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オオカミ少女に気をつけろ! ~欲望と世論とフェイクニュース

2020.01.15 更新 ツイート

その欲しいものは本当に“あなたが”欲しいもの?泉美木蘭

幼い頃からコンプレックスを刺激され続けるSNS

SNSを利用している10歳の女児は、SNSを利用したことのない女児に比べて「やせ願望」を抱く確率が1.9倍高いらしい。東京都医学総合研究所や東京大学などが2012年から15年にかけて調査したもので、SNSの利用頻度が高いほど「やせ願望」が高まる傾向があるようだ。

投稿されている他人の画像に接して、容姿を自分と比較したり、「いいね!」の評価が欲しくて自身の画像を投稿したりしているうちに、「もっとやせたい」という気持ちを強めている可能性があるという。

(写真:iStock.com/Doucefleur)

調査から5年経ち、いまやすっかり低年齢の子どもたちにもSNSが普及しつつあるから、この「やせ願望」もさらに高まっている可能性があるだろう。

子どもの「やせ願望」は、将来に渡って健康に影響を及ぼしかねないから、SNSを使わせないなど保護者が手立てを講じて子どもを守らなければならないと思うが、このSNSで醸成される願望の罠、なにせ大人もはまりがちというのが困ったところである。

 

 

「加齢臭はどこからにおう?」「毛穴が汚いと老け見えしちゃうみたい」「ニキビ面の男性と付き合えますか――『付き合えない』が82%」「70歳でこの肌ツヤ」「気になる生え際にワンタッチ増毛」「ポッコリお腹、気にしてませんか」……。

ネットを開いただけで、これだけの広告が目に飛び込んでくる。ほとんどは人の身体のコンプレックスを刺激するものだ。

加齢臭は、そりゃ男も女もゴシゴシ洗って落とすべしと思うが、「老け見え」は本当に毛穴の汚れが原因だろうか? ニキビもそれだけが原因で恋愛が決まるわけないし、70歳で肌がツヤツヤの人は「努力しているんだろうな」とは思うが、私は、堂々と年齢を重ねて、成熟した深みのある70歳を目指したいと思っている。生え際もポッコリお腹も、大きなお世話って感じだ。

しかも、ちょっと気になってクリックしたが最後、追跡型広告の機能が発動して、どこへ行ってもその広告が表示されるようになる。「気になってるんでしょ?」「クリックしてましたよね。ほら、欲しいんでしょ?」と言わんばかりのしつこさだ。

あの手この手で「あなたのコンプレックス、それでいいんですか!?」と煽り立てられ、もともと気になっていなかったことまで気にさせられてしまう。この手の広告を浴びつづけた結果、とうとう「これで悩みは解決する」とうたう商品を買ってしまったり、高額な契約を交わしてしまったりするのが、資本主義社会の罠である。

企業が利益を得るために人の無意識を刺激して、不安にさせ、お金を払う動機を作り出す「コンプレックス商法」とも言えるものだが、一方で、そんな目的も悪気もないのに、人の心をじわじわとえぐり続け、いつの間にかコンプレックスによって支配してしまうものが、SNSという場である。

“幸せ強迫症”に感染するひとびと

もはや「インスタ映え」が当たり前であるように、SNSは、見映えのいいものが価値を持つ世界だ。モデルのような容姿は注目されるし、そのように自分を見せるべく演出する人や、美顔アプリでニセモノの自分の写真を作る世界にはまって「ねえ、見て~」とSNSに依存している人は大勢いる。

私だってインスタ自撮り地獄に血道をあげていたから、よーくわかる。できる限りキラキラしてみせるために、現実を無視して自分がコンプレックスに感じる部分は画面から排除する。それが「映える」ことなのだ。

そして、そのような他人の非現実のキラキラをSNSで浴び続けていると、なんだか自分の現実が物足りないもののように感じたり、「キラキラした人」と自分とを比べてコンプレックスを感じたりする“幸せ強迫症”のような状態に陥ってしまう人が少なくない。

「こんなふうになりたい」と憧れを持ったり、「こうあらねばならないんじゃないか」と焦りを感じたりする。対象となるのは、「やせ願望」を煽るような見映えのいい人だけではない。

楽しそうなサークル活動や、飲み会の写真にコメントが集まって盛り上がっているのを見て孤独を感じる人、幸せそうな家族写真に「いいね!」がたくさんつくのを見て内心で嫉妬を感じる人もいるだろう。イマドキの成功者の豪遊ぶりを見て非現実的な憧れや夢を持つ人、デイトレーダーのこれみよがしな利益報告に刺激されて「自分も」と考え、あっさり失敗しまう人も後を絶たない。

友人が富士山に登った写真を見て「自分もなにかスポーツをしたほうがいいかもしれない」と言う人もいたし、私は、知人が自宅高層マンションからの眺望を投稿するのを見て、妙に気分が悪くなった記憶がある。その頃の私は、築40年の古い和室アパートで暮らしていたのだ。

他人がいくら楽しそうな様子を報告していようと、地道な生活を送る自分を恥じたりネガティブに捉えたりする必要はないし、豪遊を見せびらかす成功者は、実は致命的な孤独を抱えているのかもしれない。

しっかり地に足をつけて生きていれば、いちいち他人の表面的な姿と自分とを比べて惑わされることもないと思うのだが……SNSで他人の様子に刺激されがちなのはなぜなのか。

「欲求」と「欲望」を分けたジラール

人間の欲望の構造を体系化し、民俗学、人類学、社会心理学、比較文学など多岐に渡って影響を与えた現代フランスの思想家ルネ・ジラール(1923-2015)の代表作『欲望の現象学』(1961、邦訳1971)によれば、人間には「欲望の三角形」があるという。ジラールは、「空腹を満たしたい」とか「眠りたい」とか、人間の生存本能と結びつくものは「欲望」ではなく「欲求」として区別し、これは他者がいなくても自発的に生じるものだとする。

一方で、「あの人のようになりたい」「この洋服が欲しい」「楽しい仲間に囲まれたい」「お金持ちになりたい」など、なにかの対象を欲することを「欲望」とし、実はこれらの欲望は、自分が自発的・主体的に持っているのではなく、たいていは「他者の模倣」であり、「他者による欲望の借用」なのだという。

(写真:iStock.com/Deagreez)

つまり人間は、欲する対象を、それそのものが望ましいと思って欲しがるのではなく、他者が欲しがっていたり、望ましいものだと言っているのを知って、「自分もそれが欲しい」と思う。人間の欲望は、「自分」と「欲する対象」と「欲望を持たせる他者」との三角形であるというのだ。

テレビCMでタレントが缶チューハイやビールをおいしそうに飲む様子や、バラエティ番組で家電売り場を歩いて買い物する様子などを見せて、消費欲や所有欲をそそる手法は、この理論の最たる例である。

モデルやタレントが着用した服や靴はたちまち売れるし、ヘアスタイルも似たものが増える。友達が最新のタブレット端末を使っているのを見ると、自分も欲しくなる。私は目下、実家の母が自慢していた「スティック型掃除機」の所有欲に抗っているところだ。

そして、ジラールが『欲望の現象学』を書いた時代よりネットが発展した現代は、この「欲望の三角形」が、より個人的でニッチな部分に発生しやすくなっていると言えるかもしれない。

SNSで「やせ願望」を募らせたり、他人の様子が気になって感情を刺激されたりすることにも当てはまる。インスタグラムで話題の「絶景ポイント」には大勢が押し寄せ、バズった店には長蛇の列ができる。インフルエンサーと呼ばれる人々が、洋服の着用姿、コスメ用品や宿泊施設の利用レビューなどで収入が得られるのも、彼・彼女たちが「欲望を持たせる他者」となり、フォロワーとの間に「欲望の三角形」を作るからだろう。
 

また、「自分」と「欲望を持たせる他者」との距離が近ければ近いほど、両者は「ライバル関係」になり、欲望はどんどん肥大化していくという。

例えば、渋沢栄一のような精神的にも物理的にも自分とは圧倒的に掛け離れた実業家が新しいお札の顔になると聞いて、憧れたり尊敬の念を新たにしたりする人はいても、「なんで俺がお札の顔にならないんだ」と思う人はあまりいないだろう。でも、もしもSNSで親しみのあるイマドキの企業家がお札の顔になるとなったら、たちまち「なんでアイツが!?」と妬み嫉みが噴出するのではないだろうか。

著名人から昔の同級生まで、生活状況も立場もまったく違い、本来は物理的に離れて姿を間近に見ることもなかった人々との距離がSNSで縮まり、会ってもいないのに親しみを持ったり、ネットを介して言葉を交わすこともできるようになった。

ところが、その状況が「欲望の三角形」を次々と生み出し、他者をライバル視し、劣等感、苛立ち、無視などいろんな形のネガティブな感情を渦巻かせてもいる。自分の心から自発的に生まれたわけでもない欲望のために、人々は振り回されてしまうのだ。

 

SNSは自分ものではない欲望を生み出すものだということがわかっていれば、この三角形に巻き込まれずに済むかもしれない。「怒りのピークは長くて6秒」とされ、怒りを感じたら反射的に反応せずに6秒間待つことで引いていくと言われているが、欲望も似たような物ではないだろうか。

他者によって引き起こされる衝動だとすれば、コンプレックスやネガティブな感情を刺激された時は、「これは自分が欲しているものではない。相手に感染させられた欲望なんだ」と考えてみてはどうだろう。「欲望の三角形」、ぜひ頭の片隅に置いてみてほしい。

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オオカミ少女に気をつけろ! ~欲望と世論とフェイクニュース

嘘、デマ、フェイク、陰謀論、巧妙なステマに情報規制……。混乱と不自由さが増すネット界に、泉美木蘭がバンザイ突撃。右往左往しながら“ほんとうらしきもの”を探す真っ向ルポ。

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泉美木蘭

昭和52年三重県生まれ、作家、ライター。日々、愛しさと切なさと後ろめたさに苛まれている不道徳者。社交的と思わせて人見知り。日頃はシャッターをおろして新聞受けから世間を覗いている。趣味は合気道、ラテンDJ、三浦大知。

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