1. Home
  2. 社会・教養
  3. オオカミ少女に気をつけろ!
  4. スウェーデンに対してネガティブな新型コロ...

オオカミ少女に気をつけろ!

2020.06.26 更新 ツイート

スウェーデンに対してネガティブな新型コロナ報道のこと泉美木蘭

いま必要な「緩和政策」と「抑圧政策」の事後検証。でもその前に…

新型コロナ対策では、大部分の人が感染して集団免疫を獲得することで収束をめざす「緩和政策」と、徹底的にウイルスから逃れるために人々の行動を制限する「抑圧政策」という二つの考え方が批評されてきた。

日本では、ウイルスから逃れるために「人との接触を8割削減」という目標を掲げ、5月下旬まで外出の自粛と休業を要請しつづけるという抑圧政策がとられたが、資本主義経済の回転を止めたその代償が、いま次々と明らかになっているところだ。

 

私の直接の知人には新型コロナに感染したという人はいないのだが、「長年飲食店を経営してきたが廃業した」「バイト先がつぶれた」「勤めていた事業所が閉鎖されて異動になった」という話は続々と聞こえてきている。全国的にも、倒産・縮小・失業件数のニュースは後を絶たない。

全国の自治体は、休業協力金の給付や家賃補助などを行ってきたが、すでに財源は窮乏。東京都は9345億円あった豊かな財源が493億円にまで激減してしまい、今後は保育所の増設など、福祉や教育の予算にも影響が及ぶため、大規模な公共事業はストップする可能性が高いという。当面、税収も減るだろう。

特にメディアでは、今年3月以降「自粛は補償とセットだ」という論調が中心となり、経済を停止させることが推奨されてきた。首長もここぞとばかりにお金を配ったが、到底間に合う金額ではなく、しかもその財源はたかだか3か月しかもたないものだったわけだ。メディアや首長たちはこの事態をどう受け止めているのだろう。日本における抑圧政策が本当に正しかったのか、きちんと事後検証して欲しいと切に思う。

だが、日本では「経済を回すべきだった」という意見は少数派のようで、メディアではむしろ「変わり者」として扱われる向きもある。特に、厳格な都市封鎖や休業、休校措置を行わず、飲食店やスポーツジムなども通常営業しつづけて、国民の自主的な衛生管理に任せるという緩和政策をとってきたスウェーデンは、物議を醸す存在だ。

「やっぱりスウェーデンはダメだった」論調の中で使われたテグネル博士の発言

6月3日、時事通信から「スウェーデン、対応を反省 新型コロナで独自路線」というニュースが流れた。スウェーデンのコロナ対策を担ってきた公衆衛生局責任者で疫学者のアンデシュ・テグネル博士が、地元ラジオのインタビューに応じ、「われわれの取った行動には明らかに改善すべき点がある」と述べ、「反省の念」を示したという。

JIJI.COM(2020.6.3)

記事によれば、スウェーデンは集団免疫の獲得を目指したが、6月3日時点で累計感染者数が約3万9000人、死者数は約4500人で、北欧における致死率の高さが批判の的になっているという。テグネル博士は、「もし今日われわれが知り得る限りの知識でもう一度同じ感染症に対応するなら、スウェーデンと他国の中間的な手段に落ち着くと思う」と釈明したらしい。

このニュースは、NHKで「スウェーデン死者4500人超に 責任者対策不十分と認める」、民放の日テレNEWS24では「スウェーデン責任者『対策が不十分』認める」というタイトルとなってくり返し報じられた。

NHKニュースと日テレNEWS24の報道(2020.6.4)

また、新聞各紙やネットメディアでも次々と記事が作成された。日本経済新聞は、「スウェーデン 都市封鎖なし『改善の余地』」との見出しで報じた上、電子版ではイギリスの経済紙フィナンシャル・タイムズを翻訳して「スウェーデンのコロナ対策、立案者が甘さ認める」という記事も配信した。

日本経済新聞の2つの記事(2020.6.4)

テグネル博士の発言は海外メディアでもかなりの注目を浴びた。

BBC NEWS JAPAN「スウェーデン、ロックダウンせず『多くの死者出た』政府疫学者」(2020.6.4)、WIRED「スウェーデンの新型コロナウイルス対策が『完全なる失敗』に終わったと言える理由」(2020.6.4)、THE WALL STREET JOURNAL日本版「スウェーデンのコロナ対策、『賭け』は失敗か」(2020.6.5)など、その後もこれらのニュースに乗っかるように、ネットメディア、ジャーナリストなどから「やっぱりスウェーデンはダメだった」という論調の記事がいくつも書かれてネット上にあふれた。

テグネル発言は端折られた。真意は違うものだった

ところが、これらの報道には大きな問題がある。そもそものネタは、スウェーデンの地元メディア「THE LOCAL se(Sweden's News in English)」による記事なのだが、それを読んでみると、テグネル博士の実際の発言のうち大部分が端折られているのだ。

THE LOCAL se “Tegnell: We still think Sweden's strategy is good, but you can always do things better”(2020.6.3)

記事によれば、スウェーデンは高齢者を保護するために、介護施設への訪問禁止措置がとられていたものの、感染拡大を防ぐことができず、死亡した70歳以上の高齢者の約半数は介護施設の住人だったという。

出演したラジオ番組で、死者数について問われたテグネル博士は、「あまりにも多くの人が命を落としている」と認め、「明らかに改善の余地があると思う。感染拡大を抑えるために何を遮断すべきかを正確に知ることは良いことだ」「将来的には死者数を止める方法があったかどうかを考えなければならない」と述べた。

また、「現在の知識を正確に把握した上で、もし再び同じ病気に遭遇するとしたら、スウェーデンが行ったことと、世界の他国が行ったことの間で何かを行うことに落ち着くことになると思う」と語っており、たしかに「スウェーデンのやり方では不十分でした」と反省しているように見える。

日本で報じられたのはせいぜいこのあたりまでだ。だが、つづきがある。スウェーデンは、ロックダウンや休業措置をとっていつでも抑圧政策に移行できる法体系は整っているのだが、いきなり実行はせずに、まずは3月の段階で高齢者介護施設への訪問を禁じ、また、50人以上の公共の集会を制限するなどの措置をとった。テグネル博士はこの点について、次のように語っている。

「スウェーデンが現在と異なる政策を導入するべきだったのか、それとも段階的に措置を導入していくべきだったのか、あるいは他国のように一気にすべての措置を導入すべきだったのか、それはまだはっきりしていない」

「スウェーデンは、段階的な措置をとった数少ない国の1つだ。他国は、一度に多くの措置をとったが、その場合の問題点は、どの対策に効果があったのかがわからないことだ」

「今後、1つずつ対策が取り除かれはじめたときに、その答えを知ることになるのではないだろうか。スウェーデンが行った戦略以外に、完全なロックダウンなしで、何ができたのかということについて、何らかの教訓を得られるだろう」

つまり、選択肢は「ロックダウンするか、否か」の2つしかないわけではなく、どちらが正しいかを結論できる段階にないし、ほとんどの国がいきなり抑圧政策を行ったからと言って、それが本当に有効だったのかどうかはまだ立証できていないということだ。

スウェーデンで実際、起きたこと

スウェーデンは、5月に入ってから一時的に死者数が増加したことが報じられ、北欧諸国において死亡率が高いことが取り沙汰されている。だが、全体を眺めれば、イギリス、スペイン、イタリアなどの厳格なロックダウンをした国々よりも、人口あたりの死者数は大幅に少ない。また、スウェーデンには「高齢者に人工呼吸器をとりつけて延命することは、老人虐待にあたる」という死生観が国民のなかに浸透しているという国柄も考慮しなければならないだろう。

さらに、当初は緩和政策をとっていたが、3月23日にロックダウンを行い、抑圧政策に路線変更したイギリスと、そうでないスウェーデンの現在までのデータを比較すると、感染者数については、6月に入ってから検査数を増やしたスウェーデンがたしかに急増しているが、死者数の推移については、両国にそれほど大差があるようには見えないという事実もある。

イギリスとスウェーデンの新規感染者数推移(3/20~6/21、人口100万人あたり、3日平均)
Our World in Dataから筆者作成、矢印・書き込みは筆者>
イギリスとスウェーデンの新規死者数推移(3/20~6/21、人口100万人あたり、3日平均)<Our World in Dataから筆者作成、矢印・書き込みは筆者>

テグネル博士は、高齢者の死亡数が多いという事実については認め、今後の検証次第でもっと改善できるはずだという考えは述べているが、スウェーデンの戦略を全否定したり、抑圧政策を行った国のほうが正しかったとか、スウェーデンも他国のようにするべきだったというような反省や後悔を示す発言はしていなかった。

「過去を振り返れば常に改善できる。それが当たり前では」

さらに「THE LOCAL se」の記事のつづきを読むと、テグネル博士は、ラジオ番組での発言がネガティブな内容に受け取られがちなことに言及し、その日の午後の定例記者会見で、メディアに対して苦言を呈したとも書かれている。その発言内容はこうだ。

「あとあと得られた(コロナの)知識の恩恵を受ければ、スウェーデンはいまよりも良くできたであろうとは言った。しかし、それを、戦略全体を否定したものと捉えるべきではない」

「われわれの戦略は良いものだと考えているが、過去を振り返ってみれば、常に改善することはできる。個人的には、このような問いには、ほかに何も答えようがないと思う。常に改善できる、それが当たり前でしょう」

これはそのとおりだと思う。どのような戦略であっても、国民の生命と財産、経済活動に対する責任を負う決定をしたのなら、結果を検証し、改善すべき点を洗い出すのは当然のことだ。

またテグネル博士は、海外ではスウェーデンに対する「アンビバレント(相反的)」な見方があり、その戦略が賞賛されることもあれば、軽蔑されることもあると言及。「スウェーデンは『ちょっとした脅威』と認識されているところもある。他国のような厳格な措置に対して、疑問を投げかける可能性があるからだ」とも指摘していた。

別のメディアでは「他国のようなもっと厳格な対策をとっていれば、スウェーデンがいまとはまったく違う結果になったということを示す証拠は何もない」と補足し、先ほど紹介したイギリスとの死者数の推移比較を念頭に、「イギリスは厳格な対策をとったが、良い結果にはならなかった」とも述べているという。

報道が、自らのストーリーの中で他人の発言を切り取り、事実を歪曲するのはおかしい

日本のメディアでは、これらの発言はほとんどカットされ、「やっぱりステイホームは必要で、それをやらなかったスウェーデンは失敗したんだな」という印象を受ける部分のみが切り取られて報道されたのである。これは編集権の悪用であり、もはや事実の歪曲と言えるのではないだろうか。

メディアには、発言をきちんと精査する能力がないのか、それとも、自粛の代償を無視してきたことへの後ろめたさから、意図的に無視して印象操作に走ったのか? いずれにせよ、日本にとってはスウェーデンの存在が「ちょっとした脅威」で、自分たちのしてきたことのマズい部分を直視し、反省しなければならなくなる「不都合な真実」であることはたしかだと思う。

もちろん、スウェーデンと日本とでは国の構造が違うのだから、日本には日本の反省すべき点、改善すべき点があるだろう。スウェーデンは輸出依存度が50%にものぼり、自国は開いていても、主要な付き合いのある周辺国の政策によって大きな経済的影響を受ける。一方、日本は大部分を内需で回している国だ。医療体制や医療技術のレベルはかなり高く、そして、感染の規模は小さい。政策次第で、死者を抑えながら経済を回すということが、日本にならできたのではないかと私はどうしても考えてしまう。

「海外の国々がこうだったから」という点を理由にするのでなく、日本においては、どのような方法が正しかったのか、過去を振り返って誠実に検証する態度が求められる。新型コロナによる被害と自粛政策による被害(短期と長期)、この2つを直視して比較検証する必要もあるはずだ。何より、メディアは、自社の論調にとって都合の悪いものを包み隠したりはせず、正確な報道を行って欲しい。

関連キーワード

{ この記事をシェアする }

オオカミ少女に気をつけろ!

嘘、デマ、フェイク、陰謀論、巧妙なステマに情報規制……。混乱と不自由さが増すネット界に、泉美木蘭がバンザイ突撃。右往左往しながら“ほんとうらしきもの”を探す真っ向ルポ。

バックナンバー

泉美木蘭

昭和52年三重県生まれ、作家、ライター。日々、愛しさと切なさと後ろめたさに苛まれている不道徳者。社交的と思わせて人見知り。日頃はシャッターをおろして新聞受けから世間を覗いている。趣味は合気道、ラテンDJ、三浦大知。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP