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本屋の時間

2019.04.01 更新 ツイート

福の神辻山良雄

写真:平野愛

Titleのような小さな本屋では、まったく人の来ない時間がある。そのたびに雨だから、寒いから、給料日前だからなどと、人の来ない理由を数え上げるのだが、それで状況が変わるわけでもない。その状態が一時間二時間続くとさすがに気が滅入ってきて、このまま二度と誰も来ないのではないかと思いはじめる。

 

その日も、いつも通り12時に店を開けたのだが、その後店に入って来る人はいなかった(一度誰か来たと思ったら、佐川急便のドライバーだった)。

静けさは意識し始めると重たくなる。遠くに聞こえる車のエンジン音と、自分が立てるカタカタというキーボードの音以外は無音の、凪のような状態が長く続いていた。あまりに暇だったので奥のカフェに行き、コーヒーを淹れて窓の外を見ながらゆっくりと飲んだ。
 

(写真:iStock.com/ilolioli)


なんで誰も来ないのかな。カフェにいた妻にそう話すと、彼女は口をとがらせるようにうーんと答えたのだが、そのとき入り口の扉が開いた。

 

入って来たのはこれまでも店に来ていた、若い男性だった。彼はいつも店内をじっくりと見ては小説などを一~二冊買って帰るのだが、今日は棚を見る時間をほとんどかけず、店内をぐるりと回ってすぐに本を六冊持ってきた。

あまりに意外な行動だったので、どうしたのと声をかけたら、「実は実家の近くで働くことになって、明日引っ越すんです。といっても神奈川のほうなんですけど……。引っ越すまえに、欲しかった本を全部買っていこうと思って……」という返事が返ってきた。

誰かが遠くに行ってしまうことは、その人のことをよく知らなくても、たよりない気持ちになるものだ。がんばってという以外、彼にかけることばも見当たらなかったが、「これまでありがとうございました。近くに来たらまた寄ります」とだけ言って、さっそうと帰っていった。

彼が帰ったあとは、店内はまた急に客で賑わいはじめた。人が人を呼ぶということはあるが、彼が入ってきたおかげで、店に人が戻ってきたのかもしれない。そういえば話したのははじめてだったかもと、あとから思い出した。

 

今回のおすすめ本

『みぎわに立って』田尻久子 里山社

熊本にある橙書店の店主が書いた、店に来る客のこと、本のこと、店に流れる時間のこと。どんな小さい日常にも、貴く思える瞬間がある。そう気づかせてくれる本。

〈お知らせ〉

◯2019年12月5日(木)~ 2019年12月23日(月) Title2階ギャラリー

宮脇慎太郎写真展
『霧の子供たち Children of the Mist』(サウダージ・ブックス)刊行記念

日本三大秘境のひとつとされる徳島県祖谷(いや)、圧倒的なローカルの風景とそこに生きる人々を記録した写真集『霧の子供たち Children of the Mist』。四国最深部の天空の集落を撮り続ける宮脇慎太郎の写真展。


◯2019年12月13日(金)19時30分~ Title 1階特設スペース

コトノネ32号リニューアル刊行記念「身障者いがらしみきお」
いがらしみきおトークイベント

(コトノネ新連載から抜粋)
私の仕事は漫画家です。今年でデビュー40年になります。40年やっていると、たいがいのことはもう書いた感さえあります。そこで、まだ書 いていないことは、と考えた時に頭に浮かんだのが、身体障害者としての自分のことです。……

この新連載とコトノネのリニューアルを記念したトークイベント。

 

 

◯辻山良雄・文/nakaban・絵『ことばの生まれる景色』ナナロク社

店主・辻山が選んだ古典名作から現代作品まで40冊の紹介文と、画家nakaban氏が本の魂をすくいとって描いた絵が同時に楽しめる新しいブックガイド。贅沢なオールカラー。

 

 ◯辻山良雄『365日のほん』河出書房新社

春、夏、秋、冬……日々に1冊の本を。書店「Title」の店主が紹介する、暮らしを彩るこれからのスタンダードな本365冊。

 

 ◯辻山良雄『本屋、はじめました―新刊書店Title開業の記録』苦楽堂 ※5刷、ロングセラー!!

「自分の店」をはじめるときに、大切なことはなんだろう?物件探し、店舗デザイン、カフェのメニュー、イベント、ウェブ、そして「棚づくり」の実際。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂)、『365日のほん』(河出書房新社)がある。

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