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本屋の時間

2021.02.15 更新 ツイート

第104回

こころの生存権 辻山良雄

もう一週間以上この国のトップニュースは、森喜朗東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の女性蔑視発言と、それに続く引責問題であった。森氏の発言や会見での不遜な態度、何もなかったかのように幕引きを図ろうとしたこの国のエリートたちのことを考えると暗澹たる気持ちになる一方、いま現在そのような社会しか作れておらず、無意識にそれに加担してしまっているかもしれない自分に対しての不甲斐なさも残る。

 

「いったい彼らは、このことについてどう思っているのだろうか」

そうしたニュースを目にするたび、わたしは店にくる若い人たちのことを思い出す。彼らはあまり語ることはないが、自分たちを取り巻く環境に何が起こっているか、それに対し周りの大人たちがどのような態度を取っているか、よく見て、感じていると思うからだ。

以前、彼らの中には店内で騒いだり、大っぴらに写真を撮ったりと、周りのことが目に入っていないのではないかと思わせる人もいた(もちろんそれは「大人」と呼ばれる人の中にもいて、決して年齢で括れるものではない)。しかし気持ちが完全に晴れることのなくなったいま、そうした重苦しさは何も持たない若者に、より深刻な影響を与えているように見える。

大学の授業がリモートになり同級生と会っていない(会ったことがない)。仕事がないからアルバイトは来なくていいといわれた。不景気で家の空気も変わってしまった……。

久しぶりに会った友人や恋人同士が押し黙り、どこか憂愁を含んだ時間を過ごしているのを、最近ではよく目にするようになった。

彼らの胸を押しつぶしているのは決して「天災」だけではないだろう。その無力感をさらに押し広げているのは身勝手な大人たち。本来大人は、堂々と申し開きのできる仕事をして、保身や損得がすべてではないということを、若い人に見せなければならない。みながそう思ってこの社会の当事者になれば、少しは希望の持てる世のなかに変わっていける気もするが、それは楽観的にすぎるのだろうか。

先日、旧知の編集者であるMさんが久しぶりに店に来てくれた。彼が結婚したのは知っていたが、その妻となった女性も、また以前から別のところで知り合っていた人であり、その二人が突然揃って現れたものだから驚いてしまった。聞けばこうしたコロナ禍の状況で、まだセレモニーのようなことは何も行っていないという。

まあ、それはいつでもできるからね。

わたしは二人にそういった。軽く口をついてでてきたような言葉であったが、あとから考えれば本心に近かった。

生きていることが所与の事実ではなくなったいま、生きてさえいればいつでも改まったことはできる。お上はそのつど変わるかもしれないが、日々を健やかに、したたかに生き延びることが庶民の生きる知恵だ。そう、彼らに、こころの生存権まで引き渡さないためにも。

仲睦まじく展示を見ている二人の背中を見て、死んではならないと思った。どんなに息が詰まりそうな時代であっても、生きてさえいれば……。

 

今回のおすすめ本

『ぼく自身のノオト』ヒュー・プレイザー きたやまおさむ訳 創元社

思う存分自問自答し、考えることは、若い人に与えられた特権である。まったく「無名」の著者による、個人の日記の抜粋。

 

◯Titleからのお知らせ
連載「本屋の時間」が単行本に。反響多々!! ありがとうございます。

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』が6月30日、幻冬舎から発売になりました。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。全国の書店にてお求めください。ご予約はTitle WEBSHOPでも。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』(2021年6月刊行)のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

 

◯2021年11月12日(金)~ 2021年11月30日(火)Title2階ギャラリー

 高瀬尚也展
「AUTHORS -ぼくの好きな子どもの本と作家たち」

 色鉛筆で児童文学の作家を描く、高瀬尚也さんの展示です。エーリヒ・ケストナー、アーシュラ・K. ル=グウィン、ミヒャエル・エンデ、アストリッド・リンドグレーン、アーノルド・ローベル、トーベ・ヤンソン、マーガレット・ワイズ・ブラウン、モーリス・センダック、ヴァージニア・リー・バートン、石井 桃子、林 明子……。「ぼくらと同じようにかつて子どもだった、すばらしい作家たちの横顔に光を当てて、彼らが残した宝物のように輝くすべての本に、尊敬と感謝の気持ちを捧げたいと思います」(高瀬尚也)


◯北欧、暮らしの道具店【本屋の本棚から】※後編 新規更新
テーマ「夜の時間」辻山良雄 選


朝日新聞「折々のことば」2021.9.30掲載
「声が大きな人をそんなに気にすることはない」
『小さな声、光る棚』辻山良雄著より


◯【書評】
『店長がバカすぎて』早見和真(ハルキ文庫)
本が好き でも書店の仕事は
朝日新聞「売れてる本」2021.10.9掲載

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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