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ハイスペック女子のため息 season2

2021.03.07 更新 ツイート

森氏の“女性蔑視”発言、山田広報官の辞任、“多様性”へと向かう社会の黒い渦 山口真由

当時のオリンピック・パラリンピック組織委員会会長だった森喜朗氏の“女性蔑視”発言が炎上してから早1か月。日本というこの国も二極に分断された社会になっていくような陰鬱な空気を、私自身は感じている。

森会長は「女性は会議での話が長い」という趣旨の発言をして、欧米のメディアから批判を受けた。謝罪会見を開いた森氏は、そこで逆ギレする。その会見の映像は、ワイドショーにとっておきのネタを提供し、そしてメディアによって繰り返し報じられるほどに批判の声が高まっていった。

そこに、私は渦を見た。その渦は森氏を中心として黒々ととぐろを巻いている。そして、森氏ばかりかその渦の淵に腰かけた人は、一様にその中に巻き込まれていく。森氏は、まさに「渦中の人」となったのだ。

この渦は、森氏が後任をお願いしたと表明した川淵三郎氏を引きずり込み、結局、会長を引き受けることになった橋本聖子氏まで過去のセクハラ疑惑を蒸し返されることになる。

(写真:iStock.com/Homunkulus28)

この巨大な渦の吸引力は森氏に関連する人物のみならず、森氏に関する発言にまで及んでいく。

 

1. あなたは森氏を擁護するのか、批判するのかという踏み絵

私は「羽鳥慎一モーニングショー」という番組で、月曜日のコメンテーターをさせていただいている。森氏の“逆ギレ”会見から週をまたいでの2月8日の「モーニングショー」でも、森氏の発言が問題となった。

 

この話題について、羽鳥さんから振られたコメンテーターの石原良純さんは「森さん自身の発言、良い悪いって言ったら今の時代に即してないし……責任がある方がそういうことを言う言葉ではないのは分かっている」としたうえで「その中で、なにか一つあったときに、今の世の中、不寛容っていうんですか、一つのことで何も許さないと。その中で人はトラブル、ミスもあるけど、それを助け合って乗り越えていく部分があまりにもなくなりつつあるっていうのは、森さんのことだけじゃなく、危惧する」と述べて、「老害」という言葉もあるが「経験者の知恵」という側面もあると結んだ。

途端に、私の頬がかっと熱くなる。「確かにこれは悪い。だが、人は複雑である。よいところも悪いところもある。成功することもあれば失敗することもある。その一つをとってその人のすべてを否定しつくすのは、ちょっとやりすぎ」。抽象論で聞くと多くの人がうなずくであろうこの言説は、しかし、森氏という具体的な素材を前提とすると極めて不穏なものに見えてくる。

私は目の前に黒々とした渦を見る。きっと前を見る。唇を軽く噛む。自分の心のひだの中から“森氏への怒り”を表現するに最適な部分を探し出して、そこにフルスロットルで感情を焚き込む。この気持ちは絶対に嘘ではない。だが、複雑な自分自身の心の中から、今、ここで、森氏を中心とした、この黒々とした渦から、なるたけ遠い場所に私を放ってくれるものを選んだのも事実。そして、それを口から吐き出す。こうやって、私は安全な場所へと避難する。

良純さんの発言が炎上したというネットニュースを読んだとき、炎上の対象に私の名前は挙がっていなかった。私は安堵する。あのごーっと音を立てる渦から逃れたことに。だが、同時に罪悪感もわいてくる。

 

2. あなたは山田広報官を批判するのか、擁護するのかという踏み絵、再び

3月1日の「モーニングショー」では、菅義偉総理の長男らとの会食で7万円超の接待を受けたという山田真貴子広報官が、体調不良を理由に辞任したというニュースが話題となった。

コメントを求められた良純さんは「気の毒というと反発が出ますよ。倫理規定、悪いこともしたんじゃないかという人もいますから」と前置きしたうえで「でも膨大なキャリアの中でこういう事案に関わってしまったということで言えば、このことで自分のキャリアを失ってしまうということであれば非常に残念なんだろうなと思いますね」と返した。

森氏に対するコメントと完全に同じ論理だ。「確かにこれは悪い。だが、この一事を以て、つらいこともくやしいことも飲み込んだであろう1人の仕事人生のすべてを否定するのはいきすぎ」。

しかし、私はまたそこにも轟音ととに人を巻き込む大きな渦の淵を見たのだ。

(写真:iStock.com/CreatorOfTheVector)

今、この世の中には渦があふれている。

そして、その渦は渦中の人を少しでも擁護するような姿勢を見せたら、その発言者まで飲み込んでしまうほどの力を持っている。その渦の淵に手をかけて中を覗き込む。怖い。だから、この吸引力から逃れるためには、渦を思いっきり蹴っ飛ばさなきゃならない。巻き込まれちゃならない。引きずり込まれちゃならない。

 

3. 擁護か・批判かの二極を突きつける社会の中で

だけどね、その度に私は自分が薄っぺらくなるような、そんな感覚も味わう。

おそらく、1人の人間というのは驚くほど複雑なのだ。組織委の絶対権力者は孫娘の前では好々爺なのかもしれない。段取り抜群と言われた女性官僚も二度の大病に弱音を吐いたかもしれない。

自分自身を考えてみればいい。私は、結婚しておらず、子どももいない。「30歳を過ぎて結婚していない女は不幸」というステレオタイプで話を進めていく方が通りがよいので、そうしたことも度々ある。だが、現実はそんなに単純なものではない。「今日はジムからの帰りに、焼き豆腐とシラタキを買ってすき焼きにしよう。〆はうどんにしよう」と考えている私は、けっこう幸せだったりするのだ。

人の複雑さを認めずに「渦中の人」を悪として蹴っ飛ばすときに、私は、私自身の複雑さをも投げ捨てているような気持ちになる。私の心の数多あるひだの中から、最も強い怒りを選んで、火をつけて、世に放つ。そのとき、私の中で様々な色を持っていた感情が一つの色にべったりと染まる。私は自らステレオタイプにはまる。そして、私は自分自身の複雑さを捨象して薄っぺらくなっていく。

 

「“多様性”を標榜する社会は、多様性に無理解な人を含めて居場所を用意しなくてはならない」と、私は思う。「多様であれ」っていうんなら、それに反対する人の意見だって多様の中の一様だろう。

だが、多様性を標榜する国際スタンダードは、かつての日本が持っていた曖昧さを容赦せずに、二択を突きつけてくるようだ。

「批判するのか/擁護するのか」「左なのか/右なのか」「味方なのか/敵なのか」

現代の社会において、日々、私たちは問われ続けている。

「オマエはどっちだ!」「オマエはどっちだ!」

喉元に刃を突きつけるこの社会は、単純明快な答え以外は許さない。複雑なものを葛藤を以て評した途端に、いや、確かに非難はしつつも叩くテンションがまわりより低かった途端に、「こっち側」の扉はバタンと閉じられて、「ああ、そう、あんたはあっち側につくのね」と。ぼんっと渦の中に突き落とされる。そんな恐怖感。

 

4. 複雑さを理解する者のノブレス・オブリージュ

『高学歴エリート女はダメですか』(幻冬舎、2020年)のまえがきで、私は「よくよく物事を考える私たちは、できるだけ客観的であろうとする私たちは、恥という概念を知る私たちは、しかし、世の中の複雑さを受け止めてしまうがために、どちらかというと割を食う」と書いた。編集者の相馬さんはこの部分に「すっとした」と言ってくれた。

そして、『「ふつうの家族」にさようなら』(KADOKAWA、2021年)という本は、「VIVA 伝統的な家族」でも「VIVA “多様”な家族」でもない、むしろ、そうやって単純に突っ走ったうえでの分断に与したくないという、心からの願いを込めて書いたのだ。

この世の中は「物事を単純化する人ほど得をする」方向に、ぐんぐんと勢いをつけて進んでいくように見える。自分とは違う視点から世界を見て、自分が信じ込んできた正義を相対化してみて、そういう込み入ったことにあえて手出しをしようとする、そういう「複雑系」の人々を、あの黒い渦がぱっくりと口を開けて奈落へと引きずり込む構造だ。

 

「ねぇ、私たちはどうしていったらいいのでしょうね。私たちばかりが損をするわね」

『「ふつうの家族」にさようなら』についての取材を終えた私は、インタビュアーに思わず問いかけた。なぜなら、彼女はインタビューの冒頭で、私にこう言ったからだ。

「私も『ふつうの家族』に息苦しさを覚えてきましたが、多様性を免罪符に古臭い奴らを片っ端から吊るし上げようっていう雰囲気にも違和感を覚えてました」と。

この人は、おそらくは「複雑系」そしてイコール「割を食ってきた人」。彼女は一体どう思って生きてきたのだろうと、ふと興味がわいた。

テープレコーダーの録音を止めて、彼女はきっと私の目を見据える。

「私は、複雑さを理解する者にはノブレス・オブリージュがあると思ってます」

静謐な、そして、毅然としたまなざしに射すくめられる。

そうだ、何度も決意して、何度も傷ついて、それでも私たちはあきらめてはならない。

『高学歴エリート女はダメですか』のまえがきを私はこう結んだはずだった。

「世の中は決して単純ではないと気づく繊細な知性と、その複雑さを理解したいと願う共感の翼――それ自体が私たちの価値ではないかと思うのです」

 

現代を生きる私たちの前にはすぐに次の渦が現れるだろう。この世という広大な海原に新しい渦が次々とわいてくる。渦の淵から覗くのは恐ろしい。この中に巻き込まれた私はぐるぐる回って息をつけなくなるだろう。次も私は「渦中の人」を蹴るのだろうか、それとも、もっとやっかいな動作を手間ひまかけてやってのけることができるのか。頑張れ、私、フレーフレー、私。

 

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山口真由『高学歴エリート女はダメですか』

人気連載「ハイスペック女子のため息」(season1)が8/26に書籍化!! 東大法卒→財務省→弁護士→留学→准教授で37歳、未婚。偏差値の高い女は幸せになれないのか!? 等身大の女子たちや、女子アナ、芸能人まで下世話に観察、おおいに自省しながらハイスペ女子の幸せを模索する。

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ハイスペ女子は自分で自分が面倒に思うこともある。社会に邪険に扱われ、「なぬ?」と思うこともけっこうある。今日もぶつかる壁や疑問を吐露する社会派エッセイ。

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山口真由

1983年、札幌市生まれ。東京大学法学部卒。財務省、法律事務所勤務を経て、ハーバード大学ロースクールに留学。2017年にニューヨーク州弁護士登録。帰国後、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程に入学し、2020年に修了。博士(法学)。現在は信州大学特任准教授。「超」勉強力』(プレジデント社、共著)いいエリート、わるいエリート(新潮社)、『高学歴エリート女はダメですか』(幻冬舎)など著書多数。最新刊は『「ふつうの家族」にさようなら』(KADOKAWA)。 
山口真由オフィシャルTwitter

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