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本屋の時間

2021.03.01 更新 ツイート

第105回

自分に合った服 辻山良雄

撮影:平野愛

世のなかはこんなにも服であふれ返っているというのに、どうして自分にしっくりとくる服はどこにもないのだろう。わたしは以前より、そう思っていた。それは「悩み」と呼ぶにはまだ形がはっきりしておらず、したがってその思いは深く考えられないままいまにいたっているのだが、最近『服のはなし 着たり、縫ったり、考えたり』(行司千絵著、岩波書店)という本を読み、自分が知らない間に、いかにこのことに関して心削られていたのか、思い知らされた。

 

仕事に行き詰まり、落ち込んでいた当時の行司さんは、服を自分でつくろうと思い立った。手芸店に限らず様々な場所で目についた、「かわいいな」と思う生地を買いもとめ、自分がほしいと思う服に近づけていく……。

本には、行司さんが自分やお母さんのためにつくった服の写真も数多く掲載されているが、いずれも自由な風が吹いている、着ると身が軽くなりそうな服で、見ているだけで顔がほころんでしまった。

 

会社に勤めていたころはスーツを着ていたが、結局スーツとは仲良くなれぬまま終わった気がする。何を着ても「これじゃない」という感じがどこかに残り、それに抗うように上着を脱いでずっと紫や薄いグレーのカーディガンを着ていたので、部下からは「カーディガン店長」と呼ばれていた。

当時は服を買うのも苦手だった。店頭でさんざんまよった挙句、あとから考えればそんなに好みでもなかった服を買って帰ったときの、あの情けなく後悔する気持ちといったらない。

ここ数年はもうバーゲンにいくこともなくなり、神戸の実家近くにBshopの本店があるので、服はほとんど帰省した際、ここでまとめて買うようにしている(この店では他の支店で見かけないような面白い服が多く、それが自然と目に飛び込んでくる)。昨年はほとんど服を買う気も起きなかったが、晩秋、ようやく実家に帰ることができたので、この店に立ち寄りタガが外れたように大量の服を買って、東京の家まで送ってもらった。ずっと家と店にしかいない生活で、何か自分の中で抑えていたものがあったのかもしれない。

服も料理も、身近な人の手でつくられたものには、何か魔法がかかっているのだろう。昔は祖母が編んでくれたセーターよりも、買ってきた既製服のほうが洗練されて見えたが、最近店頭でいいなと思う人の服は、大抵どこかにその人オリジナルの工夫がほどこされている。そしてそうした服を着た人は、その人自身に見えて、まったく無理を感じさせない。

店頭ではたまに、「わたしに本を選んでください」という求めもあるが、そうした問い合わせも、自分に似合う本がわからないという似た気持ちの現れなのだろう。そうした時のお客さんは大抵不安そうで、途方に暮れた表情をしている。わたしも服を選んでいる時、こんな顔をしていたのかもしれない。

店を開き、スーツを着ることもなくなって、いまでは服に関して思いわずらうことがほとんどなくなった。手を動かし店に並べた本は、大体が自分の延長でもあるから、そこにいるだけで気がおさまってくるということもあるのだろう。

 

今回のおすすめ本

『しゃにむに写真家』吉田亮人 亜紀書房

吉田さんは充実した教員生活を送っていたが、ある日奥さんの一言から、思ってもいなかった写真家への道が開かれていった。
このようにして、人生はつづく。流れに逆らわず、しかしただ流されるだけでもない、しなやかな生き方に共感する一冊。

 

◯Titleからのお知らせ
連載「本屋の時間」が本になりました!

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』が6月30日、幻冬舎から発売になりました。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。全国の書店にてお求めください。ご予約はTitle WEBSHOPでも。

 

◯2021年7月2日(金)ー 2021年7月19日(月) Title2階ギャラリー

『山口昌男・本の迷宮 | The Labyrinth of Books』 出版記念展
書棚の彼方の祝祭のくにへ

 2006年の蔵書整理の記録を収めた写真とともに、山口昌男の著作テクストを一部引用し、既存の領域を飛び越えて展開する、氏の思想のミクロコスモスを一冊の本として体現しようという本書の出版記念展。

◯2021年7月22日(木)~ 2021年8月16日(月) Title2階ギャラリー

 齋藤陽道との三日間 写真家が撮った街と店
『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』刊行記念

本書のため齋藤陽道さんが撮影してくれた510枚の写真。店と荻窪の、とある三日間を捉えた貴重なドキュメント。その写真をすべてプリントし、時系列に壁一面に貼ってご覧いただく企画展です。

 

◯【書評】
『小島』小山田浩子(新潮社)
日常の豊かさ 身近な<自然>描く
北海道新聞2021.6.20掲載

◯じんぶん堂 「好書好日」インタビュー
「本屋、はじめました」から5年 全国の本好きとつながる街の新刊書店ができるまで:Title

◯金子書房note 寄稿
あなたの友だち(辻山良雄:書店「Title」店主) #私が安心した言葉



◯『本屋、はじめました』増補版がちくま文庫から発売、たちまち重版!!

文庫版のための一章「その後のTitle」(「五年目のTitle」「売上と利益のこと」「Titleがある街」「本屋ブーム(?)に思うこと」「ひとりのbooksellerとして」「後悔してますか?」などなど)を書きおろしました。解説は若松英輔さん。
 

 

◯辻山良雄・文/nakaban・絵『ことばの生まれる景色』ナナロク社

店主・辻山が選んだ古典名作から現代作品まで40冊の紹介文と、画家nakaban氏が本の魂をすくいとって描いた絵が同時に楽しめる新しいブックガイド。贅沢なオールカラー。

 

 ◯辻山良雄『365日のほん』河出書房新社

春、夏、秋、冬……日々に1冊の本を。書店「Title」の店主が紹介する、暮らしを彩るこれからのスタンダードな本365冊。

 

 ◯辻山良雄『本屋、はじめました―新刊書店Title開業の記録』苦楽堂 ※5刷、ロングセラー!! 単行本

「自分の店」をはじめるときに、大切なことはなんだろう?物件探し、店舗デザイン、カフェのメニュー、イベント、ウェブ、そして「棚づくり」の実際。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂)、『365日のほん』(河出書房新社)がある。

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