(撮影:平野愛)
ある日の夕方遅く、作家の友田とんさんが店にやってきた。友田さんは「Titleのフレンチトーストを食べられない男」として一部では知られており、その顛末は彼の書いた『パリのガイドブックで東京の町を闊歩する 1まだ歩きださない』という本で知ることができる。
彼は「代わりに読む人」という自らの出版レーベルを立ち上げているが、この夏、そのレーベルからはじめて、自分ではない他の人の本を出すのだという。
「わかしょ文庫さんといって、文章がほんとうによくって、インディーズでは昔から有名なんです。いま原価計算しながらどんな装丁にしようか考えていますが、こういうのって考え出すとほんとうに楽しくって……」
いま「ほんとうに」を二回いったと思いながらも、彼のある一言が引っ掛かった。「自分の本を作るときより楽しいです」。自分の本を作るよりも楽しいだって?
わたしの知る友田さんは、出版から流通に至るまで、まずは自分で何でもやってきた人である。そんな彼が他人のために行うことが楽しいとは、意外なことのように思えた。
君子は豹変す。
男子三日会わざれば刮目して見よ。
ほぉー、友田さんがそんなことをいうなんてねぇとその時は彼を見直したが、その後カフェで「今日のケーキはすべて終わってしまいました」といわれているところなどは、いつもの友田とんだと思った(その日は試作品を食べてもらった)。
しかし「自分の本を作るときより楽しい」ということは、わかるような気がする。京都にある誠光社は、書店業の傍ら、自ら作った出版物も数多く手掛けている。その最新刊『恥ずかしい料理』(梶谷いこ・文 平野愛・写真)では、全国のインディペンデントな書店にて展示も行っていたが、各地の会場には、バンドメンバーさながらトランクを引きずり歩く、誠光社の店主・堀部篤史さんの姿があった。みなと歩く堀部さんの写真に思いがけずじんとしてしまったが、それを見て、ああ、堀部さんはほんとうに編集者になったんだなと思った。
考えてみれば本を出版する行為自体、「誰か他の人のこと」からはじまるものだ。他の人のことだから、
それぞれの本には、それを作った人の思いがある。普段それを意識することはあまりないが、不意にそのことを思い知らされるときもあって、先日、何の気なしに棚に並べておいた本の関係者から、深々とお礼を伝えられたことがあった。
「これ、ぼくの友人が書いた本なんです。よろこぶと思うので、並んでいるところを写真に撮って、彼に送ってあげてもいいですか」
どうぞ。その著者の名前は知らなかったが、テーマとタイトルが面白そうだったので、一冊注文して棚に差しておいた本だ。
数日後、店の問い合わせフォームにその著者からメッセージが届いた。
「店に拙著を並べていただきありがとうございました。書店に自分の本が並んでいるのを見かけることもなかったので、写真を見て感激しました。本を出すのは秤にかけられるような気がしてつらくもありますが、また頑張りたいと思います」
誰かの本を売ることは、わたしにとっては商売であり、人助けではない。しかし時にはそれが思いもかけず、誰かのためになっていることもあって、そうした意図せず行われた「他人のこと」が、内向きになりがちな自分を救ってくれる時もあるのだ。
今回のおすすめ本
『海のアトリエ』堀川理万子 偕成社
生きる励ましとなった夏の日の思い出が、爽やかな絵と硬質な文で綴られる絵本。大人と子どものつかず離れずな距離感が、とても気持ちがよい。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
○2024年9月20日(金)~ 2024年9月30日(月)Title2階ギャラリー
「なぜ自分の家族の作品を作るのか?」写真家木村肇の写真とインタビューで、作品制作の背景をたどった書籍「嘘の家族」の刊行を記念して、写真展を開催します。早くに亡くなった両親の存在を隠し続けてきた作家が、実家の部屋をギャラリースペースに再現し、嘘か本当か、曖昧な家族の記憶を行き来するような作品を展示します。
◯【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
◯【書評】NEW!!
『決断 そごう・西武61年目のストライキ』寺岡泰博(講談社)ーー「百貨店人」としての誇り[評]辻山良雄
(東京新聞 2024.8.18 掲載)
『うたたねの地図 百年の夏休み』岡野大嗣(実業之日本社)ーー〈そのもの〉として描かれた景色が、普遍の時間へと回帰していく瞬間 [評]辻山良雄
(Webジェイ・ノベル 掲載)
◯【お知らせ】
我に返る /〈わたし〉になるための読書(2)
「MySCUE(マイスキュー)」
シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第2回が更新されました。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。
毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
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本屋の時間
東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。