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ハイスペック女子のため息 season2

2022.07.28 公開 ツイート

今それ?らしいが「安保法制」と「アベノミクス」 山口真由

SNSはもう見まいと決めた。

7月の金曜日、蝉の声の代わりに選挙カーの応援演説が響いていたあの暑い日、正午近くに衝撃的なニュースが流れた。

安倍晋三元総理が凶弾に倒れたという。イデオロギーの軸となってきた人物。治安がいいといわれてきた日本。選挙戦の真っただ中。そして、海外のニュースに踊る「暗殺」の文字。

選挙の応援演説中の有名政治家に、往来の人々はこぞってカメラを向けていた。横から、正面から、SNSでは誰かが捉えたであろう銃撃シーンが繰り返し流れる。

現実感のない出来事に動揺するSNSの論調は、大きな分断の予兆を示す。

 

#自民党って統一教会だったんだな

↑これは自民党政治家と旧統一教会との長く続く関係を皮肉ったもの。自民党批判という意味で左派的な論者が多く投稿。

#朝日新聞を廃刊に

↑朝日新聞の川柳欄に選ばれた句の何句かが「国葬」形式の葬儀を含め、安倍氏に批判的だったことを批判したもの。朝日批判というのは概ね右派的な論者の投稿。

ツイッターのトレンドは真逆の潮流に引き裂かれる。不思議なことに山上徹也容疑者その人への批判はさほど多くない。ただ、対立する論陣を攻撃し、コメンテーターや論客をどちらかの派閥に分類し、仮想敵とばかりに論難する。

ツイッターを見るのはもうやめようと思った。動揺したSNSは、私をより不安定にするだろう。それでも魅せられたようにスクロールし続けてしまう。

 

さて、かつてアメリカとの比較で、社会の「亀裂」が少ないがゆえに二大政党制は向かないといわれてきた私たちの国に分断の兆しが見える。そして、その分断をSNSのみならず安倍氏に起因すると見る向きもある。確かに、信奉するにしろ、嫌悪するにしろ、近年の日本のイデオロギーは安倍氏を軸として展開されてきた。実際、その政権はこの国を岐路に立たせている。

正直、死んだ安倍氏を軸として新たに投下された事件や宗教への百家争鳴に対する疲弊が内にあるのを認めつつ、政治家としての安倍氏がこの国に遺したものを振り返り、これから日本が進むべき道を議論する方が、今にふさわしいんじゃないかと私は思うのだ。
 

そうすると、安倍氏の政治的な遺産として、まず思い浮かぶのはアベノミクスと安全保障法制ではないか。

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アベノミクスは、政権奪還を掲げて2012年に衆院選に挑んだ安倍氏の看板政策だった。

1990年代以降の日本は長く続く停滞の時代に入る。物価は下がり続け、賃金も下がり続け、日本経済は縮小均衡の一途をたどっていた。沈みゆく国の命運を一気に逆転しようというのがアベノミクスであり、その一本目の矢が異次元の金融緩和を中心とする金融政策だった。

自民党が野党となっていた2009年以降、安倍氏はリフレ派の経済学者と親交を持つようになる。「デフレは貨幣現象」と唱えるリフレ派は、要は、この世の中に出回るお金の量をどんどん増やせば、物の値段も上がっていくと考えていた。そして、物価が上がれば賃金も上昇する。物価が下がり、賃金が下がり、経済成長率が下がり……と縮小均衡に陥っていたこの国は、物価が上がり、賃金が上がり、経済成長率が上がり……という正のスパイラルに一気にジャンプできるのだという。

人生の大半を停滞する日本とともに過ごした私は、アベノミクスが示すいまだ見たことがない世界へと胸を高鳴らせた。

折よく、第二次安倍政権発足後に、日本銀行の白川方明総裁の任期が終わり、「2年で2%」のインフレ目標を必ず達成できると信じている黒田東彦氏が総裁に任命される。そして、2013年4月「出し惜しみするなというシンプルな指示」のもとで、とにかく市中にお金を流し込んだ。流通するお金の量は、2010年から20年までの間に、なんと5倍に増えたというから、大盤振る舞いぶりがわかる。

ところが、である。物価は上がらなかった。消費者物価指数の上昇率は、消費税を引き上げた2014年を除いて一度も2%を上回らず、目標としていた名目3%、実質2%の経済成長率も達成できなかった。私たちが今直面しているインフレは、内需ではなくて、円安という外圧に後押しされたものだ。

それでもリフレ派はいう。いや、消費増税が景気の回復にブレーキを掛けたのだと。確かに、第二次安倍政権は、1つの政権として初めて2回も消費税を増税した。2014年4月、5%から8%に引き上げられた消費税は、2019年10月にはさらに10%となる。そして正のスパイラルがなかなか起きないことを消費増税へと転嫁するリフレ派と、「2年で2%」が達成できなくとも「持久戦」の構えで政策を決定的には変更しない黒田総裁。

アベノミクス路線を継続するか、さもなくば、どう手仕舞いするかという、極めて難しい問いが、現政権に突きつけられている。

 

さらに、安倍氏を特徴づけるのは安全保障法制である。

2014年7月の閣議決定により集団的自衛権が「必要最小限度」などの限定を付したうえで容認された。従来の政権は、個別的自衛権は認めつつも、同盟国とともに敵からの攻撃に対して自衛権を発動するという集団的自衛権は認めていないものと、憲法9条を解釈してきた。戦後長らくタブー視されてきた9条に、解釈の観点からであっても、手をつけた意義は大きい。

その過程で様々な混乱があった。まず、2013年8月、小松一郎氏が内閣法制局長官に任命された。次長からの繰り上がりという従前の慣行を廃し、外務省条約局出身者に白羽の矢を立てたのは、彼が集団的自衛権行使容認論者だったからだとされる。まさに、憲法9条の解釈変更に向けた布石だった。だが、2015年6月の衆議院憲法審査会では、自民党が参考人として招いた憲法学者の長谷部恭男教授が、民主党からの質疑に応えて「集団的自衛権の行使が許される点は違憲と考えている」と発言する。この発言を受けて、護憲派は、特定秘密保護法制の論拠を提供したことで「御用学者」とレッテル貼りしていた学者を「護憲派の神様」に祭り上げる。

この「長谷部ショック」の勢いそのままに、安倍氏の押し進める解釈変更に批判的な学者たちは、討論会を開催して大盛況となる。のみならず、安保関連法制の成立時の国会周辺でデモを主催した団体の中にはSEALDsのような学生団体も存在する。冷戦時代のイデオロギーから自由な彼ら彼女らにまで飛び火した熱情は、SNSでの極めて対立的な言論も生む。

こうしたすったもんだを経て、安倍氏に率いられた内閣は憲法解釈の変更を成し遂げた。だがこれは、安倍氏の悲願とされる憲法改正にとっては諸刃の剣であった。

組閣当初の安倍首相は、憲法の解釈変更と改正を同時にアジェンダとして掲げていた。とはいえ、考えてみれば、憲法9条の解釈を変更して許容される行為の幅を広げれば、憲法改正の必要性は遠のく。実際に、集団的自衛権の行使容認は憲法改正にとってはネガティブに働いた。

2012年12月、政権奪還を決めた翌日の記者会見で「国民投票法という憲法を変えていくための橋を作ったんですから、いよいよ国民皆でその橋を渡ることは96条の関係だろうと思います。(次の目標として)改正条項の改正を行っていく」と述べた安倍氏は、まずは改正条項に改憲のターゲットを絞った。

もともと憲法改正には衆参各議院の総議員の2/3以上の賛成による発議と国民投票による過半数の賛成という、高いハードルが課される。これを両議院それぞれの過半数の賛同に引き下げることで、その後の憲法改正を容易にしようという試みだ。ところが、この搦手からの改正案は、憲法学者の小林節氏に「裏口入学」と批判され、トーンダウンを余儀なくされる。

ここで明らかになったのは、安倍氏には改憲を先導する力があるものの、その主導する改憲に野党は極めて対立的になるという構図だ。実際に、集団的自衛権の行使容認の閣議決定を経た2014年、野党は安倍政権下での如何なる改憲も阻止すると明言する。

そして、改憲勢力が衆参両議院で2/3超となった2016年の選挙を経て、翌年の憲法記念日に、読売新聞のインタビューで安倍氏は満を持して憲法9条の改正を打ち出す。9条の1項、2項をそのままに、3項に自衛隊を明記するという案は、野党時代の2012年の自民党草案よりもおとなしかった。なんせ、草案では戦力の不保持を定めた2項もいじる予定だったのだから。

この改正案はより穏健であるにもかかわらず、野党の理解を得られず、かつ与党の反対にもさらされる。まず、石破茂氏を中心とする憲法改正急進派は、2項に手をつけない生ぬるい改憲案に反対する。さらに、集団的自衛権の行使容認に向けて支持母体である創価学会を、「これをやれば憲法9条をいじらなくてもいいんだ」と説得した公明党も、舌の根の乾かぬうちの改憲に躊躇する。

かくして、7年8か月に及ぶ政権を維持しながら、悲願であった憲法改正の旗を安倍氏は降ろさざるを得なかった。

「戦後レジームからの脱却」を掲げて戦後最年少で首相となった安倍氏は、経済と安保という2つの領域で、ずっと変わらなかった、議論すらされてこなかった日本社会のタブーに切り込んだ。このレガシーは大きい。この国のフレームを決める大変革は、しかしながら、完全には成就せぬまま、私たちの手に委ねられている。

だからこそ、今こそ、その遺したものと進むべき道を真剣に討議すべきじゃないか。

 

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ハイスペ女子は自分で自分が面倒に思うこともある。社会に邪険に扱われ、「なぬ?」と思うこともけっこうある。今日もぶつかる壁や疑問を吐露する社会派エッセイ。

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山口真由

1983年、札幌市生まれ。東京大学法学部卒。財務省、法律事務所勤務を経て、ハーバード大学ロースクールに留学。家族法を学ぶ。2017年にニューヨーク州弁護士登録。帰国後、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程に入学し、2020年に修了。博士(法学)。現在は信州大学特任教授。「超」勉強力』(プレジデント社、共著)いいエリート、わるいエリート(新潮社)、『高学歴エリート女はダメですか』(幻冬舎)、「ふつうの家族」にさようなら』(KADOKAWA)など著書多数。 
山口真由オフィシャルTwitter

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