
2023年7月11日、最高裁が、経済産業省に勤める50代のトランスジェンダー女性のトイレ使用をめぐる訴訟において、制限を認めた人事院に「違法」の判決を下しました。性的少数者の職場環境改善に向けて大きなメッセージを持つ今回の判断。林孝匡弁護士に解説いただきます。
トイレ使用への一石を投じる判決
こんにちは。弁護士の林孝匡です(@hayashitakamas1)
画期的な判決が出ました。性同一性障害の方のトイレ使用について、最高裁が一石を投じたのです(2023年7月11日判決)。今回はその判決を解説をします。事件の概要は以下のとおりです。
「職場の女性トイレを使用させてくれませんか」
これは職員が出した要望です。その方の生物学的な性別は男性でした(以下、Xさん)。Xさんは性同一障害との診断を受けていたため「女性トイレを使用したい」との要望を出したのです。
しかし、経済産業省と人事院は一部しか認めず。すなわち、女性トイレを使用できるフロアに制限をかけたのです。
そのためXさんが提訴。
高裁では敗訴となったのですが、7月11日に最高裁でXさんが逆転勝訴。最高裁は「人事院の判定は違法」と判断しました。
判決を受けて経済産業省はXさんに対する処遇の見直しを迫られ、Xさんが全フロアの女性トイレを使用できる可能性が高くなりました。
本判決は今後、性同一性障害の方が勤務している企業や学校などに影響を与えるでしょう。
以下、Xさんと経済産業省との間にどのようなやりとりがあったのかを解説します。
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▼ Xさん(50代)
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・生物学的な性別は男性
・性同一障害(1999年に医師の診断あり)
性別適合手術を受けていない(健康上の理由)
・2004年以降、経済産業省で勤務
・2008年ころから女性として私生活を送る
・2010年3月ころまでには
男性ホルモンの量が同年代の男性の基準値の下限を大きく下回っていた
医師は「性衝動に基づく性暴力の可能性が低い」と診断していた
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▼ 女性トイレ使用の要望
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2009年7月、Xさんが上司に対し、性同一障害であることを伝えました。そして10月、Xさんは経済産業省の職員に対し、女性の服装での勤務や女性トイレの使用などについての要望を伝えました。
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▼ 説明会が開催される
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その約1年後の2010年7月。Xさんの了承を得たうえで、Xさんの性同一性障害について説明する会が開かれました。その説明会には、Xさんが所属する部署の職員ほぼ全員(約62名)が参加しました。
その説明会でXさんは、自分が性同一障害であること、これまでの自分の気持ち、職場でも所生職員として働くことを望んでいることなどを話しました。
その後、Xさんは退席。担当職員は、出席している職員に対して、Xさんが女性トイレを使用することについて意見を求めました。
その時の状況を見て担当職員は、数名の女性職員が違和感を抱いているように感じました。そこで、担当職員は、Xさんが1つ上のフロアの女性トイレを使用することについて意見を求めました。すると、女性職員1名が日常的のそのトイレを使っていると答えました。
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▼ このトイレは使うな
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その後、経済産業省はXさんに対して以下の指示を出しました。
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・Xさんが勤務しているフロアの女性トイレの使用を認めない
・上下のフロアの女性トイレの使用を認めない
・それ以外のフロアの女性トイレの使用を認める
====
要は、2フロア以上離れた女性トイレであれば使用を認める、というものです。
Xさんは、説明会の翌週から女性の服装で勤務。しかし、経済産業省から出された指示に従い、基本的に自分が働いているフロアから2階離れたフロアの女性トイレを使用しました。それにより他の職員との間でトラブルが生じたことはありません。
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▼ 人事院に助けを求めるが…
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説明会から3年5ヶ月ほど経ったころ(2013年12月)。Xさんは人事院に対して、以下の要求をしました。「職場の女性トイレを自由に使用させてほしい。その他、原則として女性職員と同等の処遇を行ってほしい」という行政措置を人事院に対して要求しました。
約1年半後、人事院の判定が出ます。結果は「Xさんの要求を認めない」というもの。
Xさんは、人事院の判定は違法だと主張して、取り消しを求めて提訴しました。
高等裁判所の判断
地裁ではXさんは勝訴したのですが、高裁ではXさんの敗訴となりました。高裁が提示した理由を要約すると「経済産業省が出した指示(=2フロア以上離れた女性トイレであれば使用を認める。それ以外は認めない)は、全職員にとって適切な職場環境を構築する責任を果たすための対応だった。したがって人事院の判定は違法ではない」というもの。
最高裁判所の判断
しかし、最高裁判所は「高裁の判断は誤っている」とXさんを逆転勝訴させました。最高裁は「人事院の判定は違法」と判断。理由の概要は以下のとおりです。
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▼ 理由
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・Xさんは、経済産業省が出した指示により、自認する性別とは異なる男性トイレを使用するか、2フロア以上離れた女性トイレを使用せざるを得なくなり、日常的に相応の不利益を受けている
・医師は「性衝動に基づく性暴力の可能性が低い」と診断していた
健康上の理由から性別適合手術を受けていないが、女性ホルモンの投与を受けていた
・トラブルが生じたたことはない
説明会の翌週から女性の服装で勤務し、おもに自分が働いているフロアから2階離れたフロアの女性トイレを使用することになったがトラブルが生じたことはない。
・説明会で明確に異を唱える職員はいなかった
担当職員から見ると、数名の女性職員が違和感を抱いているように感じたにとどまる
・経済産業省は自己が出した指示を見直した形跡もない
説明会から人事院の判定までに約4年10ヶ月あったが、Xさんが女性トイレを使用することについて特段の配慮をすべき職員がいるかについての調査が改めて行われた形跡なし
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▼ 最終判断
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以上の理由を述べ、最高裁は概要、以下のとおり判断しました。
・遅くとも人事院の判定が出た時点では、Xさんが女性トイレを使用することについて、トラブルが生じることは想定しがたく、特段の配慮をすべき職員の存在も確認されていなかったので、Xさんに2フロア以上離れた女性トイレを使わねばならない不利益を受け入れさせる具体的な事情は見当たらなかった
・にもかかわらず人事院は、以上のような具体的な事情を踏まえることもなく、他の職員に対する配慮を過度に重視し、Xさんの不利益を不当に軽視している
・結果、人事院の判定は、裁量権の範囲を逸脱しまたは濫用しており違法
会社・学校へ求められる今後の取り組み
注意が必要なのは、最高裁はXさんや職場の個別的事情を考慮して判断していることです。したがって、自己が性同一性障害だと認識しているからといって生物学的な性別とは異なるトイレを当然に使用できる〈わけではありません〉。
ただ、この判決が性同一障害の方の働き方について一石を投じた判決であることは間違いなく、会社だけでなく学校などでも同様のケースを巡る対応に相当影響を与えると考えます。
また、6月にLGBT理解増進法が施行されており、具体的な指針策定にあたり本判決が影響すると考えられ、今後の会社や学校などの取り組みなどに大きく影響するでしょう。
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