Titleはこの1月10日、開店してから4年目の日を迎える。開店した当時は、前職からの知り合いや、SNSを通じて開店を知った人たちで店内は賑わい、毎日がお祭りのようであった。さすがにその熱はもう残ってはいないが、店を気に入りそれぞれの頻度で足を運んでくださる人の顔、顔はわからないが、全国各地から定期的に本を注文してくださる人の名前が、いまその代わりに思い浮かぶ。
店をやるものにとって「時が経つ」とは、そのように目のまえにいる人が変わっていくことでもある。その変化は一定しないが、新しい人を迎えているあいだは、店の原動力となる種火が消えることはない。
人はスイッチの入った状態になったとき、本に限らずモノを買う。次々とオープンする新しい店、毎日どこかの場所で行われているイベント、スマートフォンに流れてくる誰かの〈バズった〉投稿……。人が本屋に足を運び本を買うには、「それが読みたいから」という理由だけでは、もう足りないのかもしれない。平坦な日常のなかで本は中々売れていかないから、売るものは無理にでもその買うべき理由を作ろうとする。もちろんそれは売るものにとって無理も伴う〈苦しい〉ことであり、知らないあいだに心を蝕むものでもある……。
本屋に流れるほとんどの時間は代わり映えのしない日常で、それは店主にとっても、店に来るお客さんにとっても同じことだ。そのなかで、いかに来る人の手を取って、その生活の中に本をしのび込ませることができるか。「あたりまえ」の時間で培ったものこそ、その人が生きるうえでの「あたりまえ」になる。平坦な日常が、本が生き延びるための主戦場であることに、今も昔も変わりはない。
本屋はいまを生きる人の、多様な声が行き交う場所である。その場所がこれからも存在し、その面白さに目を留めてもらうために、自分がこれからできることは何か。この一年は初心に帰り、そのことをしっかりと考えてみたい。
あけましておめでとうございます。今年も「本屋の時間」をよろしくお願いします。
今回のおすすめ本
料理はその栄養のみが、人の糧となるのではない。何を作るかを考え、実際に手を動かすことが、自分を明日へと連れていくのだ。鬱期につけた、毎日の料理の記録。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
○2024年9月20日(金)~ 2024年9月30日(月)Title2階ギャラリー
「なぜ自分の家族の作品を作るのか?」写真家木村肇の写真とインタビューで、作品制作の背景をたどった書籍「嘘の家族」の刊行を記念して、写真展を開催します。早くに亡くなった両親の存在を隠し続けてきた作家が、実家の部屋をギャラリースペースに再現し、嘘か本当か、曖昧な家族の記憶を行き来するような作品を展示します。
◯【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
◯【書評】NEW!!
『決断 そごう・西武61年目のストライキ』寺岡泰博(講談社)ーー「百貨店人」としての誇り[評]辻山良雄
(東京新聞 2024.8.18 掲載)
『うたたねの地図 百年の夏休み』岡野大嗣(実業之日本社)ーー〈そのもの〉として描かれた景色が、普遍の時間へと回帰していく瞬間 [評]辻山良雄
(Webジェイ・ノベル 掲載)
◯【お知らせ】
我に返る /〈わたし〉になるための読書(2)
「MySCUE(マイスキュー)」
シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第2回が更新されました。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。
毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
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本屋の時間
東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。