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ハイスペック女子のため息 season2

2021.06.13 更新 ツイート

強者への批判、弱者への憐憫――大坂罰金問題の行方 山口真由

6月1日、大坂なおみ選手は全仏オープンを棄権すると明らかにした。

これは5月27日に、罰金を支払ってでも全仏オープン中の記者会見には出席しないと、彼女が自身のSNSで表明してから続いた一連のできごとに関して、誰にとっても後味の悪い幕引きとなった。

 

5月30日から始まる全仏オープンを数日先に控えて、大坂選手は「メンタルヘルス」を理由に試合後の会見を拒否すると明らかにした。そこには、選手のフィジカルのみを重視してメンタルを問題視しないという古い体質への批判のニュアンスが確かに含まれていた。しかしながら、彼女の意見は、メディアのみならず、同じくメンタルヘルスの問題に向き合ってきただろうテニス界の先達たちからも非難された。

1 .強者の傲慢への批判

特に、世界最速サーブのギネス記録を持つというオーストラリアのサミュエル・グロス氏の批判は辛辣だった。

「ツアーに参加する全選手に義務づけられていることを、自分だけが簡単に選択できるなんて考えるのは全くのジョークだ」。「彼女の発表は見当違いで、偽善に満ちている」。

さらに、SNSで記者会見を拒否したことについて「世界中でツアーを追う記者とは話したくないのに、顔の見えない何百万人ものフォロワーに向けて画像を投稿することは満足しているのだろうか?」と皮肉り、「彼女のような地位の選手は自分のスポーツを普及させ、その未来を守るためにできることをする責任がある」という。

この「彼女のような地位の選手」に非難の源が凝縮されていると、私は感じる。

(写真:iStock.com/Devita ayu Silvaningtyas)

確かに、大坂選手は稀有な存在だ。圧倒的な身体能力によってランキング2位というテニスの実力は言うまでもない。加えて、アジアでありブラックであるというアイデンティティは世界各国から注目され、スポンサーにもコマーシャルにもひっぱりだこ。折しも、2021年5月25日アメリカのスポーツメディアであるSporticoが発表した「スポーツ選手長者番付」で、大坂選手は年収約60億円で世界第15位に堂々のランクインを果たす。テニス界で彼女の上を行くのは、約92億円のロジャー・フェデラー選手(7位)しかいない。世界ランキング1位を通算320週続けたという歴代1位の記録を持ち、四大大会制覇というグランドスラムの偉業も成し遂げた、文句なしの超一流ノバク・ジョコビッチ選手だって、約37億円(52位)と大坂選手に及ばない。

実際、彼女はテニス界を超えた存在になりつつある。Black Lives Materに深く共鳴して、不当に殺害された黒人の名前を刻んだマスクを、毎試合、披露した。社会的メッセージを打ち出すことを許容していない四大大会も、このときばかりは “Be Open”のかけ声の下、政治性の強いメッセージを許容した。“大坂ルール”と揶揄されたとおり、彼女の抗議活動を念頭に置いての例外的な免除だったかもしれない。

そこで、この“テニス界きってのインフルエンサー”は、今回も、傲慢なお姫様気取りで自分だけの特別扱いを求めたと見る向きが、もしかしたら同業者の間にすらあったのではないか。

2. 弱者の哀願への憐憫

だが、驕慢なスターを許さなかったテニス界は、大坂選手が全仏オープン棄権と同時に長年の “ ディプレッションdepression ”(これを「鬱」と訳すのが正しいのか、「気分の落ち込み」とすべきか、私には判断しかねる)を告白した途端に見事なまでに手のひらを返す。

会見を拒否するならば四大大会から追放する可能性まで示唆した主催者たちが、「コートから離れている間、可能な限りの支援を提供したい」と共同声明を出した。数日の間に180度真逆の共同声明が出ると、あまりの変わり身の早さはもはや笑うしかない。

(写真:iStock.com/nezezon2)

それは日本のメディアも同じだ。フジテレビ系の『めざまし8』では、キャスターを務める谷原章介さんが、前日に「SNSだけではなく会見でも主張してほしい」と呼びかけたことを「辛い立場の方に申し訳ないことを」と謝罪したという。さわやかイクメンとして好感度の高い谷原さんだが、今回は、好感度においては劣るとされる(←すみません)坂上忍さんのほうがかっこいいと、私は思う。彼は、“ディプレッション”を大坂選手が告白した後の番組でもなお、「たぶん、みんな根底に思っているのは、ちょっとこのやり方はさすがに順番が違うよねというのは共通なんじゃないですか」と言ったのだ。偉い! 好感度を気にせずよく言った! いまさら気にしても仕方ないのかもしれないが(←さっきから、すみません)……。

大坂選手を批判する坂上氏の一貫性自体は評価しつつも、私はむしろ逆だ。選手のメンタルヘルスに関する彼女の提言は、当初からきちんと理解されてしかるべきだったように思う。私の理解が足りないのだとは思うが、会見を拒否すると宣言したときと、大会を棄権すると表明したときと、彼女がそんなに異なることを語ったのだろうか。メンタルヘルスとディプレッションの問題というのは、全く別のなにかというよりはおよそ地続きの、そしていずれも絶対に軽視してはならないイシューだ。

発言内容はさほど変わらないのに、世間の評価が180度変わったとすれば、発言内容よりも発言態度が物事の価値を決めることの証左だろう。会見を拒否すると宣言した大坂選手はテニス界の慣習に問題提起をしようとする強者の顔を見せた。一方で、謝罪とともに闘いのリングから撤退しようとする彼女は、「私は内向的で、不安定で、落ち込みやすい人間だから、ねぇお願いこれ以上責めないで」と言わんばかりに弱者の本音を吐露する。そう、ここで世界が手のひらを返す。

そして私は気づかされるのだ。そうか、私たちの社会は、構造的な問題に切り込む強者は受け入れず、その場限りの恩情にすがる弱者にしか、共感の扉を開かないのか、と。

3. ちっぽけな変化は美談だが、大きな改革は反発を食らう

大坂選手は、その強靭な肉体の中に繊細な精神を宿しているのだろう。当初から、その脆さを前面に出せば、ここまでの反発を受けることはなかったはずだ。だが、彼女は決して憐れみを乞おうとはしなかった。おそらく彼女は、弱さを曝け出して自分だけが例外になることを望まなかったのだ。他のアスリートも抱えているだろうメンタルヘルス問題への関心を喚起し、ルール全体の見直しを求めるほうを選ぶ。それが、みんなが期待している“スーパー・インフルエンサー大坂なおみ”の役割だと信じていたのかもしれない。

私たちの社会はいまだに論理ではなく、感情で動いている。だから、改革を提案する強者には強く反発する。そういう社会の中で、自らの願いを押し通そうとすれば、眉を八の字に曲げて懇願するしかない。だがしかし、たとえその願いがかなえられたとしても、ルールの不合理性が理解されたためではなくて、社会が気まぐれに見せる弱者への憐憫ゆえに過ぎない。

大坂選手は「変化は人を不快にする」とツイートした。そこに問題の本質がある。こういう社会はその実態として、ちっぽけな変化を許容することで、大きな改革を拒んでいるのだ。「かわいそうなマイノリティ」を例外的に救って、それを美談に仕立てあげる。そうやって目くらましをして、自己満足をして、マジョリティに有利な原則そのものは温存する。

これは伊是名夏子さんが提起した一連の問題にもよく現れている。エレベータのない無人駅を利用したいという車椅子女性に対し、ずっとできないと答えていた駅員が、実は途中駅で人員を手配して介助してくれた。これは心温まるほっこり話になる。だが、駅員の好意にすがってアドホックに援助してもらったり、もらえなかったりでは他の車椅子ユーザーが救われまいと、その女性が代弁者(外から見れば強者)となってJRに全体の改革を提案すれば、同輩と思っていたその車椅子ユーザーからすら激烈に批判されたりもする。

これはテレビ時代の負の遺産なのだろうか。私たちは、長らく、個人の感動的なストーリーを瞬間的に消費し続け、構造的な問題という、頭でっかちで、視聴率なんてとれなさそうなものに時間をかけて取り組んでは来なかったのだ。だが、ポストテレビのSNS時代、反発はより苛烈になっているようにすら感じる。いつになったら、冷静なフェアネスを以て、小さな変化ではなく大きな改革提言を受け入れられるのだろうか。

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ハイスペ女子は自分で自分が面倒に思うこともある。社会に邪険に扱われ、「なぬ?」と思うこともけっこうある。今日もぶつかる壁や疑問を吐露する社会派エッセイ。

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山口真由

1983年、札幌市生まれ。東京大学法学部卒。財務省、法律事務所勤務を経て、ハーバード大学ロースクールに留学。2017年にニューヨーク州弁護士登録。帰国後、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程に入学し、2020年に修了。博士(法学)。現在は信州大学特任准教授。「超」勉強力』(プレジデント社、共著)いいエリート、わるいエリート(新潮社)、『高学歴エリート女はダメですか』(幻冬舎)など著書多数。最新刊は『「ふつうの家族」にさようなら』(KADOKAWA)。 
山口真由オフィシャルTwitter

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