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ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた

2025.07.31 公開 ポスト

女性がキャリアを築くために必要な「すべき質問」と「はっきりした表現」鈴木綾

8月2日(土)にひらりささんとともに「美容と社会、そして私たち」読書会を開催する鈴木綾さん。お住まいのロンドンから東京にいらっしゃいます。読書会を前に、鈴木さんの初エッセイ『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』から一部を抜粋してご紹介。読書会の詳細は記事一番下をご覧ください。

仕事で言葉が果たす大きな役割

キャリアというのも、耕さなければいけない畑である。日本で働いていたときはこの事実をちゃんとわかっていなかった。マイペースに働いて、昇格を目指していなかった。でもMBAで目が覚めた。同級生たちは自分のキャリアをまるで将棋のように見ていた。つまり、彼らは常に2、3歩先を考えていた。自分のキャリアを戦略的に考える上で人脈が鍵だと教えてもらった。だから卒業後、私は就職先の街、ロンドンで立派な人脈を作る、と決意した。

この思いを友達に話したら、彼女の知っているキャリアウーマンが立ち上げた「個人の取締役会」(personal board of directors)の話をされた。「個人の取締役会」 は、長年その人のキャリア相談の相手になってくれているメンターたちで構成されていて、自分のアドバイザリーボードのようなものだという。

(写真:Unsplash/Vitaly Gariev)

年上で経験豊かな彼女なら「キャリアステップをいかに踏んで行くか」の答えを教えてくれるだろうと思って、「個人の取締役会」を持っているというその女性を紹介してもらった。

その女性、仮にRさんとしましょう。Rさんは40歳ぐらいのときに「個人の取締役会」を立ち上げた。その頃、彼女は転職のことで迷っていた。転職するかしないか、転職したときにどのような労働条件を求めればいいのか、求める報酬の水準はどれくらいか、自分だけでは答えが出せなかった。そこで彼女は元上司や尊敬している人たちに相談することにした。相談相手がみんな違うアドバイスをくれたおかげで、いろんな角度から問題を分析できて、最終的に転職という決断をすることができた。そのときの転職は彼女にとって大きなキャリアステップになった。

転職など重要な決断をしなければいけないときだけじゃなくて、普段からいろんなことをメンターたちに相談すればいい、とRさんは思って「自分の取締役会」を立ち上げることにした。取締役になれる条件は、「彼女と一緒に仕事をしたことがあるか」、そして「彼女をよく知っているか」。

なぜかと言うと、彼女の仕事上の能力や専門知識のことだけじゃなくて、個人としての彼女の強みや弱みを理解した上でアドバイスをくれる人が大事だから。例えば、彼女がまた別の転職を考えたとき、ある取締役が「ちょっと待って。このポジションは出張が多そうだけど、以前Rさんは、『出張を減らしたい』と言ってなかったかな? これで本当にいいの?」と異議を唱えて、彼女に再考を勧めた。

それから10年、今では彼女の取締役会には8人の取締役と一人の会長がいる。Rさんは定期的に彼ら彼女らにキャリアや自分の成長について相談している。メンバーはずっと同じというわけじゃない。仕事の分野を変えたり、自分が成長していくのに合わせて彼女はメンバーを入れ替えている。

彼女曰く、「個人の取締役会」は、自分の個人的なネットワーク、とは少し違う。取締役会はマクロ的なこと、人生の方向性みたいなことについて相談できるだけじゃなくて、自分の勤め先の会社の中での応援もしてくれる、キャリアアップやプロモーション(出世)を後押ししてくれる人たちのネットワークでもある。キャリアステップを踏んで行くには、そういう取締役会を作らなければいけない。ネットワークと取締役会、両方持ってるのが大事。

彼女が取締役会にノミネートした人たちはみんな喜んで参加してくれたそうだ。「彼ら彼女らは私の成功を応援したい。私が成功することは彼ら彼女らが成功するのに等しいから。私のメンターになることに彼ら彼女らはやりがいを感じているし、私もそれに応えるように頑張っている」と彼女は私に説明した。

Rさんの話を聞いて、考えさせられた。私は大事な決断をするときに、Rさんと同じようにいろんな人に相談して、いろんな意見を聞いた上で判断する。そこから、私は「取締役」的なメンターたちと関係を深めようとしている。しかし、30代前半の私にとって偉いメンターたちより、同世代の同僚とMBAのときの友達がキャリアを考える上で役に立っている気がする。

私たちはもう仕事の仕方とコミュニケーションの仕方を覚え、社内政治にもある程度対応できるようになってきたので、キャリア作りの基本知識は持っている。偉い人たちが教えてくれる「長期的にキャリアを考えること」はもういい。私たちはもっと細かい情報を求めている。「昇格のときはどうすればいい」「給料を交渉するときはどうすればいい」「どこで転職先を探せばいい」。私たちは「『この場合』にすべき質問」を知りたい。

「すべき質問」とは何か。

キャリアの上で、質問をしなかったことで機会が流れることが多い。例えば、海外に転職をしようとしている人が、「引っ越し代は出してもらえますか」と会社側に聞かなかったら、会社は引っ越し代を出してくれないかもしれない。聞けば、もしかしたらイエスの可能性もある。聞かなかったら可能性はずっとゼロ。キャリア作りも同じこと。消極的なキャリア作りと積極的なキャリア作りの違いはやっぱり質問をすることだ。

例を挙げよう。MBAに行く前は、給料の交渉=基本給とボーナスの交渉、と勝手に思い込んでいたけど、MBAで交渉のメニューは他にもいろいろあり得ると教えてもらった。例えば、週に何回在宅勤務していいのか、引っ越し代(日本でいう「赴任旅費・手当」)や、自宅をオフィスにした場合のネット関連費用を出してくれるか、契約金(スポーツ選手なんかにあるやつです!)の有無、初勤務日はいつになるか……交渉できる項目は無限にある。ただし、その「あり得るメニュー」を知らなければ交渉できない。質問することさえ思いつかない。

だからメンターと違って、緊張感がなくて、オープンかつ率直に「すべき質問」と情報交換ができる同世代の女性たちの支援がすごく大事だと感じるようになった。実際、今まで「すべき質問」をたくさん教えてもらった。投資ファンドからオファーをもらったときには、そのファンドのリターンを聞いたほうがいい(ファンドは一般的にリターンを公表しないので、雰囲気が立派でもそこが本当に儲かっているかどうかは見定めにくい)。スタートアップからオファーがきたら彼らが投資家に見せている資料やビジネスプランを見せてもらったほうがいい(多くのスタートアップはキラキラしてて立派に見えるけど、内部資料を見ないと本当のところはわからない)。会社の外で新しいスキルを身につけたい、あるいは業界のイベントに行きたいなら、会社にお金(費用)を要求すればいい。まず聞くこと。聞かないのは損。

 

常に新しい「すべき質問」を教えてもらっている気がする。この間、アリアナ・ブームの真っ最中に入社したフランス人の同僚、セイラちゃんと話をした。私の業界の人たちの多くは、家賃が高くて街並みが綺麗に整っている西ロンドンに住まいを持っているが、彼女は私と同じく数少ない東ロンドン人。仕事前にコーヒーを買ってテムズ川沿いを二人で歩いていて、昇格の話になった。

「給料をあげてほしい。だから今年何をすれば昇格できるのか今度上司と話すのよ」と彼女が言った。「綾はいつ昇格できるの?」

私は人数が少ないチームで働いているし、上司が転職しなそうなので自分に昇格があり得ること自体をあまり考えていなかった、とセイラちゃんに恥ずかしく思いながら言ったら、彼女はガッカリしたような顔をした。

「上司に聞いたほうがいいよ! それぐらい。何をすれば昇格できるんですかって。今度聞いてみたほうがいいよー」

そう言われて、自分が「昇格とは上から降りてくるもの」だとずっと思っていたことに初めて気づいた。

もちろん、質問する裏に必要なのは、自分の中にちゃんと回答があること、つまり自分の主張がきちんと言えることだと思う。質問って理解を深めたり新しい情報を得たりするためのものだけど、主張って自分の理解と持っている情報を示すもの。働いている女性たちは質問──いつどんな質問をしたらいいか──だけじゃなくて、主張──どこで何をどう主張すればいいか──でも悩んでいる、ということも、周りの同僚たちが教えてくれた。

同じような話だけど、「ものの言い方──はっきりした表現──」っていうのもすごく大事だ。

転職を考えて、MBA時代の友達に履歴書を見せたときのフィードバックは意外だった。

「これ、経歴の中身はいいけど、綾は受け身の表現を使いすぎ。注意したほうがいいよ」

そんなことを指摘されたのは初めてだった。受け身の表現ってどういう意味? 友達に詳細を聞いたら、具体例を出して言われた。

I helped launch a project with a 100,000 budget.

「10万ポンドの予算規模のプロジェクトの発足に携わった」

友達曰く、ここは「I helped launch」じゃなくて、単に「I launched」(発足させた)と書いたほうが強くてインパクトがある。helpというのは婉曲・謙譲表現だから自分の能力やパワーを甘く見せる。読み手は応募者がプロジェクトを全部一人で背負ったという意味じゃないことはわかった上で判断する。だから、100パーセント事実かどうかをあまり気にしなくていい。大事なのは、自信を持って自分の実績を堂々と主張すること。

人は、へりくだる言い方(謙譲表現)をよく使う。そのこと自体は別に日本でもイギリスでも変わらない。だけど、ここで問題なのは、私の経験上、(日本ほどではないけどイギリスでも)女性のほうが圧倒的にこういう表現を使う、っていうこと。この「過剰なへりくだり」は、働く女性の能力に関する偏見の一因にもなっている。

へりくだったり、自分の能力を自分で過小評価するような表現を英語で「Out of Power Language」という。例えば、上司に大事な仕事を与えられたときに「I will try to do my best」(頑張ってみます)と言うか、それとも──自分がやったことのない仕事でも──「I am confident that I can do this」(これができる自信を持っています)と強気で言うか、ってこと。

前者のほうは柔らかいけどどこか自信なげ。後者のほうはポジティブではっきりした宣言。同僚をインスパイアする、人を動かせるリーダーたちは後者を使う。

男女平等がかなり進んでいるイギリスでも、多くの女性は仕事上で強気な表現を使わない。女性がリーダーに選ばれるためには、やっぱり言葉は大きな役割を果たすと思う。ロンドンのような、みんなで会議で議論したりストレートに自分の意見を言ったりする仕事環境が主流なところだと、基本、率直に自信を持ってはっきりものを言ったほうがいい。

すべき質問も、はっきりした表現も、職場という真剣勝負の場で闘う上で大事なこと、と教えてくれたのは同世代の女性たち。ある意味では「自分の取締役会」がもうできている。MBAのときに知り合ったイギリス人、ラウラは必ずそこに入る。中国系オーストラリア人、芳(フアン)も入る。月に1回スキンケアとキャリアのことを1時間電話で話す、アメリカの西海岸に住んでいるMBA仲間のサンギアもそう。

彼女たちは将来きっと経営幹部レベルまで昇進するだろう。そのとき、私の取締役会はホントの「取締役たちの会」になるだろう。

*   *   *

読書会のお知らせ

8月2日(土)16時より、美容と社会、そして私たち~ひらりさ×鈴木綾『美人までの階段1000段あってもう潰れそうだけどこのシートマスクを信じてる』読書会を開催します。今回は、綾さんも来日し、会場とオンラインの両方で行います。

詳細・お申込みについては、幻冬舎カルチャーのページをご覧ください。みなさまのご参加お待ちしています!

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ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた

大学卒業後、母国を離れ、日本に6年間働いた。そしてロンドンへ――。鈴木綾さんの初めての本『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』について

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鈴木綾

1988年生まれ。6年間東京で外資企業に勤務し、MBAを取得。ロンドンの投資会社勤務を経て、ロンドンのスタートアップ企業に転職。現在は退職し、英語での小説を執筆中。2017〜2018年までハフポスト・ジャパンに「これでいいの20代」を連載。日常生活の中で感じている幸せ、悩みや違和感について日々エッセイを執筆。日本語で書いているけど、日本人ではない。著書に『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』(幻冬舎)がある。

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