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本屋の時間

2019.04.15 更新 ツイート

第59回

本屋を作った「はたらき」 辻山良雄

(写真:iStock.com/Oinegue)

辻山さんは、どうして自分で本屋を開こうと思ったのですか、という質問をよく受ける。病気の母親のそばにいるうちに、生きかたを変えようと思ったのですと話すと、その話は大概そこで終わってしまう(想定していた答えと違ったのかもしれない)。

ほかにもいくつか理由はあるのだが、いま振り返っても、その無為な時間こそが、わたしに会社を辞めさせ、自らの店を開かせる原動力になったことは間違いない。

 

批評家の若松英輔さんは、女性哲学者であるハンナ・アレントの、「労働」と「仕事」という言葉の使い分けに着目している。労働すなわち英語のlaborには、「陣痛」あるいは「分娩」という意味もあり、生命活動と深く結びつく営みだという(『考える教室 大人のための哲学入門』NHK出版)。お金を稼ぐ手段を示す、仕事(work)という言葉とは異なり、労働には「人間の根源的な尊厳のようなもの」という意味が含まれる。若松さんによれば、たとえ仕事はしていない状態でも、生きるという労働は、激しく行っていることがありえるというのである。

 

 

母の胃癌がわかり、家の近くの総合病院に入院するようになったとき、当時勤めていた会社に話し、実家のある神戸に定期的に通うようになった。看病といっても、専門的な多くのことは、看護師さんがやってくれる。その時間のほとんどをベッドの横で過ごし、母が話したくなれば相手をすることが、わたしに与えられた役割だった。

ベッドの横では、時間は捕まえられそうなくらいゆっくりと流れ、東京で仕事をしている時とは、まったく別の表情を見せた。母親はこうした時間を生きていたのかと思うと、忙しいことがひそかな誇りであった東京での生活が、次第に遠ざかっていくように感じられた。それがすべてだと思っていたことは、決してそうではなかった。

そのように東京と神戸を往復するうちに、自分の価値観はゆらぎはじめ、ある考えが次第に心のなかを占めるようになった。本を売ることには変わりはないが、もっと生活に密着した、違う生きかたをしてみたいと思うようになったのである。

 

半年の入院生活を経て、母は亡くなった。会社を一週間休み、葬儀その他をすませたあと勤めていた店に戻り、会社を辞めたいと思っている旨を上司に伝えた。

病気がわかってからというもの、母はベッドに寝ていただけかもしれないが、確かに「労働」していたのだろう。母はわたしの店を見ることもなく逝ってしまったが、それ以外の可能性はなかったように思う。

 

今回のおすすめ本

『詩集 見えない涙』若松英輔 亜紀書房

書くことは、自分を知ることだ。詩のこころをほんとうに生きるならば、自分の手を動かして〈書く〉必要がある。自らを生かすために書かれた、第一詩集。


 

◯Titleからのお知らせ
12月1日(火)から営業時間が変更になります。詳細はこちらをご覧ください。
 

◯2021年5月15日(土)~ 2021年6月3日(木) Title2階ギャラリー

素描家shunshun原画展「小さな町の光と暮らし」
『三春タイムズ』刊行記念

梅、桃、桜、三つの春が一度に訪れる小さな町の四季と暮らしを描いた長谷川ちえさんのエッセイ集『三春タイムズ』(信陽堂)が発売。二十四節気に導かれ、書き継がれた24のエッセイに合わせて描かれた素描家shunshunさんの装画展。

◯2021年6月5日(土)~ 2021年6月29日(火) Title2階ギャラリー

堀川理万子『海のアトリエ』原画展

タブロー画家として活躍する堀川理万子さんの絵本『海のアトリエ』(偕成社)の刊行を記念した原画展。絵本の中でおばあちゃんが孫娘に語る、海が見えるアトリエで絵描きさんと過ごした忘れられない夏の思い出の数々。

◯2021/6/11(金) 20:00~21:30 オンライン配信

<MSLive! オンライン配信>
『ちゃぶ台7』刊行記念「ふれる、もれる、すくわれる雑誌!?」
ミシマ社 三島邦弘&Title 辻山良雄対談

「生活者のための総合雑誌」として前号からリニューアルした「ちゃぶ台」。今回の特集は「ふれる、もれる、すくわれる」……って、なんのこと!? 毎号恒例となった、ちゃぶ台編集長・三島邦宏氏とTitle店主・辻山との『ちゃぶ台7』刊行対談。

 

◯【書評】
『福島モノローグ』いとうせいこう(河出書房新社)
大震災10年 胸を打つ「生」の声 (評・辻山良雄)
北海道新聞 2021.3.21掲載

◯じんぶん堂 「好書好日」インタビュー
「本屋、はじめました」から5年 全国の本好きとつながる街の新刊書店ができるまで:Title

◯金子書房note 寄稿
あなたの友だち(辻山良雄:書店「Title」店主) #私が安心した言葉


 


◯『本屋、はじめました』増補版がちくま文庫から発売、たちまち重版!!

文庫版のための一章「その後のTitle」(「五年目のTitle」「売上と利益のこと」「Titleがある街」「本屋ブーム(?)に思うこと」「ひとりのbooksellerとして」「後悔してますか?」などなど)を書きおろしました。解説は若松英輔さん。
 

 

◯辻山良雄・文/nakaban・絵『ことばの生まれる景色』ナナロク社

店主・辻山が選んだ古典名作から現代作品まで40冊の紹介文と、画家nakaban氏が本の魂をすくいとって描いた絵が同時に楽しめる新しいブックガイド。贅沢なオールカラー。

 

 ◯辻山良雄『365日のほん』河出書房新社

春、夏、秋、冬……日々に1冊の本を。書店「Title」の店主が紹介する、暮らしを彩るこれからのスタンダードな本365冊。

 

 ◯辻山良雄『本屋、はじめました―新刊書店Title開業の記録』苦楽堂 ※5刷、ロングセラー!! 単行本

「自分の店」をはじめるときに、大切なことはなんだろう?物件探し、店舗デザイン、カフェのメニュー、イベント、ウェブ、そして「棚づくり」の実際。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂)、『365日のほん』(河出書房新社)がある。

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