
先日、書店員のSさんが来店し、雑談の折に「辻山さんのところは、スリップがなくなっても困らないの?」と尋ねられた。本の業界以外の人にとっては、あまりなじみのないことばかもしれないが、スリップとは書店に並ぶ販売前の本に挟まっている紙のことである(丸い頭がちょこんとページのあいだから飛び出しているアレです)。以前は主に本を管理するために使われていたが、昨年あたりから、そのスリップを本に挟み込むことをやめる出版社が急増しているのだ。
困るか困らないかでいえば、非常に困る。大きな出版社は、「売上データを集計するPOSレジが入っていない書店など、この時代にありえない」と思っているであろうから、TitleのようにPOSレジを使っていない、時代錯誤な店のことは想像もしないのだろう。スリップは売れていった本の代わりに手元に残るので、それを使って売れた本を確かめ再注文するなど、色々と使用方法はあるのだが、それについてここで詳しくは書かない。
むしろわたしが気になるのは、用途というよりはスリップのない本の〈見た目〉だ。スリップを挟んでいない本は、人の家の本棚や新古書店の本棚に並んでいる本と、きれいなことを別にすれば何ら変わりがないように見える。つまりスリップとは、その本が「誰も手を付けていない新刊本である」と一目でわかる証なのだ。
これまで書店では、客がレジに持ってきた本のスリップを抜き、それを渡した瞬間に、その本は客のものになるという流れがあった。スリップのない本は、そもそも誰の本だか一見してわからないし、すべてがスリップのない本で埋め尽くされた書店は、それが新刊書店かどうかも判別がつかない(新刊と古書を一緒に扱っている店のことを想像してほしい)。〈わが社の経費削減〉のためだけに、スリップをやめる方向に流れているのだとすれば、「それはもう少しよくお考えになられては?」と言いたい。
今回のおすすめ本
『フィリップ・ワイズベッカーの郷土玩具十二支めぐり』フィリップ・ワイズベッカー 青幻舎
近すぎてあたりまえのように思っているものの価値を、誰かに教えてもらうことがある。実家の押し入れに眠っている古い郷土玩具も、改めて見ると独創的なフォルムが新鮮に思える。外国人の視点から、各地に息づく手仕事を訪ねた紀行文。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2022年5月14日(土)~ 2022年5月30日(月)Title2階ギャラリー
Essential
~『Essential わたしの#stayhome日記 2021-2022』刊行記念・今日マチ子作品展~
漫画家の今日マチ子さんが「#stayhome」の日常を描くシリーズの第2弾『Essential わたしの#stayhome日記 2021-2022』(rn press)を発売。コロナ禍の日常を描いた本作は、東京をはじめとしたさまざまな街を美しい色彩で切り取っています。作品展では本書から厳選した作品を展示いたします。会期中はオリジナルグッズも販売、作家の在廊も予定しています。要チェックです。
◯2022年6月2日(木)~ 2022年6月20日(月) Title2階ギャラリー
ポルトレ Portrait
『ポルトレ 普及版』刊行記念 上田義彦写真展
20世紀末から今世紀はじめにかけて、上田義彦が月1回のペースで撮影した38人の肖像を収めた『ポルトレ』が、この度田畑書店より普及版として刊行されます。Titleではそれにあわせて、安岡章太郎、大野一雄、白川静、大島渚、山田風太郎、三浦哲郎など、同書から作家や芸術家を中心に選んだポートレイト写真を展示します。
◯『すばる』で新連載が始まりました
連載タイトルは「読み終わることのない日々」。本の一節から自由に想起したエッセイです。『すばる』4月号(毎月6日発売)からスタート。どうぞお楽しみに。
◯【書評】
[NEW!!]北海道新聞 2022.04.03
『共有地をつくる』平川克美(ミシマ社)/生きやすい社会生む「接点」 評:辻山良雄
[NEW!!]「午後を贅沢にするおいしい紅茶と本」キリンビバレッジInstagram
「午後の紅茶に合う3冊」選:辻山良雄
本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。