるにちがいない。お互(たが)い、そういうタチに生まれついているんだろう」

いまにして思えば、なんとも勝手な理屈である。負けおしみでもあり、自己弁護の詭弁(きべん)でもある。しかし、実際のところ、世の中には努力が嫌いでないタイプの人間がいることは事実なのだ。努力をつづけることが少しも苦にならず、むしろ楽々と自然に努力する性格。そのことに満足をおぼえ、よろこびを感ずる気質。そういうふうに生まれついた者がいたとしても、少しも不思議ではない。私は数学が大嫌いなのに、反対に世の中には数学がなによりも楽しく、幼いころからその世界に魅了(みりょう)される人さえいるのである。

数学が嫌いなのは生まれつきの性格ではない、と言う人がいる。英語もそうだ。それは数学や英語が嫌いになるような悪い教育を受けたせいであるというわけだ。「子供のころ本当に良い教師に出会っていたら、万人すべて数学のおもしろさのとりこになっていただろう」というのが彼らの説である。それは一部は当たっていると私も思う。しかし、本人のタチに関係なく誰にも数学がおもしろいとして、では、本当に良き教師にめぐりあう幸運な生徒がいる一方で、最悪の教師にぶつかる不運な生徒がいることをどう考えるのか。

良き師にめぐりあうということは、本人の意志や努力とはほとんど関係がない。いまの教育制度のもとでは、なおさらそうだ。だとすれば、そこにもやはり運、不運という、私たちの努力の及ばない何かがうかびあがってくる。

五木寛之『人生の目的』

人生に目的はあるのか?あるとしたら、それは何か。
お金も家族も健康も、支えにもなるが苦悩にもなる。人生はそもそもままならぬもの。ならば私たちは何のために生きるのか。

刊行から20年――。人々に寄り添うその深い洞察が大反響を呼んだ衝撃の人生論。
平成という時代が変わる今、再読したい心の羅針盤。大きな文字で再編集した新書オリジナル版。

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人生の目的

人生に目的はあるのか。あるとしたらそれは何か――。お金も家族も健康も、支えにもなるが苦悩にもなる。人生はそもそもままならぬもの。ならば私たちは何のために生きるのか。

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五木寛之

1932年福岡県生まれ。生後まもなく朝鮮にわたり47年引き揚げ。52年早稲田大学露文学科入学。57年中退後、PR誌編集者、作詞家、ルポライターなどを経て、66年「さらばモスクワ愚連隊」で小説現代新人賞、67年「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞、76年『青春の門 筑豊篇』ほかで吉川英治文学賞を受賞。『蓮如』『大河の一滴』『風の王国』『戒厳令の夜』など著書多数。英文版『TARIKI』は2001年度「BOOK OF THE YEAR」(スピリチュアル部門)に選ばれた。2002年に菊池寛賞を受賞。『親鸞』(2010年刊)で毎日出版文化賞を受賞。近著に『白秋期』『漂流者の生きかた』などがある。

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