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オオカミ少女に気をつけろ! ~欲望と世論とフェイクニュース

2019.04.29 更新

インスタの魔力は蜜の味〔後編〕

私が認めない私は私ではない症候群泉美木蘭

インスタの魔力は蜜の味〔前編〕から読む

 

2012年頃だったと思う。身のまわりにインスタグラムの利用者が増えると共に、フェイスブックに登録する人も増えてゆき、それぞれ日常的に写真を撮っては投稿するようになっていった。当時私の働いていたバーに飲みに来てくれたお客さんや友達とは、「こんなに楽しく営業中!」という宣伝をするために、とにかくよくインスタグラムで記念写真を撮っては投稿していた。

なかには、断りなく突然撮った写真を勝手にSNSに載せてしまう人もいた。たいてい、そういう写真に写っている私はあまりにも「自然」で、見ていると嫌な気分になるものだった。自然な姿がなぜ嫌な気分になるかって? 私には「キメ顔」があったからだ。

いまも大して変わらないが、その頃の私は、特にアイメイクに必死になっていた。目尻のハネの角度を理想に近づけるために血まなこになり、まつ毛の一本一本を毛先まで慎重にカールさせ、だけども「ナチュラルメイク」であることに励み、わざとらしくない色のリップを塗って、鏡の前で顔の上下と両サイドをチェック。「自然なキメ顔」を作っては、「よし、これならいい感じだわ」と、ひとりひっそり思ってから外出していた。

猛チェック済みの「自然なキメ顔」という、まったく自然でないものが自分の顔の基準になっていたから、無意識のうちに自然な姿を他人に撮られると、それがまぎれもない現実で、むしろ自分以外の他人にはそっちのほうが見慣れられている顔なのに、容易に受け入れることができず、「なんでこんな顔載せるの……」と気分を害してしまうのだ。ああ、女の哀しさよ。もともと自分の顔なんて、鏡で反転したものしか見られないのに! 

そしてこの「猛チェックした自分のキメ顔」へのこだわりが、「自撮りインスタ」という魔の手を引き寄せた。

 

インスタ自撮り地獄のはじまり

なんでこんな間抜けな顔をしているんだ。手元のスマホでなんとなく自分の顔を写してみると、あまりに油断した顔つきに目をそむけたくなる。鼻が低くて全体にメリハリもないし、レンズに近すぎて顔が膨張して写っており、しかも解像度が高すぎるために肌の小じわまでもがバッチリ写ってしまっている。うーむ、これは決して人に見せてはならぬ。メリハリをつけるために、ためしに陰影が深くなるフィルターをかけてみると、今度は目の下の隈が強調されて深くなり、見られたものではなくなってしまった。

ともかくこれが現実で、一日の大半はこの顔で油断しているのだが……「こんなの私じゃないっ!」

これはいかん。まずは顔に照明をあびせて小じわ等の現実は光の反射で飛ばす。そして顔に角度をつけねば。押し出すべきは目だ、目。必死でメイクしている目だ。黒目が大きいほうがかわいいはず! 頭上にスマホを構え、あごを引いて、遠近法で目が大きく撮れる角度を探って――いい年こいて露骨な上目遣いもヤラシイな。ヤラシくない範囲に調整して、ちょっと顔を横に傾けて、いろんな輪郭を出しながら、パシャッ、パシャッ、パシャッ。とにかくがんばってメイクしたこの目を中心にパシャパシャパシャ! 

 

 

目、それも黒目を大きく見せようと、必死でむき出した結果、ちょっとした岡本太郎状態に。

……いかん。力を入れて目を見開きすぎた。目を押し出したいばかりに、自分の目しか目に入らず、大きく見せるどころか眼球そのものを剥き出しすぎてしまった。そもそもカメラ目線ってのもあざとい気がしてきたし、少し視線をそらせてみるか。うーん、横目はダメだ。エロティックな流し目なら使えるが、私の横目は「しめしめ」って感じで、打算と企みがミエミエすぎる。伏し目がちのショットは悪くないが、ここまで自分の顔に自分で迫っておきながら、いまさら恥じらいの伏し目ってのも不自然だ――。

てな感じで、他人から見ればまったくどうでもいいことに必死になりながら、「自然なキメ顔」を追及しつづけた結果、ようやく納得の自撮り写真が完成した。これをインスタのフィルターにかけて全体を明るくすると、うまい具合に小じわや目の下の隈も消えて、ほんのり柔らかい印象にもなり、自己満足に浸れるインスタができた。

 

他人が撮ったような風景的な横顔写真を追求しはじめる

左・使用前、右・使用後。肌の色と肌荒れを白く飛ばすフィルターをかけ、黒目が強調されるように色味を調整、目元以外は、ぼかし加工を入れてみた。

さあ、私のこのキメ顔を見て! これが自然な私なの! というわけで、珠玉の一枚をインスタグラムとフェイスブックに投稿して悦に入っていたが、さらなるあくなき追求の結果、最終的には「誰かが撮ったようなさりげない風景的な横顔写真」が一番なのではないかという結論に達した。

だったら最初から他人に撮ってもらったものを使えって! と自分で自分にフルスイングでツッコミを入れたいが、自撮り地獄のなかですっかり「私の理想」ができてしまった私は、今度は、「あくまでも自分が気に入った角度・表情の横顔」を、「さも誰かが撮ったかのような角度から自撮り」することに必死になった。

他人が撮ったような雰囲気を出すには、ある程度の距離がなくてはいけないから、腕を必死で伸ばす。さらに、「さりげない風景」でなければいけないから、レンズは見ない。でも、画面のなかに良い角度で自分の横顔を納めなければいけない。そして、相当無理な姿勢で自撮りしているという事実を悟らせないように、表情はやわらかく、なんなら誰かと談笑しているような雰囲気すら醸し出しておかなければならない。写っている範囲を確認して、そおっと横を向く。横を向いたままスマホのシャッターボタンを押すだけでも一苦労なのに、まともな一枚が撮れるまで、相当な困難を要した。

 

スマホを見ずにして、よい角度で自然な笑顔を撮ろうと必死で連写する私
やればできる! 自分で撮った横顔……をインスタのフィルターにかけて全体を白く飛ばし、ぼかしを入れた一枚。再現写真なのに恥ずかしい。

この当時はまだ中国人観光客の自撮り棒もフィーチャーされていなかったが、もしあれば、ひっそり購入していただろう。すごく大変だったが、満足もしていた。

 

まさかの勘違いが……

自室での横顔自撮りに慣れると、働いていたバーでも「他人が撮ったような自撮り」をして宣伝営業に使うようになった。グラスを持って、明後日の方向を向いて自撮り。誰かに見られたら恥ずかしすぎて悶絶死しそうな姿だが、とにかく撮っていた。ところがある日、以前知人の紹介で知り合って、インスタをフォローしあっていた男性からこんなことを言われた。

「木蘭さんって、いつもいつも高級そうなバーで飲んで、ずいぶん楽しそうにしてて、羽振りが良くていいよねえ。僕みたいな貧乏人は、とてもじゃないけどそんな店には行けないし、バカにされそうだよねえ」

あきらかな嫌味だった。働いていたバーは一杯500円で、私の実入りは昼間のコンビニのバイトぐらいしかなかったが、インスタでは高級感を出したり、良いところしか見せないようにしていたので、勘違いされてしまったらしい。たまたま人がたくさん集まった時は盛り上がった風に撮っていたから「パリピ」にも見えたのだろう。自撮りも過剰な自意識が伝わってかなりウザかったんだと思う。この原稿も、さっきから必死で自撮り写真を再現して掲載しているが、すごく不安だ。大丈夫か私。これは再現のためにやっているんだ。

大きな勘違いをされていたが、私も自分のインスタでの自撮り宣伝を恥ずかしく感じたので、なにも言い返さなかった。この男性は、不況のあおりで早期退職して、大幅に収入が減ったのだと知人伝いに聞いた。

 

この一件がひとつのきっかけになって、自撮りしたり、自分が楽しい思いをしていることをあからさまにインスタやフェイスブックに投稿することはやめてしまった。自分のしていることに辟易したのもあるし、他人の「見て見て写真」を眺めていると、本人が見てもらおうとしていること以上に、その人の自意識や願望が見えてしまい、自分と重ね合わせていたたまれない気持ちになったのだ。第一、こんなにあくなき探究心を発揮できるなら、もっと生産性のあることにその矛先を向けたい。

とはいえ、いまだに気に入った自撮りをハードディスクに保存してあったというのが、私の危ういところかも、しれないけれど……。

2012年頃の横顔自撮りインスタ(本物)。すっごい苦労して左手を伸ばし、顔の角度を調整して撮った。

 

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オオカミ少女に気をつけろ! ~欲望と世論とフェイクニュース

嘘、デマ、フェイク、陰謀論、巧妙なステマに情報規制……。混乱と不自由さが増すネット界に、泉美木蘭がバンザイ突撃。右往左往しながら“ほんとうらしきもの”を探す真っ向ルポ。

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泉美木蘭

昭和52年三重県生まれ、作家、ライター。日々、愛しさと切なさと後ろめたさに苛まれている不道徳者。社交的と思わせて人見知り。日頃はシャッターをおろして新聞受けから世間を覗いている。趣味は合気道、ラテンDJ、三浦大知。

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