1. Home
  2. 社会・教養
  3. オオカミ少女に気をつけろ! ~欲望と世論とフェイクニュース
  4. インスタの魔力は蜜の味〔前編〕

オオカミ少女に気をつけろ! ~欲望と世論とフェイクニュース

2019.04.13 更新

インスタの魔力は蜜の味〔前編〕泉美木蘭

私のインスタグラム顛末記

インスタグラムをはじめたのは、2010年の冬頃のこと。もともと私は写真が好きで工房で自作の針穴写真機を作ったり、トイカメラを抱えて写真を撮りに出かけたりする趣味があり、iPhoneにもカメラアプリをいくつか入れていた。その中で、インスタグラムのアイコンが一番気に入ったので愛用することになった。現在のアイコンはすっかり記号化されているが、初代はポラロイドカメラ風のデザインでかわいらしかったのだ。

インスタグラム初代アイコン。アップデートで変貌してしまった時は悲しかった。

あんなに手間のかかるカメラが好きだったのに

インスタグラムは、手軽にいろんな効果を出すフィルターを使って遊ぶことができるので、あっさりハマった。なにより高額なフィルム代や現像代がかからないのは、大きな理由だった。そもそもわざわざフィルムを使う手間をとってでも味わいを求めたり、予測不能な写真が撮れる楽しさが良くてトイカメラで遊んでいたのに、インスタグラムはなんだかその場で超簡単に「それっぽい」画像が何種類でも出来上がってしまうし、しかも何度でも撮り直しができてしまう。

ううむ、これはいかん、罠だ! フィルムの手間に飽き足らず、さらなる手間をかけまくって大判フィルムを装填できる針穴写真機までいちいち作ったのに、このアプリは、薄っすら私の心に影を落としていた「フィルムって高いなあ~」という気持ちをザクザクえぐってくる。これじゃカメラを使わなくなってしまうじゃないか! 

0.01mmの銅箔に、0.25mmの正円の穴をあけるという大変な苦労を経て制作した木製のシノゴ針穴写真機。……を、インスタグラムで撮った写真が残っていた。このインスタ以降、9年間フィルムを装填していない。

実際には、トイカメラ写真に使っていた以上のお金を、スマホの月賦と通信料として支払い続けているのであり、興味・関心・投資がスマホに集中するという超巨大な「合理化の罠」にハマって、大好きなはずのトイカメラ界を自ら圧迫しているのだが、「便利さ」と「目先の快楽」にいとも簡単に飲まれた私は、案の定、トイカメラも針穴写真機もすっかり手にすることがなくなり、あっという間にインスタグラム一辺倒になってしまった。

 

 

まだ「撮るのが楽しい」だけだった頃

いくらでも撮れるとなると、まずはなんでも撮りたくなってしまう。皮をむいたらっきょうから、路傍の植物、上空の飛行機まで、撮っては加工、撮っては加工と遊ぶようになった。この時はまだ、「撮るのが楽しい」程度だった。当時はまだインスタグラムが今ほど一般的ではなく、「インスタ映え」という言葉も「ハッシュタグ」もなかった。フォローしあっている人もいなかったので、撮った写真をインスタグラムに投稿する意味がなく、アプリの機能の半分しか使っていない状態だったのだ。

そのうちに、インスタグラムで撮ったものをツイッターや自分のブログにアップするようになった。2011年の東日本大震災で被災地を取材し、現場に慣れてきた頃には、普通のカメラで記録用の写真を撮って、その後、特に印象に残る風景はインスタグラムで撮ったりもした。

2011年4月下旬頃、宮城県気仙沼市にかかった虹

 

2011年5月頃、宮城県本吉郡南三陸町の海

当時はショッキングな報道写真ばかりだったので、半分趣味のようなインスタ写真なんて「不謹慎だ」と怒られるかなと思ったが、当時、気仙沼市役所にお勤めだった方が見てツイッターで広めてくれた。「色味もレトロで心を慰められた」と言われてホッとした。毎日あまりに壮絶な現実のなかにいる方からすれば、すこし幻想がかった心象風景のようなもののほうが、逆に心に留まることもあるのだと思った出来事だった。
 

幻想のチカラ――インスタ集客大作戦

ここまでは、良かった。「撮るのが楽しい」と「見せる方法がある」のバランスがなんとなくとれていて、幻想がかった写真も、現実がわかっていてこその意味合いがあった。ところが時を経て、2012年にフェイスブック社がインスタグラムを買収するなど何かと話題にのぼるようになり、以前よりも身のまわりに利用者が増えはじめた。そして、私の目的も変化していった。

当時の私は、週2日、新宿歌舞伎町の雑居ビルの中にあるバーの当番を任されていた。5人で満席という小さなカウンターバーで、店員は自分ひとり、歩合制だったので、めいいっぱい宣伝しなければならなかった。ところが店は、普通の人なら怖くてとても出入りしようとは思わないような薄暗くて整備されていない路地裏にあり、周辺には不法占拠ではないかと思うようなバラック小屋がいまだに存在、さらにすぐ近所には、かつて上海マフィアが暴れて店員と客を殺戮した中華料理店跡地があるという、ものすごく人を誘うのが難しい場所にあった。店の入っているビルそのものも、「朽ち果てた」という形容がふさわしい味わい深さで、泥酔客らによるお小水の香りが漂っている。

働きはじめた店は、なかなかのツワモノでないとちょっと足を踏み入れない裏路地にあった。これをどう宣伝すればよいのか。そこで……。

長年働いてすでに固定客ができていたり、飲み友達がとても多いパーリィーピーポー的な人ならともかく、友達が少なく、もともと外で酒を飲む習慣のない私にはかなり不利な条件だ。そこで、すっかり使いこなしていたインスタグラムを利用して、「イメージ」に訴えてやろうと考えた。題して、「幻想のチカラ☆インスタ集客大作戦」である。

店を一歩出れば、掃きだめのようなというか、はっきり言って掃きだめそのものの風景が視界に入っていたが、ひたすら「お洒落っぽい」アイテムを集めて持ち込み、洋酒の酒瓶などと組み合わせ、「こんなにお洒落な感じのお店やってます!」というイメージ・インスタ写真を撮りまくるのだ。

当時のインスタ写真。写すのはもっぱら洋酒の瓶だった。カクテルになぜ箸が添えられているのかは不明。

なんだか素敵な水タバコセットをカウンターに広げ、現実にはかなり不自然な位置に洋酒の瓶を置いて、背後の換気扇やらコンセントやらのガチャガチャした部分を遮ってインスタ!「大五郎」や「ビッグマン」など激安焼酎を隠して、「ルジェ・カシス」「カンパリ」「カルーア」などを並べ、力作カクテルをレトロな色調フィルターにかけてインスタ! 

お香の写真は煙の形状にこだわったらしく、20枚以上あった。実際には、この位置でお香を焚くとお客さんの服が燃える。

インドのお香に火をつけて煙をくゆらし、まったく不自然ななのはわかりきっているが、なぜかリキュールの瓶の間から覗き込んでインスタ! 挙句の果てに横尾忠則氏の特集アート本をわざわざ家から持ってきて「横尾商法」的なインスタ! こんなにカウンターに本を置いたら飲むとこないけど、まったくおかまいなしにインスタ! 

これほどインスタグラムが役に立つと感じたことはなかった。とにかく邪魔なものは正方形の世界から排除し、色調フィルターを使って、ポンとイメージを「盛る」。まったくインスタ映えない場所を、インスタグラムを通して「お洒落な感じ」にかさ上げし、さらにお香の写真によってビルのしょんべん臭さまで払拭してやろうという試みである。世に出回る広告というのは平たく言えばこういうものなのだと思うが。

写真をインスタグラムやツイッター、当時はじめていたフェイスブックなどに投稿すると、それを見た人々が反応して、徐々に来店してくれるようになった。はじめて来た人は、一様にものすごく不安そうな顔で店の中をのぞき込み、そして、真っ青な顔をして「すごい場所にありますね」と言っていた。来てしまえば、めいいっぱい楽しめるようにするのでイメージなどどうでもよくなってしまうのだが、なかには、まさかそこまで落差があるとは思わなかったようで、「探し歩きましたが見つけられませんでした」と連絡があったりもした。

インスタを見て来てくれた人は、店の風景をスマホで撮って、自分のSNSに投稿してくれた。私が投稿しているイメージ写真とまったく違う現実写真なので、最初はどうしようと思っていたが、SNSの利用者数が莫大に増えはじめ、そういった投稿が宣伝になるので助かった。そうこうするうちに、現実とかけ離れたイメージ写真を利用した私の宣伝手法に変な火がついてしまい、ついに禁断の領域に踏み込んでいった。「自分撮り」の時代である――。

 

(次回、痛すぎて七転八倒の「自分撮り」の心理をあますところなくお届け!)

関連キーワード

{ この記事をシェアする }

コメント

hisui  RT @gentoshap: [NEW] インスタの魔力は蜜の味〔前編〕 泉美木蘭 https://t.co/Li5iIeMY84 6日前 replyretweetfavorite

ゴー宣道場門下生チャンネル  RT @gentoshap: [NEW] インスタの魔力は蜜の味〔前編〕 泉美木蘭 https://t.co/Li5iIeMY84 6日前 replyretweetfavorite

オオカミ少女に気をつけろ! ~欲望と世論とフェイクニュース

嘘、デマ、フェイク、陰謀論、巧妙なステマに情報規制……。混乱と不自由さが増すネット界に、泉美木蘭がバンザイ突撃。右往左往しながら“ほんとうらしきもの”を探す真っ向ルポ。

バックナンバー

泉美木蘭

昭和52年三重県生まれ、作家、ライター。日々、愛しさと切なさと後ろめたさに苛まれている不道徳者。社交的と思わせて人見知り。日頃はシャッターをおろして新聞受けから世間を覗いている。趣味は合気道、ラテンDJ、三浦大知。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP