
自動車学校で起きた定年後再雇用の給与問題
こんにちは。弁護士の林孝匡です(@hayashitakamas1)。
2023年7月20日に最高裁が出した【同一労働同一賃金】をめぐる裁判を解説します。
自動車学校で起きた事件です。Xさんは「定年退職後に有期契約で再雇用されたが、正社員の時と比べて給料やボーナスが下がった」として訴訟を提起。
高裁は「不合理な格差」だと認定して会社に対して約600万円の支払いを命じていたのですが、最高裁は待ったをかけました。
最高裁は「不合理かどうかについて審理が尽くされていない。基本給やボーナスの性質・支給の目的などを踏まえて検討すべき。もう一度、高裁で審理せよ」と命じ、事件は振り出しに。再び高裁で審理されることになりました。
定年退職する前と後で、給料とボーナスにどれくらいの違いがあったのかなど、事件を解説します。
事件の概要
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▼ 会社
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名古屋自動車学校
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▼ Xさん
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教習指導員
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▼労働条件など
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・給料は基本給、役付手当で構成されていた
・ボーナスは年2回(夏・冬)
・定年は60歳
・定年後も希望者を雇用していた
条件:1年の有期契約を更新(原則として65歳まで)
嘱託職員と呼ばれていた
・嘱託規程
賃金体系は勤務形態によってその都度決める
給料は、経歴や年齢などを考慮して決める
役職には就かない
勤務成績などを考慮して臨時に支払う給与がある(嘱託職員一時金)
*これがボーナスのようなもの
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▼ 給料とボーナスがダウン
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再雇用された後、Xさんの給料・ボーナスは以下のようにダウンしました。
■ 給料
定年退職前 月額18万1640円
→ 再雇用後の1年間 8万1738円
その後 7万4677円
■ ボーナス
定年退職前 23万3000円(3年間の平均)
→ 再雇用後 8万1427円〜10万5877円
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▼ 労働条件についての交渉
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Xさんはこのダウンに納得がいかなかったのでしょう。労働条件の見直しを求める書面を会社に送り、5ヶ月ほど書面のやりとりをしました。
その後も、Xさんは労働組合の分会長として、会社に対して、正職員と嘱託職員の賃金の違いについて回答を求める書面を送りました。いわゆる労使交渉というものです。
交渉がまとまらず、舞台は法廷に移ります。
同一労働同一賃金とは?
Xさんの主張を要約すると「定年退職後もこれまでと同じ仕事をしているのだから、正社員と同じ給料・ボーナスを支払ってほしい」というものです。
この主張は【同一労働同一賃金】の主張です。【正社員と非正規社員との労働条件の違いが不合理であってはならない】考え方のことです(非正規社員とは有期雇用労働者、パートタイム労働者、派遣労働者を指します)。
以前は労働契約法20条に定められていたのですが、現在は【短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律】の8条〜10条に規定されています。
第8条
事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。
第9条 事業主は、職務の内容が通常の労働者と同一の短時間・有期雇用労働者(第十一条第一項において「職務内容同一短時間・有期雇用労働者」という。)であって、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれるもの(次条及び同項において「通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者」という。)については、短時間・有期雇用労働者であることを理由として、基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、差別的取扱いをしてはならない。
第10条
事業主は、通常の労働者との均衡を考慮しつつ、その雇用する短時間・有期雇用労働者(通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者を除く。次条第二項及び第十二条において同じ。)の職務の内容、職務の成果、意欲、能力又は経験その他の就業の実態に関する事項を勘案し、その賃金(通勤手当その他の厚生労働省令で定めるものを除く。)を決定するように努めるものとする。)
高等裁判所の判断
高裁ではXさんが勝訴しました。高裁は会社に対して約600万円の支払いを命じました。理由は以下のとおりです。
・再雇用後も業務の内容、責任などは以前と同じ
・なのに基本給・嘱託職員一時金の額は再雇用前より相当低い
・勤続短期正職員の基本給・ボーナスの額よりも低い
そして高裁は「労働者の生活保障の観点からも見過ごせない。60%を下回る部分は不合理」と認定しました。
最高裁判所の判断
しかし、最高裁は待ったをかけました。
単に金額が下がったから不合理【とはなりません】。不合理かどうかは以下の事情を考慮して判断されます。
====
労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情
====
(これは以前の労働契約法20条に規定されていますし、その後の短有法8条にも規定されています)
最高裁は上記を述べた上、「不合理かどうかについて審理が尽くされていない。基本給やボーナスの性質・支給の目的などを踏まえて検討すべき。再び高裁で審理せよ」と命じました。
最高裁は「個別具体的」にと判断
最高裁が正社員と非正規社員の【基本給の格差】について判断を示したのは初めてです(これまでの最高裁の判断は賞与や手当に関するものでした)。
高裁判決が出たときは、判決を形式的に捉えて「非正規社員の給料は正社員の60%で大丈夫のようだ」といった考えが広まっていたようですが、誤りです。
最高裁は、基本給の性質や目的その他事情を検討して個別具体的に判断すべきことを宣言しました。何%ならOKという基準があるわけではありません。今回最高裁が示した事情を基に、各社が「賃金格差は不合理ではない」と説明できるだけの賃金設計を構築する必要があるでしょう。
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