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ハイスペック女子のため息 season2

2021.10.08 更新 ツイート

マジカルグランマ 山口真由

うちの祖母は、一見、“マジカルグランマ”だった。

柚木麻子さんの『マジカルグランマ』(朝日新聞出版、2019年)という小説がある。これは、ハリウッド映画で白人を助けるキャラクターとして登場する黒人キャラクター“マジカルニグロ”から着想を得ている。

『グリーンマイル』という映画をご覧になったことがあるだろうか? 主人公は白人の看守で、双子の幼女を殺害したとして収監された大柄な黒人との交流の中で、純粋な彼の不思議な力に癒されていく。結局、彼は殺人犯ではなく、むしろヒーラーだったのだ。そう、この黒人こそが“マジカルニグロ”の典型だという。彼らは、しばしば鋭い洞察力や不思議な力を持っていて白人の主人公を助けてくれる。

 

『ショーシャンクの空に』で、モーガン・フリーマンが演じた無実の罪で収監された白人の主人公を助ける黒人役もそうだろう。『最強のふたり』で、頚椎損傷した白人富豪の主人公の介護役を引き受けた黒人もそうかもね。

“マジカルニグロ”は、困難な状況にある白人を助けて物語を展開させる装置となるのだという。もちろん、肯定的な役割を与えられている。だが、それでも白人の主演俳優を支える助演俳優という構図は変わらない。一見、肯定的で、面と向かって反論しがたいからこそ、より巧妙に黒人は白人に従属するというフレームワークを、人々の無意識に植えつける。

最近では、バラク・オバマ大統領が“マジカルニグロ”の役割を果たしたとされる。白人にも敵対しない爽やかなキャラクターを持つオバマを、国民は大統領にまで押し上げた。この事実は、リベラルなエスタブリッシュメント層の白人たちが、黒人を奴隷にした歴史を贖罪したという満足感を抱くために利用されたのだ。

そして、それは「臭いものに蓋」をする役割でもある。なぜなら、“マジカルニグロ”とは「黒人とはこうあるべき」という白人側のファンタジーの結晶だからだ。リアルでないからこそ、生々しさも複雑さもなく、性の匂いすらしない。どこかにいそうで、決してどこにもいない黒人像。綺麗な表面だけを掬いとることで、その内側に巣くう醜悪な現実を見なくても済む。

 

そして、柚木さんは、日本の場合にも“マジカルグランマ”として、現役世代から高齢者層への幻想の押しつけがあると喝破した。

赤井英和さんが出演するアリさんマークの引越社のCMを思い出してほしい。大きな荷物を抱えて階段の前で立ちすくむ白髪で上品そうなおばあちゃん。横から登場した赤井さんは「僕が運びましょ」。「重いですよー」と遠慮するおばあちゃんに、荷物どころかおばあちゃんごとおんぶして階段を上っていく。「優しいねー」とおばあちゃん。

壮年世代の力強さや心優しさを引き出す装置としてのおばあちゃん。白髪で上品で小綺麗で弱々しくて、助けてもらったら必ずお礼を言う――それが“マジカルグランマ”。

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うちの祖母は、見た目がまさにどんぴしゃの“マジカルグランマ”だった。

白髪でこそないが、きれいに染めた髪を品よくカーラーで巻き上げていた。小柄で色が白くて、顔も手も足もどこもかしこもが丸っこかった。綺麗好きで身だしなみがよく、肩からかけた小さなポシェットにアイロンの効いたハンカチをしまっていた。

私が通っていたヘアサロンに祖母も連れて行ったことがある。美容師のマミちゃんは祖母に夢中になった。

「私は早くにおばあちゃんを亡くしちゃって。だから、山口さんちのおばあちゃんの髪を切られて本当にうれしかった。これぞ“おばあちゃん”って感じ。品がよくて、声が柔らかくて、ゆっくりおしゃべりをして」。

 

私はいつもにっこりと笑う。そして、心の中でつぶやくのだ。

「うちのおばあちゃんはそんな人じゃないって」。

うちのおばあちゃんは最高に毒舌だった。

年寄りのくせに年寄りの文句ばっか言っていた。7人兄弟姉妹の2番目の祖母は、長姉と旅行に行くのを億劫がった。

「だって、年寄り連れて歩くの大変じゃなーい」と悪びれる様子もない。

あんなにいつも大量にお土産買ってきてくれて、煮物を大量に持ってきてくれて、お世話になったお姉さんじゃないと母が憤慨しても聞く耳持たずだった。

うちのおばあちゃんは最高にイカしていた。

我が家随一のやせっぽちの私の妹。彼女の服の中でも特に細身の革ジャンを「かっこいい!」と羨ましがり、袖を通してみたがった。やや太めの身体を無理やりおさめようとした結果、布地がビリっと割けたのだ。ダイエットしようと公園通りまで歩き、その度に通り沿いの六花亭でケーキを食べるので、カロリー計算上はいつもプラスになっていた。それでも、シュークリームとチーズケーキはノーカロリーと信じて疑わなかった。

「年寄りが年寄りを観たいと思わないで」とばかりに、『やすらぎの郷』的な番組に「NO」を突きつけ、安室奈美恵を信奉していた。

 

私が生まれたとき、祖母は既に一軒家で独り暮らしをしていた。

「おばあちゃんの家」におじいちゃんはいなかった。死んだわけじゃない。別の家で暮らしてたのだ。祖父は背が高くて、お洒落で、粋な人だった。

母は年端もいかぬ頃から、祖父に連れられてカウンターでお鮨を食べた。その度に祖父は「一番いいものを握ってくれ」と、なじみの職人に頼んだという。モノの味などわからない幼女にも、祖父は惜しむということがなかった。「お金のあるときには一番高いものを、お金が無くなったらまぁそのときに考えたらいい」とのたまう祖父の鼻梁の高い横顔を見ながら、「若い頃にはさぞかしもてただろうなぁ」なんて私は思ったものだ。

 

祖母と祖父が、しばらく前に熟年離婚して、それで別々に暮らしていると母が私に教えてくれたのは小学校の高学年のときだっただろうか。

そのとき、はじめて私を一人前扱いしてくれた母は、祖母が祖父の「後妻」であること、「前妻」との間に既に男児がいたこと、その子はどうやらいっぱしにグレて祖母に暴力を振るったことなどを淡々と語った。母と母の姉という子どもたちが2人とも結婚してから、相手の家にどうこうなんて気兼ねが一切なくなった祖母は、祖父に離婚を切り出した。受け入れた祖父は、祖母のために一軒家を買って暮らしに困らないように財産を分けてくれたという。

私は妹から聞いた話が忘れられない。

ある日、小学校から帰ってきた妹がランドセルを置いてリヴィングに入ると、祖母がソファに呆然と座っていたという。その当時、祖母は祖父からもらった家を人に貸して、私たち家族と二世帯暮らしをしていた。二世帯だから居間もトイレもお風呂も2つ。祖母はいつもは自分の居間でお茶を飲みながらテレビを観ている。

「あんな人だったのに、どうして涙が止まらないんだろう」

そのときになって妹は、両目からとめどなくあふれる涙を、ぬぐいもしない祖母の異様に気がついた。

祖父が死んだのだ。その訃報を聞いた祖母は、ふらふらと部屋を出て、うちのリヴィングのソファにぽてんと腰かけたまま立てず、そして流れてくる涙を押しとどめることができなかった。

 

“マジカルグランマ”みたいな表面の下で、祖母は紛うことなき“壮絶”を生きていた。

亡くなって何年にもなるが、最近よく懐かしく思い出す。その度に思うのだ。この人の人生のリアルを、内面の複雑を、私はどれだけ理解していたんだろうかと。

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ハイスペック女子のため息 season2

ハイスペ女子は自分で自分が面倒に思うこともある。社会に邪険に扱われ、「なぬ?」と思うこともけっこうある。今日もぶつかる壁や疑問を吐露する社会派エッセイ。

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山口真由

1983年、札幌市生まれ。東京大学法学部卒。財務省、法律事務所勤務を経て、ハーバード大学ロースクールに留学。2017年にニューヨーク州弁護士登録。帰国後、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程に入学し、2020年に修了。博士(法学)。現在は信州大学特任准教授。「超」勉強力』(プレジデント社、共著)いいエリート、わるいエリート(新潮社)、『高学歴エリート女はダメですか』(幻冬舎)など著書多数。最新刊は『「ふつうの家族」にさようなら』(KADOKAWA)。 
山口真由オフィシャルTwitter

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