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ハイスペック女子のため息 season2

2021.07.08 更新 ツイート

“日本人”と“純ジャパ”との間のふかーい溝 山口真由

「見た目は日本人的じゃないけど、その感性はとても日本人的だよね」

オリンピック予選を兼ねた日本選手権で2位に食い込んだのは、陸上界の新星デーデー・ブルーノ選手だった。決勝戦進出を目標としてきた若手は、すでにその願いがかなった喜びゆえか、これでオリンピック代表が決まると力む選手が多い決勝戦で、思いのほかの伸びやかな走りを見せる。そして、オリンピック出場圏内と言われる3位の枠内に見事入ったのだ。

レース後のインタビューで、彼は、

 

「なんだろうなあ。あ、2番なんだっていう。本当に深い感想はないんですけど。2番取れちゃったなみたいな感じになっちゃいます。すみません」

と答えた。

この最後の「すみません」について、オリンピック代表になるための派遣標準記録を上回っていないのに3位以内に入った結果、五輪代表選手の選抜に混乱をきたしてしまったのではないかと気をまわして詫びたと解した私の知人女性は、冒頭の言葉でそんなデーデー選手を愛でた。

後に、デーデー選手は「すみません」の真意について、

「このインタビューでの最後のすみませんは、良いコメントができなくてすみませんって事なんです、、、2番を取って『すみません』では一緒にレースをしていただいた方に大変失礼です。誤解を生む発言をしてしまい大変申し訳ありませんでした」と謝罪とともに明かした。

ゆえに、私の知人女性のデーデー評はそもそも誤解に基づくのだが、それ以上に根深い問題を端的に示す。

父がナイジェリア人、母が日本人というデーデー選手は、母から日本国籍を受け継いでいる。だから間違いなく“日本人”なのだ。にもかかわらず、本来彼は“日本人”ではないのに、“日本人”に似た発想を持っていると言わんばかりの口振りは、ある種のバイアスを前提とする。いったい、この女性が言う“日本人的”ってなんなのだろう?

そう、どうやら私たちは、国籍上の“日本人”と“純ジャパ”を分けて考えているようなのだ。

1.大谷は純ジャパで、ダルビッシュは違うらしい

大リーグにおける大谷翔平選手の活躍がめざましい。あの伝説の人ベーブ・ルース以来の華麗な二刀流は、投げて一流、打って超一流と言われる。ホームラン数リーグトップなどのニュースが流れるたびに、日本中が沸く。コロナ、オリンピック……高度に政治化されて左右の対立が激しい話題に疲弊した私たちにとって、みんなで同じ方向を向いて応援できるスター誕生は、なににもまして嬉しい。

だが、ある友人は、日本中が彼に魅せられる理由について私にこう語ったのだ。

「大谷選手は、ダルビッシュ有選手や大坂なおみ選手と違って純ジャパだからね」

確かに、私たちにはそういうところがある。今年6月6日のゴルフ全米女子オープンは、笹生優花選手と畑岡奈紗選手がプレーオフを争う展開となり、メディアはこれを「日本人対決」と報じて、黄金世代と呼ばれる畑岡選手や渋野選手のみならず、それに続く世代の日本女子ゴルフの目覚ましいレベルの向上に色めきだった。そこで、優勝した笹生選手をその日のワイドショーはどこも横並びでクローズアップしたのだ。そこでコメンテーターの1人が

「笹生選手は、まだ20歳にならないので日本とフィリピンの二重国籍を維持しており、海外ではどちらかといえば日本選手というよりもフィリピン選手と認知されている」

と指摘した。そのとき、なんだか触れてはいけない事実に言及されたように、スタジオの空気がショボンとしぼんだのを私はよく覚えている。

テニスの全米オープンにおいて、試合に勝ちあがるあるたびに、警官に不当に殺された黒人の名前を刻んだマスクをそれぞれ披露し、Black Lives Matterにヴォーカルだった大坂選手について、コロナ禍のアメリカで起きたアジア人に対するヘイトに同じ熱量を持って抗議していないとして「ブラックへの帰属意識ほどに、アジアへの愛がない」という日本語の批判も、SNS上に見受けられる。

アメリカにおける人種差別は深刻だ。だが、日本もそれとはやや異なる意味で、世界の他のどこでもなく日本だけに帰属してほしいという意識があるらしい。ともに日本人の両親の下、日本語のみを話し、幼少期には日本だけで暮らした、そういう純粋培養のジャパニーズが世界で活躍すると、そうじゃない場合に比べて、声援は数倍になるようだ。

2.日本人か? 純ジャパか?

私の友人に山田エレナちゃん(仮名)がいる。彼女の両親は欧米人だが、幼いころに家族と一緒に日本に移住し、漢字の名字とともに日本国籍を取得している。インターナショナルスクールに通った彼女は、英語がペラペラな才女でもある。東京で働いたエレナちゃんは、今はニューヨークという別の大都会で活躍している。

彼女が私にこう教えてくれたことがある。

「アメリカ的な英語がネイティヴのレベルで話せれば、ニューヨークは私を“アメリカ人”と見なす。というか、どこの国の人かっていうことはさほど気にしないのよね。でもね、東京で“日本人”として受け入れられるのは、私の場合、とても難しかったの。国籍から言えば、私は“アメリカ人”じゃなくて、間違いなく“日本人”なわけ。で、日本語は流暢でしょ? 日本の文化にだって馴染んでるでしょ? それでも、不動産屋さんには『外国人だから貸せない』って、たぶん私の見た目と下の名前のカタカナね、それだけで部屋の賃貸借を断られたこともある。職場の人たちはみんな理解者だったけど、取引先との飲み会では『山田さんって何人なんですか?』って聞かれたことだってある。生粋の“日本人”になるということは、おそらく、国籍以上の何かが求められている」

(写真:iStock.com/tomozina)

彼女の英語はネイティヴ並みだが、母国語は日本語なのだ。彼女のフレンドリーさはアメリカっぽいかもしれないが、日本の職場では驚くほどに郷に従っていたのだ。それでも、彼女は純粋な“日本人”とはみなされなかった。

彼女の話を聞きながら、私は悟った。

おそらく、彼女が言うところの生粋の“日本人”であるための「国籍以上の何か」というのは、未来に向けた努力ではないのだ。日本語を習得すること、日本の伝統文化を学ぶこと、そういった、“これから”的なものでは決して得られない。

それは、たぶん、日本以外のどこかのヘリテージをいささかも承継していないという“汚れなき”過去を要件とするのだろうと、私は思う。両親が日本人であること、日本語で教育を受けていること、他の言語をネイティヴ並みに話せたりしないこと、そして、日本以外の国に住んだ経験がないこと。そう、“これまで”が問われる。

日本国籍を有する“日本人”に含まれる人々の中に、さらにこうした要素をすべて満たす“純ジャパ”類型が存在するという二重構造。そして、日本に溶け込もうとする未来志向の努力を認めないという意味で、“純ジャパ”という属性は、不当に排他的なのである。

3.国籍を超えて個人を称えよ

私は、アメリカ人が優れてるなんて思ったことはほとんどない。アメリカ人とひとくくりにするのも不当だが、まぁ、がさつだし、空気読まないし、慮(おもんぱか)ったりしないしね。

だけどね、それでもその美点をリスペクトするときもある。

日本人メジャーリーガーのパイオニアとして、偉大な足跡とともに後進のために道を切り拓いたのは野茂英雄投手である。1996年9月17日にノーヒット・ノーランを達成している。場所は対戦相手ロッキーズのホームグラウンドであるクアーズ・フィールドだった。つまり、敵地だ。

が、野茂が史上に残る偉業を達成した瞬間、敵の応援団の方が優勢のはずのクアーズ・フィールドは野茂一色に染まった。スタンドの観客が一丸となってスタンディングオベーションの大興奮で彼の健闘を称えたのだ。そのとき彼は、アメリカという国に溶け込んだ。

国技館で大相撲を観戦したことがある。特別に特等席の升席での国技の見物は興奮の連続だった。そして、結びの一番は横綱・白鵬と格下の力士。そした、白鵬が危なげなく勝利した。そのとき、私の背後から土俵に向かって座布団が舞ったのだ。

私は目を疑った。

だって、座布団というのは横綱が格下の力士に負けたときに、横綱への野次を込めて、金星をあげた力士への称賛を込めて、土俵に向かって投げ込まれるものじゃないのか。勝った白鵬に向かって放られる座布団は「なんでお前が日本の伝統的な国技に勝ってんだ」という、ある種の揶揄にも見えた。だからこそ、この光景に慣れているかのように表情を変えない白鵬が、私には孤独をかみしめているように映ったのだ。

アメリカ人は抜きんでた個人に文句なしの喝采を送る。ヒーローが大好きだ。ヒデオ・ノモは彼らにとって名前通りの「英雄」だ。その単純さがドナルド・トランプを大統領に押し上げたとすれば、まぁ、うん、思うとこある人もいるかもしれないが、私は彼らのあっけらかんとしたフェアネスに爽快感を覚える。

日本人は、外国人がたどたどしいながら一生懸命に話した日本語のわずかな文法の誤りなんかをすぐに指摘したがる傾向にあるらしい。私の友人は、これは日本人とフランス人の特性で、アメリカ人はそういうとこにはさほど拘(こだわ)らないと話す。

(写真:iStock.com/Akiko Maki)

私は、日本という国が大好きだ。だけどね、私たちはこの国に根を下ろそうという努力を認めるよりも、この国以外の土に植えられたことがあるという差異ばかりをあげつらってきたようにも思うのだ。

いいじゃんか、日本人だって、純ジャパだって、そんなせせっこましいこと言わずに、卓越した個人には、国境を超えて活躍する個人には、それに能(あた)う最大限の拍手を送るべきだ。私はそう思う。

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山口真由『高学歴エリート女はダメですか』

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ハイスペック女子のため息 season2

ハイスペ女子は自分で自分が面倒に思うこともある。社会に邪険に扱われ、「なぬ?」と思うこともけっこうある。今日もぶつかる壁や疑問を吐露する社会派エッセイ。

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山口真由

1983年、札幌市生まれ。東京大学法学部卒。財務省、法律事務所勤務を経て、ハーバード大学ロースクールに留学。2017年にニューヨーク州弁護士登録。帰国後、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程に入学し、2020年に修了。博士(法学)。現在は信州大学特任准教授。「超」勉強力』(プレジデント社、共著)いいエリート、わるいエリート(新潮社)、『高学歴エリート女はダメですか』(幻冬舎)など著書多数。最新刊は『「ふつうの家族」にさようなら』(KADOKAWA)。 
山口真由オフィシャルTwitter

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