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ハイスペック女子のため息 season2

2021.05.09 更新 ツイート

「結婚=幸福」という同調圧力 山口真由

夏目三久さんと有吉弘之さんのエイプリルフール婚が世間を驚かせた。

5年前に一度スクープされてからの2人は常に写真誌の監視下にあったという。思い起こしてみれば、確かに夏目さんが愛犬の散歩をし、有吉さんがコンビニでお弁当を買い……2人それぞれの写真を週刊誌に見つける機会は多かった。そうか、ツーショットを狙われ続けた2人はお互いのためを思って、秘して愛を貫いたんだ。そう思うと、その壮大なプロジェクトにひしひしと感動が募る。

 

ときを置かずして、夏目さんと有吉さんはテレビ朝日系の『マツコ&有吉 かりそめ天国』で、結婚後初共演を果たし、その席で、夏目さんは「この仕事から離れようかなと思います」と、この秋で芸能界を引退することを示唆した。そして、有吉さんは「離婚の理由って、すれ違いか価値観の違いのダブル違いでしょ。価値観の方は無理でも、すれ違いだけ潰しておくか、と」と、その理由を説明する。

その態度に、ネット上では「良い夫婦すぎる」「合理的でいい」「名言をいただいた」と賛辞が相次いだとの記事を目にする。すこーしモヤモヤしてくる。

さらにネット記事はこれを「理想的な結婚観」と持ち上げる。このあたりで、私のモヤモヤ感はマックスに達する。

1.仕事より家庭?

私は、夏目さんと有吉さんのお2人の決断に文句があるわけでは断じてない。2人で話し合って、合意をして、結婚生活を長く続けようとしているならば、それは素敵なことだと心から思う。問題はメディアの伝え方にある。ひとつの「結婚の形」を「模範的な結婚」にまで格上げしちゃってるのだから。

(写真:iStock.com/ASphotowed)

2014年に、当時の安倍晋三首相は、世界経済フォーラムの年次総会、通称「ダボス会議」で「日本は女性に、輝く機会を与える場でなくてはならない」と述べた。その具体的な中身として「2020年までに、指導的地位にいる人の3割を女性にする」と誓ったのだ。ということは、ここでいう女性が「輝く」の中身は、家庭だけじゃなくて職場へと女性の活躍の場を広げることにある。こういう風潮の中で、昨今はキャリアとファミリーを両立させるっていう方向に、世の中は動いている。各企業に女性の登用を呼び掛けてきた経団連は、そういえば、副会長は男性ばっかりということで、DeNA会長南場智子氏を新たに起用した。多様な働き方を推奨するのはマスメディアもおんなじだ。

ところが、こういう地道な努力は、夏目さん、有吉さんの結婚が必要以上に持ち上げられることで、ぺちゃんこにつぶされる。結局、結婚して家庭に入るのが女の幸せだってみんなが思ってるんじゃないのってことになるからだ。

ハーバードやイェールといった一流大学を出ながら、投資銀行、広告代理店や官庁などのキャリアを捨てて、続々と主婦になる若い世代を描いたアメリカの『ハウスワイフ2.0』(文藝春秋、2014年)という本がある。ここで明らかになったのは、専業主婦がもはやラグジュアリーになったということだ。彼女たちには一様に、やはり一流大学を卒業して、高収入の仕事を続けている旦那さんが存在する。いま、仕事をしていない女性というのは、収入が最も低い家計か、最も高い家計に所属するのだという。前者は失業で、後者は主婦業。つまりね、スペックの高い結婚相手を見つけない限り、いまや専業主婦なんて夢のまた夢。だから、女たちは結婚市場での競争に敗れた自分を「キャリア志向」でごまかしてんじゃないの、と。

それは経済界も同じだ。労働力人口とは、15歳以上で働く意思と能力を持った人を指すという。少子化の影響で、この労働力人口は、女性や高齢者が労働市場に参画しない限り、2030年には危機的に減少するんだそうだ。AIの力で人の手による労働なんてものがいらなくなるのかもしれないけど、それまでの間、国民の労働参加を進めて、この労働力人口の減少に対応しなきゃいけない。だから、女たちよ、家庭を出て社会に進め、と。つまり、女性を「輝かせる」ことなんて一切興味なくて、「働かせる」ためだけの施策なんじゃないのと。

主婦になり損ねた女たちと、女を働かせたい経済界が結託して、キャリアとファミリーの両立を説いているだけで、今も昔も女性の幸せは、結婚して家庭に入ることにあるんだって気がしてくる。

2.菊川怜さんというトロフィーワイフ

さて、おそらく、これは真実であって真実じゃない。家庭に入りたい人もいれば、本当に仕事を続けたい人だっているのだから。それがまさに「多様」ってことなんでしょうよ。だからこそ言うの。夏目さんと有吉さんの結婚報道にはよっぽど注意しなきゃいけませんよと、ね。仕事に感じているはずのやりがいが、「あそこの旦那は甲斐性がないから、奥さんは、結婚した後も働きに出なきゃなんない」って空気に押しつぶされてはならない。

2017年4月、菊川怜さんが実業家の穐田誉輝さんとご結婚された。お相手は、レシピ投稿サイト「クックパッド」の元社長で資産200億円超の辣腕だという。このとき、当時、菊川さんがキャスターを務めていたフジテレビ系『とくダネ!』で、菊川さんがくす玉を割ると「祝 脱・独身」という幕が垂れ下がった。そして、その年の9月に菊川さんは5年間務めた『とくダネ!』のキャスターの仕事を卒業した。結婚に合わせて、仕事をセーブして家庭を優先したようにも見えたのだ。

菊川怜さんの東大での卒業式のときの凛とした袴姿は、テレビの画面を通して私の目に焼きついている。「菊川怜が所属していた」というのは、私が新入生だった当時、とあるテニス・サークルが東大女子を勧誘するときの殺し文句だったことからも分かるように、菊川さんは私たちの憧れだった。

女性ならば、労働市場よりも結婚市場に投資する方が効率がよいと言われる世の中で、「可愛い」ことよりも「賢い」ことに命を賭けて受験戦争を突破してきた私たちは滑稽だったのかもしれない。だが、「女の子がガリ勉なんて」と揶揄する人たちの前に、菊川怜さんは見事な反証を提示した。賢いことは醜いことではないのだと。スマートな女性は美しくキャリアを切り拓いていくのだと。

テレビのクイズ番組の問題は彼女の知性を測るには稚拙に過ぎた。だが、中学入試程度の単純な問題に、大学レベルの物理を駆使してとんちんかんな答えを繰り出す彼女は、私にとっては希望の星でもあったのだ。

だから、私は、正直、彼女の結婚に消化しきれないモヤモヤを抱えた。女優としてキャスターとして長く活躍したというキャリアが、そんな女性を妻として独占する男性の成功者としての地位を高めている。これが「トロフィーワイフ」の役割を果たすってことか。

3.「結婚=幸福」という同調圧力

何度も言うが、菊川さんや夏目さんの選択に物申したいわけではない。問題は、むしろ、私にある。え、なんで、あなたがって?

夏目さんの結婚を報道するワイドショーに出演していた私は、「結婚=幸福」という同調圧力に完全に飲まれたのだ。まず、この手の結婚の話題では、完全なる祝福コメントしか求めてないという雰囲気が、その場を支配している。次に、個人の選択に祝意を表しつつ、それと区別して、結婚そのものを理想化する圧に多少なりとも異議を唱えるという複雑なコメントを、短い尺の中で適切に表現するのは技術的は高度だ。主婦を軽視してるわけじゃない。キャリアを推奨しているわけじゃない。ただ、同調圧力にささやかな波紋を投げたいというこの感覚は、誤解を招き、炎上につながるリスクがある。

(写真:iStock.com/Pachai-Lekenettip)

テレビに出るコメンテーターがどんな役割を果たすべきか、よく分からなくなるときが、私にはある。でも、圧倒的多数に飲み込まれそうになりながら、ほんの少しでも違和感を覚えるマイノリティがいるなら、「あなたと同じことを考えている人がいる」と、それを言語化することには確かな意義があるはずだ。でも、私はそういう役割をうまく果たすことができなかった。

世の中は複雑になる。反比例するように、私たちに許される表現は単純化されていく。ツイッターは140文字。テレビは30秒尺。そんな中にあって、短期的には「空気を読まない」失敗コメントも、長期的にはなんらかの意味を持つかもしれないと、最近、私は思うのだ。

小和田雅子さまが、当時の皇太子さまとご成婚されたとき、それこそ、日本中が沸き立った。ローブ・デコルテを身にまとった雅子さまの美しい笑顔に、パレードで沿道につめかけた19万2,000人は魅了されていたのだ。ほぼすべての人が熱に浮かされたように祝福するその中で、カメラは、パレードを見守る外国人女性にインタビューマイクを向けた。おそらく、「海外の人も熱烈にお祝いしている」という絵柄を撮りたかったのだろう。だが、インタビュアーの意に反して、金髪の女性は、暗い目のまま、ややたどたどしさの残る日本語でカメラに向かってこう告げる。

「彼女はキャリアを捨てて、大変な結婚をする。ちょっとかわいそう。でも、雅子さん、頑張れ!」

雅子さまこそが日本で一番幸せな女性だと信じて疑わなかった小学校時代の私は、その不謹慎にも思える発言に憤りを覚えた。なんてこと言うんだ、この人。でも、他の祝福コメントはぜーんぶ忘れた今も、このときの心のひっかかりだけは覚えているのだ。それは、私の心に小さな、でも、確かな「?」の種を植えた。

そのとき女の子だった私は、雅子さまと同じキャリア官僚を目指し、そして結婚せずに今を生きている。ちょっと大げさだが、あのときの外国人女性の一言で生じた疑問を育て続けて今の私がいる。そんな疑念をこじらせちゃって、幸せな結婚も逃しちゃって、有難迷惑でしたねって? 話がもとに戻っちゃうじゃない!!

そう、そういうステレオタイプこそが私たちが闘わなきゃいけない相手。だから、「結婚=幸福」という同調圧力に、私なりのさざ波を立てたいと思って、今、礫(つぶて)を投げ込む。人の幸せの揚げ足を取るのは醜い。だが、それとは別の次元で、結婚という幸せを報じるときには、それが唯一無二じゃなくて、無限にありうるカタチのうちのひとつだという開かれた態度が必要だと思う。

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山口真由『高学歴エリート女はダメですか』

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ハイスペック女子のため息 season2

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山口真由

1983年、札幌市生まれ。東京大学法学部卒。財務省、法律事務所勤務を経て、ハーバード大学ロースクールに留学。2017年にニューヨーク州弁護士登録。帰国後、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程に入学し、2020年に修了。博士(法学)。現在は信州大学特任准教授。「超」勉強力』(プレジデント社、共著)いいエリート、わるいエリート(新潮社)、『高学歴エリート女はダメですか』(幻冬舎)など著書多数。最新刊は『「ふつうの家族」にさようなら』(KADOKAWA)。 
山口真由オフィシャルTwitter

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