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本屋の時間

2021.07.01 公開 ツイート

第113回

大きな花の咲くところ 辻山良雄

もう何年も前の話だが、当時勤めていた会社の会議で「先月は『〇〇』という本が△冊売れました」と報告したところ、「売れたんじゃない、売ったと言え」と、思ってもいない方向からひどく怒られたことがあった。いま考えても随分と理不尽な話だが、その上司は、本を並べて終わりではなく、もっと意志を持った仕事をしろということが言いたかったのだと思う。

 

それって言葉だけの問題ですよねと、いまなら反論するかもしれない。「売る」と「売れる」は、それほど単純な話ではなく、一冊の本が売れていくあいだには、店員とお客さんとの「共通意志」のようなものがある。その本を実際に買うのはお客さんだが、目につくように並べるのは店員の仕事なのだ。

しかし、それまでは互いの共通意志から売れていた本が、ある瞬間を境に、こちらの想像を超えて勝手に売れていくこともあって、そうした時には本を売るといった、この仕事の醍醐味を感じる。

 

先日まで店のギャラリーでは、堀川理万子さんの絵本『海のアトリエ』の刊行を記念した原画展を行っていた。この展示は最初、わたしの希望によりはじまった。ある日、旧知の編集者である広松健児さんから届いた封書を開けると、中からは爽やかな水色の、モダンでどこかなつかしさを感じさせる絵本が現れた。

『海のアトリエ』は、女の子が母親の友人である「絵描きさん」の家で過ごした、ある夏の一週間を描いた物語だ。その絵描きさんは堀川さんが昔出会った画家がモデルになっており、その人は彼女がはじめて出会った、「子どもを“子どもあつかいしない”おとな」だったという。

ページをめくりながら驚いたことがあって、広松さんには本のお礼とともにその感想をメールで伝えた。

「女の子と絵描きさんとの関係が、『パパ・ユーア クレイジー』みたいですてきでした」

わたしはむかしから、ウイリアム・サローヤンが書いたその小説を愛読していた。「パパ……」は小説家である父と息子との話だが、本文の随所に見られるような、子どもを一人の個人として尊重する態度が、西洋社会の先進性を感じさせ、とてもあこがれた。「驚いた」というのは、日本の絵本で、そうした〈個〉の話を読むことができると思わなかったからだ。

広松さんからはすぐに返事がきた。「……なんとサローヤンのその本は、堀川さんの生涯ベスト1とも言える本で、今まで何冊も買って人にプレゼントしているそうです。『パパ・ユーア クレイジー』は、物語の舞台や人物設定にも影響がありました」。

何の気なしに書いた感想が、思わぬ鉱脈に当たってしまったようだ。原画展の話が決まるまで、それから時間はかからなかった。

『海のアトリエ』はそんなに派手な本ではなく、原画展はわたしの少し力んだ意志からはじまった。しかし日を追うごとに人が増えていき、最後にはこちらで何も言わなくとも、勝手に本が売れていった。それはこの店を知っている編集者から送られた本であったこと、そしてその作者とわたしが同じ本を好きだったことという二つの「理解」が元々あり、それが醸し出す空気が、来る人を次第に巻き込んでいったのだと思っている。

展示やイベント、本の取り扱いにいたるまで、毎日ほんとうに、様々な話をいただく。しかしそれが現実となり結果となって表れるのは、大抵がこの店をよく知る人との仕事である。そう書くと一見さんお断りのような、何か閉じた印象も与えてしまうのだが、それは閉じているというよりは、同じ一つの流れにいるということなのだ。

まったく、理解のあるところにしか、大きな花は咲かないのである。

 

今回のおすすめ本

『菌の声を聴け』渡邉格・麻里子 ミシマ社

野生の菌だけで人間が食べるものを作り、地域へと戻っていく経済をつくる。鳥取の山でタルマーリーが行っていることは、消費に絡めとられた現代人の希望である。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。
 

○2024年2月8日(木)~ 2024年2月25日(日)Title2階ギャラリー

 齋藤陽道「生きる」
 齋藤陽道自選写真展

いま文筆に、映像に、イラストに、ますます活動の幅を広げている齋藤陽道さん。彼の表現の原点ともいえる「写真」には、家族、働くろう者、小さな虫など何を撮ったものでも、「生きよう」という強いメッセージが根底に流れているように見えます。このたびの展示では、過去の膨大な作品の中から、「生きる」をテーマに、齋藤さんが自選した作品を、自身の文章を添えてお目にかけます。

○2024年3月3日(日)Title 1階特設スペース

 地図と日記の歩き方 100年前のパノラマ地図をたどる
 井上 迅(扉野良人)× 荻原魚雷 トークイベント

昨年10月、11月と相次いで刊行された『100年前の鳥瞰図で見る 東海道パノラマ遊歩』(荻原魚雷著・パノラマ地図研究会編/大和書房)と、『ためさるる日 井上正子日記 1918-1922』(井上迅編/法藏館)。ともに100年前の日本(前者は東海道、後者は京都)へと誘うヴィジュアルガイドであり歴史資料ですが、もうひとつ清水吉康が描くところのパノラマ図を用いて、100年前の時間と空間をよりバーチャルに追体験しようという知的好奇心が働いています。100年前の地図と日記をたよりに、東海道をたどって京都の町中へ至るひと時の時間旅行は如何でしょうか。


黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編  / お買いもの編


【書評】
『自由の丘に、小屋をつくる』川内有緒著(新潮社)
ーーDIYで育む 生き抜く力[評]辻山良雄

東京新聞

◯【対談】
辻山良雄 × 大平一枝  「それがないと自分が育たない、と思う時間」
(大平一枝の『日々は言葉にできないことばかり』vol.6/北欧、暮らしの道具店)

 

【お知らせ】
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>好評連載中!!】

スタジオジブリの小冊子『熱風』2024年2月号

『熱風』(毎月10日頃発売)にてスタートした「日本の「地の塩」をめぐる旅」が好評連載中。(連載は不定期。大体毎月、たまにひと月あいだが空きます)。Title店主・辻山が日本各地の本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方をインタビューする旅の記録。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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