1. Home
  2. 社会・教養
  3. ハイスペック女子のため息 season2
  4. “女帝”小池百合子――自分と和解できない...

ハイスペック女子のため息 season2

2021.01.09 更新 ツイート

#3

“女帝”小池百合子――自分と和解できない女の考察 山口真由

今年の新年は小池劇場とともに幕を開ける。新年早々、小池百合子都知事らの求めに押し切られる形で、緊急事態宣言が発出される。この動きは、「(小池氏は)ポピュリスト的能力が非常に高い」と政治ジャーナリストから皮肉とともに称賛される。実際に、新型コロナの感染者は大幅に増加し、東京都の医療体制は危機に瀕している。と同時に、これは駆け引きでもある。そう、小池都知事は外敵と闘う演出が巧みである。都政のドンと闘う私。国政を司る総理に決断を迫る私。外敵が強大であるほどに、彼女の存在感が増す。

 


いったんは薄れかけた存在感をコロナ危機の中で回復させて、小池氏は都知事選で圧勝した。密閉、密集、密接を意味する「3密」で、ユーキャン新語・流行語大賞を受賞すると、リモートで授賞式に出席。思えば、この言葉、記者会見で殺到する報道陣を前に「密です!」を連呼する都知事の尽力によってここまで広まった。目立ちたいわけではない。パフォーマンスでもない。あくまで「3密」という概念を定着させるためにでした、ええ、そう、たぶん。そのときの顔が妙にうれしげだった? いやいや思い過ごしでしょ?

小池氏への興味は尽きない。なぜなら彼女という人間の軸が読みにくいからだ。まず、外敵を作り上げる。そして、その外敵へのアンチテーゼとしての主張を練り上げる。だから、政策に軸がない。発言にも軸がない。変化し続けながら政界を渡り歩いてきた、この小池百合子とは何者なのだろう。この興味ゆえに、『女帝 小池百合子』(文藝春秋、2020年)は、都知事選を前に昨年ベストセラーとなった。この本は、外敵と闘う演出を超えて、小池百合子が本当はなにと闘っていたのかという本質に迫っている。以下、『女帝~』に描かれた、彼女の生い立ちや衝撃のエピソードの一部を紹介しつつ、私が小池百合子から目が離せない理由を探りたいと思う。

(写真:iStock.com/yuriz)

1.男に対する憎しみ

小池百合子はときとして「権力と寝る女」と称される。政界に進出するにあたり、日本新党を結成して時の人となった細川護熙に、まずは取り入った。しかし、国民福祉税を打ち出した細川内閣が求心力を失っていくと、細川おろしに加担する。その後、新進党結成の中心にいた小沢一郎に急接近する。だが、連立を組んだ自民党と小沢の対立が深まる中、彼女は小沢に反旗を翻し、マスコミで小沢批判を繰り返す。そして、最後に、郵政解散に打って出た小泉純一郎の歓心をかうかのごとく、自ら造反議員の選挙区から立候補する「女刺客」になってみせる。

細川、小沢、小泉と、時の権力者に媚びることでのしあがったと評される小池百合子を、フェミニストは批判してきた。田嶋陽子先生は、彼女を「フェミニズムの世界では『父の娘』という」と解説する。「父親に可愛がられて育った娘に多い。父親の持つ男性の価値観をそのまま受け入れてしまうので彼女たちは……女性といえば女性だけれど、内面は男性化されている」のだとか。

だが、『女帝~』から私が読み取ったのは、彼女の男に対する強烈な憎しみである。彼女は、自らを引き立てた男たちとの関係を、どこかで必ず切って捨てる。それも、尋常ならざる冷淡さで。政界に入ってからだけではない。彼女をワールドビジネスサテライトのキャスターに抜擢したテレビ東京の天皇・中川順会長との関係でもそれは同じ。中川会長の晩年を知る知人は「わざと相手に痛手を与えるような縁の切り方をしているように思える。……社会的地位の高い人にすり寄っていくイメージがありますが、最後はそういう人を足蹴にする。お父さんのことが影響しているのか、成功した男性を貶めたいという心理もあるように見える」と分析する。ここらへんに、彼女の本質があるように見える。

百合子は、男に媚びることにより権力の階段を上ってきたと評価されてきた。しかし、彼女にとってのハイライトは、権力者に引き上げてもらう瞬間よりも、むしろ、弱り目の男たちに後ろ足で砂をかけて立ち去る瞬間ではないか。

思えば、『女帝~』から見える百合子は父に振り回される娘だ。多くの人にとって、親になることは自分よりも優先すべき何かを得ることだ。だが、彼女の父・小池勇二郎は、常に自分が一番目立ってたいタイプとして描かれる。百合子が17歳のとき、選挙戦に打って出た父は、頼みの石原慎太郎から冷たくあしらわれ、「泡沫候補」のまま落選してしまう。父の勧めでカイロに留学したのに、十分な仕送りはもらえない。それなのに、中東での「商談の場や接待の席に安っぽい着物を着させて……連れ出」して、父は百合子をビジネスの道具にする。人生の主役の座を娘に譲り渡せる人ではない。そういう父を持った娘は、それでも彼を振り向かせたいという愛情と、自分を省みない父への憎悪――同じくらい強い2つの感情に引き裂かれそうになるのではないか。権力者に彼女は父の面影を見る。同時に、政界に進出しようとした父を馬鹿にした男たちの姿をも見る。権力を極めた男たちをドライに切って捨てる瞬間、彼女は、二重に復讐を果たすのである。自らを省みない父と、その父を嘲笑する世間に。


2. 女に対する憎しみ

百合子は女嫌いで知られる。『女帝~』によれば、キャスター時代から自分より若い女性と並ぶことを、ことさら嫌ったという。新進党の若きマドンナになるはずの畑恵をいじめた。無名の女性インタビュアーの質問には「ぐもーん(愚問)、次」と相手にしなかった。阪神大震災に被災して窮状を訴える女性たちには、マニキュアを塗りながら応じ、「もうマニキュア、塗り終わったから帰ってくれます? 私、選挙区変わったし」と答えて号泣させたというエピソードまで挿入されている。

しかし、彼女の女嫌いはそんな底が浅いものではない。細川護熙も小沢一郎も、百合子をどこか軽んじてきた。彼女は、日本新党において「国会での答弁や政策会議といった政策の芯の部分には、ほとんど関与していなかった」という。任されたのはキャッチコピーをひねり出すといった軽い仕事ばかり。それは、小沢のもとでも同じ。同僚からは「広告代理店のような人」と揶揄される日々。

しかし、ここで重要なのは、彼女自身がそう仕向けてきたことである。出馬宣言をした小池は「党のチアリーダー」と自称し、ミニスカートで全国を飛び回る。「小池が街宣車のはしごに足をかけると、地面に頭をすりつけるようにしてカメラマンたちはローアングルで構えた」という。小沢一郎の眉毛を切ってみせ、安倍晋三の首元にピンバッチをつける。こうやって、この人は女を前面に出す。そうしながら、彼女自身が自分を軽んじている。

色気でのしあがる女。権力者に媚びる女。そういうステレオタイプを、これでもかというほどなぞってみせる。女性という生き物の業の深さ、醜さ、浅ましさ――それを露骨な結晶の形にして自ら演じてみせることで、彼女は、自分の中にある女性性をひたすらに貶めているようにも見える。
 

3.小池百合子の自分嫌い

甲南女子中学というお嬢様学校に百合子は進学する。少女たちのど真ん中でかしずかれる女王蜂のような姿を、私は想像した。「女帝」というタイトルにふさわしい、今の彼女の自信に満ちた横顔は、少女時代から実在だろうと。だが、中学校時代の百合子は決してそうではない。友人の誕生日に手作りのプレゼントを贈る。交換留学生の試験を受ける友人に応援の電報を送る。そして、家に上がらせてくれた友人の障子を張り替えまでしてあげる。この気遣いぶりは、あまりに過剰じゃないだろうか。

存在そのものに価値があると信じる無邪気な少女たちの中で、どうすれば好感を持ってもらえるかと気を張り続ける百合子の姿は、どこか所在なげに描かれる。彼女は他人の目の中に、自分に求められる役割を探ろうとする。学生時代のこの癖が、後年の彼女を作り上げたのかもしれない。そのときどきに期待される自分のイメージを読み取り、より美化した言葉でそれを紡いでみせる。この空想ゲームの中で、百合子は、芦屋のお嬢さんにも、アラビア語を操る才女にも、なんにだってなりきることができた。

現実の自分に満足できない少女たちは、なりたい自分になりきる「ごっこ遊び」が、えてして得意である。が、多くの空想好きの少女たちの中でも、百合子は群を抜いている。例えば、『女帝~』でも主要なテーマは、何度も取りざたされる彼女の学歴詐称疑惑だ。仮に、カイロ大を中退したとして、卒業したと詐称して自ら作り出したウソに苦しむのが凡人。そこで、カイロ大首席卒業とまで大判風呂敷を広げて、平然としていられるのが小池百合子である。

聴衆の期待に応えて、自分を主人公にした美しい物語を繰り返し語る。多くの凡人は、そうすることで、虚像と実像の乖離に後ろめたさを抱えることになる。だが、『女帝~』に描かれた百合子は、あらまほしい自分語りで現実の記憶を徐々に塗り替えていくのだ。美貌の従妹と比較され続けた繊細な少女は、父が落選した選挙事務所で泣きじゃくった健気な少女は、少しずつ淡く薄くなる。そして、何苦労なく育ったお嬢さん、才色兼備のキャスター、天才的ポピュリストとも言われる都知事の横顔がくっきりと立ち現れていく。そのときどきで自分を演出し続けるうちに虚実の境は曖昧になり、彼女の実像はいつしか虚像の中に溶けていく。実像というくびきから放たれて、虚像はコントロールを超えて肥大化する。そうして、なにもかもを吸い取って何も吐き出さないブラックホールが誕生する。

この虚無こそが、小池百合子の本質ではないか。

男を嫌い、女を嫌い、自分を嫌って虚無になった小池百合子には、巨大な承認欲求だけが残った。私を評価しなかったあの人々を見返したい。父を評価しなかったこの世間に証明したい。私を見て! 私に注目して! 私の上にスポットライトを当てて! 絶えない自己顕示欲は舞台を求める。舞台の上で、彼女は常に仮想敵と闘う。作り出された悪役とのバトルを繰り広げ、いじめられてみせることで同情を買って彼らを蹴落とす。その繰り返し。あくなき承認欲求が沼のように口を開ける彼女の虚無。

だが、私はそれが他人事とは思えない。小池氏ほどのスケールはない。それでも器が小さいなりに私も、自己肯定感の低さとその割に高い自己顕示欲を持て余す一人である。自分を評価しない世間への復讐を前に進み続けるガソリンに変えている人は、さほど珍しくないだろう。だから、私たちは魅かれるのだ。好きであろうと、嫌いであろうと、あの人を見てしまう。知りたい。知りたくて仕方がない。

何者でもない自分のままで常に人の輪の中心にいる人がいる。そういう天然の逸材に対して、何者かになり続けるという人為を極めた者は、最終的に打ち克てるのか。そして、男を嫌い、女を嫌い、自分を嫌って、嫌い嫌い嫌いで生きてきた彼女は、そうやって否定してきた自分自身といつか和解するのか。自分を許せなければ、男も女も人間も他者をまるっと受け入れることはできないだろう。

現実の自分に満足できずに「空想ごっこ」に安らぎの場を見出した多くの少女の一人として、私は思う。「自分を愛しなさい」と宣うどんなスピリチュアル本も、私は絶対に信じない。だが、いつか今の自分に満足したあなたが他人を許せる人間になったのなら、「自分を大事にしなさい」というあの耳たこの教えを、私は、今度こそ信じてもいい、ほんとに。

関連書籍

山口真由『高学歴エリート女はダメですか』

人気連載「ハイスペック女子のため息」(season1)が8/26に書籍化!! 東大法卒→財務省→弁護士→留学→准教授で37歳、未婚。偏差値の高い女は幸せになれないのか!? 等身大の女子たちや、女子アナ、芸能人まで下世話に観察、おおいに自省しながらハイスペ女子の幸せを模索する。

{ この記事をシェアする }

ハイスペック女子のため息 season2

ハイスペ女子は自分で自分が面倒に思うこともある。社会に邪険に扱われ、「なぬ?」と思うこともけっこうある。今日もぶつかる壁や疑問を吐露する社会派エッセイ。

バックナンバー

山口真由

1983年、札幌市生まれ。東京大学法学部卒。財務省、法律事務所勤務を経て、ハーバード大学ロースクールに留学。2017年にニューヨーク州弁護士登録。帰国後、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程に入学し、2020年に修了。博士(法学)。現在は信州大学特任准教授。『「超」勉強力』(プレジデント社、共著)『いいエリート、わるいエリート』(新潮社)、『高学歴エリート女はダメですか』(幻冬舎)など著書多数。『東大首席弁護士が教える超速「7回読み」勉強法』(PHP研究所)の文庫版も出版された。
山口真由オフィシャルTwitter

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP