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怖いへんないきものの絵

2019.02.27 更新 ツイート

描かれたサルが、どれも生々しくって怖いんです ~マックス『美術鑑定家としての猿たち』(1/3)中野京子/早川いくを

2大ベストセラー、『怖い絵』中野京子氏と、『へんないきもの』早川いくを氏。
恐怖と爆笑の人気者がコラボして生まれた『怖いへんないきものの絵』
早川氏が、“へんないきもの”が描かれた西洋絵画を見つけてきては、中野先生にその真意を尋ねに行くのですが、それに対して、中野先生の回答は、意外かつ刺激的!

今回のお題は「サル」
猿が絵の中で描かれることは多いですが、結構いろんな意味を示唆するようですよ。
(『美術鑑定家としての猿たち』は全3回です)

*   *   *

『美術鑑定家としての猿たち』マックス

1889年 ノイエ・ピナコテーク蔵

サル、サル、サル、サル、サル、サル、サル、

サル、サル、サル、サル、サル、サル。

ヒヒがいる。サバンナモンキーがいる。オマキザルがいる。

隅から隅までサルがぎっしり、みっしりの高密度サル絵画である。

タイトルは『美術鑑定家としての猿たち』。サルたちが一心不乱に何かの絵を見ている。額縁にはラベルが貼ってあり、『トリスタンとイゾルデ』とタイトルが記してある。中世の恋愛物語がテーマの絵らしい。値段は「一〇万ドル」とある。現在の金額に換算して約三〇〇万ドル、ざっと三億円ほど。

寄り添い合って暖をとるニホンザルの「サル団子」は、心を和ませるものがあるが、この絵のサル集団には異様な怖さがある。13匹と縁起も悪い。こんな連中に取り囲まれて因縁(いんねん)をつけられたら、半泣きで財布を差し出してしまいそうだ。

貪(むさぼ)るように絵に見入る「鑑定家」のサルたち。ユーモア、というにはあまりに冷ややかだ。それでいて、目を画面に吸いつけるような力がある。一体、この作者は何を考えてこんな絵を描いたのだろう?

調べると、どうもこの絵の制作動機には、ドイツのミュンヘンでの展覧会をめぐゴタゴタが関係していたらしい。この絵の作者、ガブリエル・フォン・マックスは、彼が出品を予定していた展覧会の作品審査の内容に不満をもち、わざと締め切り日を過ぎてから、この絵を展覧会にもち込んだそうだ。1889年のことである。

 

「これはいわゆる風刺画なんですね。画面の額縁の絵は彼の作品で、それを審査しているのはサルである、審査員には、自分の絵を理解できる者などいない、という意味なんでしょう」

 

――審査員はサル・レベルというわけですか。あからさまですねえ。しかし、それでいながら大変なクオリティです。展覧会の審査が不満っていう理由だけで、ここまでの作品を描けるもんでしょうか? サルがどれも生々しくって怖いんですが。

「売り絵ではなかったでしょうけど、でも迫力があるから欲しい人がいたかもしれませんね。

お金持ちといったところで、日本人の家はたかが知れていますが、向こうの大貴族の城とか別邸で、部屋が何十もあるようなところだったら、それこそクンストカンマー的にこうした珍しい絵を飾りたい、という人もいたでしょうし。ターナーなんかも、依頼がなくても描いて壁にかけておいて、それを見た人が値をつける、という売り方をしていたんです」

 

――このガブリエル・フォン・マックスという画家は、聞いたことがない名前ですが、どういう人なんでしょう?

 

「19世紀のドイツ人で、奇跡の聖女『カタリーナ・エメリッヒの法悦(ほうえつ)』という絵がよく知られています。画家なんですが、実は貴族でもあった人です。『フォン』というのは貴族の称号です」

 

――貴族なのに画家ですか。西洋社会の階級制においてはずいぶん変わり種ですね。公家(くげ) でありながら実は剣豪という『柳生(やぎゅう)一族の陰謀』の烏丸文麿(からすまあやまろ)を思い出しました。白塗りのお公家様なのに、敵忍者をバッサバッサと斬り捨てて……。

 

「私も見ました。あのシーン、面白かったですね。それはともかくマックスですが、先史時代の民族の研究家でもあり、また自分でもサルをたくさん飼っていたらしいんです。変人の部類かも」

 

たしかに変わっている。調べると、この画家はさらに、催眠術、超心理学、ショーペンハウアーやインド哲学などに興味をもち、7万点にも及ぶ人類学における膨大な科学的コレクションを有していたという。好事家(こうずか)の域をはるかに超えている。

その中でも、特に大きな関心をもっていたのが、ダーウィニズム、つまり進化論であった。

たしかにこの画家は、ダーウィンと同時代に生きている。ダーウィンがかの有名な『種の起源』を著したのは、ガブリエル・フォン・マックスが青年だった頃だ。

生物の進化について書き記したダーウィンの『種の起源』は、世間に激烈な反応を引き起こした。何しろ「すべての生物は神がお造りになった」という当時の常識に、平手打ちを食らわすようなものだったからだ。

 

「『あなたの先祖はワニです』って言われたら、私たちだってぎょっとするでしょう。当時のヨーロッパの人々は、そんな印象を受けたのではないでしょうか。当時の人にとっては、サルは暗黒のアフリカ大陸に生きる、得体の知れない動物というイメージも強かったようです」

 

――西洋人がサルにそんなネガティブなイメージをもっていたというのは、よくわからないですねえ。おさるのジョージの立場がないです。

 

「それだけではありません。サルはヨーロッパでは長いこと、罪、悪徳の象徴でもあったのです」

 

(つづく)

 

 

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怖いへんないきものの絵

2大ベストセラー、『怖い絵』の著者・中野京子氏と、『へんないきもの』の著者・早川いくを氏。
恐怖と爆笑の人気者がコラボして、爆笑必至なのに、教養も深まる、最高におもしろい一冊『怖いへんないきものの絵』を、たくさん楽しんでいただくためのコーナーです。

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中野京子

作家、ドイツ文学者。北海道生まれ。西洋の歴史や芸術に関する広範な知識をもとに、絵画エッセイや歴史解説書を多数発表。新聞や雑誌に連載を持つほか、テレビの美術番組に出演するなど幅広く活躍。特別監修を務めた2017年開催「怖い絵」展は入場者数が68万人を突破した。『怖いへんないきものの絵』、「怖い絵」シリーズ 、「名画の謎」シリーズ、「名画で読み解く 12の物語」シリーズ、『美貌のひと 歴史に名を刻んだ顔』など著書多数。

早川いくを

著作家。1965年東京都生まれ。多摩美術大学卒業。広告制作会社、出版社勤務を経て独立、文筆とデザインを手がけるようになる。近年は水族館の企画展示などにも参画。最新刊『怖いへんないきものの絵』のほか、『へんないきもの』、『またまたへんないきもの』、『カッコいいほとけ』、『うんこがへんないきもの』、『へんな生きもの へんな生きざま』、『へんないきものもよう』、訳書『進化くん』(飛鳥新社)など著書多数。

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