1. Home
  2. 生き方
  3. 本屋の時間
  4. 〈いま読みたい本〉を買うのではない

本屋の時間

2019.03.15 更新

第57回

〈いま読みたい本〉を買うのではない辻山良雄

(写真:iStock.com/yaruta)

カメラマンのキッチンミノルは本を買う決断が早い。雑談の話題に上った本、ふと目についた本など、「これ、買います」と即決でカウンターの上に積み重ねていく。つまり本屋としてはありがたい客なのだが、これはあくまでもわたしの想像でしかないが、キッチンは買った本の半分も、まともに読んでいないのではないか。
 

先日、BSで『ヒグマを叱る男~世界遺産・知床~』というドキュメンタリーを放映していた。熊と共存して暮らしている知床半島の番屋(漁師が漁場近くに作る、作業所兼宿泊所)を追った番組を見ながら、発売時に買ったまま放置していた本があるのを思い出した。本棚の奥に埋もれていた『熊を彫る人』を引っ張り出して読んでみたら、先ほどのドキュメンタリーと重なる箇所も多く、「これはいま読むべき本だったなあ」と深く納得した。

「買うからにはどこかしら自分の興味に沿った本なのだが、差し迫って読まなければならないものでもないので、本棚に並べて満足する」。わたしには、そういうことがよくある。そのとき、読んでいない本は「開かれてはいないが、何かしら関りのあるもの」として、そこに並べられることになる。本棚は自分の外に取り付けた脳みそのようなものなので、それを太らせることで、そこにある知や感情の総量が増えてくる(運がよければ先ほどの『熊を彫る人』のように、本を深く理解できるタイミングで取り出すことができる)。

 

 

そして更にいえば、ネット書店では既にわかっている〈いま読みたい本〉は簡単に見つけることができるが、〈いま読む必要はないが、この先どこかで関わりそうな本〉とはなかなか出合うことができない。ネット書店が得意とする利便性は、いつも〈いま〉と関わっているからだ。しかし、それはいまの自分を増強するにすぎず、まだ芽を出していない可能性に水をやることにはならない。自分のまわりにそのとき必要な本しかない状態を考えると、わたしなどはどこかさみしい人間になってしまうような気がするのだが、どうなのだろう。

 

キッチンは本のことを「資料だ」と話していたが、彼は〈いま、ここ〉にあるまだ開かれていない本の可能性についてよく知っているのだと思う。

 

今回のおすすめ本

『熊を彫る人』写真・在本彌生 文・村岡俊也 小学館

文中に出てきた一冊。美しくも厳しい自然環境の中で、そこから何かを汲(く)むように生きてきた男の生涯が描かれる。

〈お知らせ〉

◯2019年3月19日(火)20:30~22:00 本のあるところajiro(福岡市中央区天神3-6-8 天神ミツヤマビル)

   『ことばの生まれる景色』刊行記念 辻山良雄トークイベント「絵と文で本を旅する四十景 福岡編」聞き手:鳥羽和久さん(本と雑貨の店「とらきつね」主宰)

 

 

『ことばの生まれる景色』(辻山良雄 著/nakaban 画、ナナロク社)刊行と、「本のあるところ ajiro」でのnakaban原画展開催を記念したトークイベント。本書で取り上げた作品を中心に、本を読むということ、本を書くこと、本のある場所をつくることについて語る。

 

 

◯2019年3月14日(木)〜 2019年4月2日(火)Title 2階ギャラリー

 鬼海弘雄「PERSONA最終章」展

浅草の町を舞台とした市井の人たちのポートレイト写真を40年以上撮り続ける写真家・鬼海弘雄。シリーズ完結編ともいえる最新刊からの肖像の数々。

 

 

 

◯ 2019年3月29日(金) 19:30~ Title1階特設スペース

 季刊誌kotobaプレゼンツ「21世紀に書かれた百年の名著を読む」第1回
 仲俣暁生×藤谷治「イアン・マキューアン『贖罪』を読む」

集英社刊行の季刊言論誌『kotoba』で始まる、文芸評論家・仲俣暁生氏の書評連載。それと連動した連続トークイベント第1回。当日会場で『kotoba』 2019年春号をお買い上げの方には、江口寿史による本号表紙の描き下ろしポスターをプレゼント。

 

◯辻山良雄・文/nakaban・絵『ことばの生まれる景色』ナナロク社

店主・辻山が選んだ古典名作から現代作品まで40冊の紹介文と、画家nakaban氏が本の魂をすくいとって描いた絵が同時に楽しめる新しいブックガイド。贅沢なオールカラー。

 

 ◯辻山良雄『365日のほん』河出書房新社

春、夏、秋、冬……日々に1冊の本を。書店「Title」の店主が紹介する、暮らしを彩るこれからのスタンダードな本365冊。

 

 ◯辻山良雄『本屋、はじめました―新刊書店Title開業の記録』苦楽堂 ※5刷、ロングセラー!!

「自分の店」をはじめるときに、大切なことはなんだろう?物件探し、店舗デザイン、カフェのメニュー、イベント、ウェブ、そして「棚づくり」の実際。

関連キーワード

{ この記事をシェアする }

本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂)、『365日のほん』(河出書房新社)がある。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP