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日本野球よ、それは間違っている!

2020.11.14 更新 ツイート

内川、福留、鳥谷らは引退して海外で学べ 広岡達朗

コロナ禍で異例ずくめのプロ野球も大詰めを迎えた。パ・リーグのみ11月14日からCS(クライマックスシリーズ)が、21日からはセ・リーグ連覇の巨人とパ・リーグ覇者による日本シリーズが始まる。

プロ野球の日本一が決まるもっとも華やかな季節に舞台裏で吹き荒れているのが、戦力外選手への通告である。

10日の巨人戦で引退試合を行った阪神の藤川球児投手のように、自らの限界を悟った選手も少なくない。だが痛ましいのは球団から戦力外通告を受けながら、なお現役続行をめざす選手たちだ。

 

王貞治の引き際を見習え

藤川が甲子園球場で引退試合のマウンドに立った阪神では、かつての主砲・福留孝介(43)や阪神一筋で16年間投げ抜いた左腕・能見篤史(41)、私の母校・早稲田大学で主将を務めた内野手の上本博紀(34)も他球団からのオファーを待つ。

パ・リーグでも、昨年までソフトバンクのチームリーダーとして活躍した内野手・内川聖一(38)がバットに未練を残している。

野球に限らず、スポーツ選手にとって引退ほどつらいことはない。そして引き際にもいろいろある。私は長い野球人生で多くの名選手を見てきたが、一番みごとな引退は巨人のチームメイトだった王貞治だった。

868本のホームラン世界記録(当時)を持つ王は40歳で引退した。バットを置いたきっかけは「それまでなんとも思わなかった130キロにも満たない速球が速く見え始めたから」だったという。打者にとって「この一球」が打てなくなったときが自分の限界を自覚し、引退を決断するときなのだ。

歳とともに衰えるのが自然の法則

私も34歳で引退したので選手の気持ちはよくわかる。かつて私もそうだったように、福留や能見や内川が「まだ現役でやれる。やりたい」と思うのは結構だが、経験と実績に自信はあっても、自分でも知らないうちに体は衰えているから戦力外になるのだ。

たとえば内川も、横浜~ソフトバンクを通じて20年間の実績はすばらしかった。通算打率は.303で196本塁打。一塁手としてはパ・リーグ初の守備率10割を達成し、昨年プロ19年目でつかんだ初のゴールデングラブ賞は史上もっとも遅い記録だ。
なかでも日本シリーズなどの大試合に強く、孫正義オーナーが何度も内川に抱きついた。

それでも選手は歳とともに衰える。昨シーズンはゴールデングラブ賞でチームの守りに貢献したが、打率は.256。2016年を最後に3割はなく、今季は一軍の公式戦に出場していない。

阪神の看板・福留も2016年を最後に打率3割に縁がない。昨季は打率.256、本塁打10だったが、今シーズンは出場機会も減って43試合、打率.154、本塁打1に終わった。

プロ野球選手がいつまでも現役を続けたいと思うのは悪いことではない。だが人間は、頭は経験と知識で進化しても、体は自然の法則で衰える。実績がある名選手でも、歳とともに記録が落ちて戦力外になるのは当然のことなのだ。ところが本人はこれを認めようとしない。

いくら過去の実績があっても、35歳を過ぎた選手を他球団が獲得するはずがないのだ。

阪神といえば、昨年オフに退団した鳥谷敬内野手が、現役続行を希望して今年3月にロッテに入団した。ロッテがなぜ当時38歳の鳥谷を獲ったのか理解できないが、鳥谷は新天地でも代打中心で42試合しか出場できず、36打数5安打、打率.139だった。

阪神のショートを16年間守った鳥谷は、昨年まで5年契約で年俸総額は20億円だった。これだけの高額長期契約を満了後、なぜみじめなベンチ生活を選んだのか不思議でならない。

海外視察は自費の独り旅がいい

日本野球機構のデータによると、昨年限りでの戦力外や現役引退選手は127人。このうち他球団に支配下選手や育成契約で移籍したのは28人だったという。

つまり戦力外通告を受けた選手で他球団に移籍できたのはごくわずかだが、私は35歳以上で戦力外通告を受けた選手には他球団で苦労するより、将来コーチや監督になるためにアメリカ大リーグを中心とする海外視察で見聞を広めることをすすめたい。

私も1966(昭和41)年に引退したとき、4か月にわたって大リーグのキャンプや公式戦を自費で視察し、その後も中南米からヨーロッパまで足を延ばして各国の社会や国民の生活を見て回った。当時は1ドル360円の固定相場時代だったが、出発前には高田馬場の英語教室に通ってアメリカ人の留学生講師から日常生活の基礎会話を学んだ。

渡米後はレンタカーで各地の球場を回ったが、当時の苦労や失敗は、その後のコーチ・監督生活に大変役に立った。通訳つきの大名旅行では見聞が身につかないからだ。

今年、戦力外通告を受けたり引退した選手たちも、第二の人生を指導者として送るなら、ぜひ自費の独り旅でアメリカ野球や各国の様子を見て視野を広げたほうがいい。

関連書籍

広岡達朗『プロ野球激闘史』

巨人現役時代のライバル、西武・ヤクルト監督時代の教え子から、次世代のスター候補まで、27人を語り尽くす! サインを覚えなかった天才・長嶋。川上監督・森との確執。天敵・江夏の弱点とは? 球界きっての理論派が語る、秘話満載の広岡版・日本プロ野球史。

広岡達朗『言わなきゃいけないプロ野球の大問題 巨人はなぜ勝てなくなったのか?』

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広岡達朗『日本野球よ、それは間違っている!』

「清宮は即戦力にならない」「大谷の二刀流はメジャーで通用しない」「イチローは引退して指導者になれ!」――セ・パ両リーグ日本一の名将が大胆予言! 球界大改革のすすめ

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広岡達朗

1932年、広島県呉市生まれ。早稲田大学教育学部卒業。学生野球全盛時代に早大の名ショートとして活躍。54年、巨人に入団。1年目から正遊撃手を務め、打率.314で新人王とベストナインに輝いた。引退後は評論家活動を経て、広島とヤクルトでコーチを務めた。監督としてヤクルトと西武で日本シリーズに優勝し、セ・パ両リーグで日本一を達成。指導者としての手腕が高く評価された。92年、野球殿堂入り。『動じない。』(王貞治氏・藤平信一氏との共著)、『巨人への遺言』『中村天風 悲運に心悩ますな』『日本野球よ、それは間違っている!』『言わなきゃいけないプロ野球の大問題』(すべて幻冬舎)など著書多数。新刊『プロ野球激闘史』(幻冬舎)が好評発売中。

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