生来のケチである。歳を重ねたら鷹揚になるかと思いきや、年々ケチ度が増している。とくに酒場に入るとまず生中、つまり生ビール中ジョッキの価格をチェックし、50円でも高いと恨めしく思う癖が抜けない。
スターバックスのドリップコーヒーや、マクドナルドのハンバーガーの価格を、各国の物価水準の物差しにするという考え方があるが、私にとって、生中がそれである。店全体の価格帯を推し量る。ただし、ビールだけ割安にして案外つまみは高いというトラップもたまにあるので注意は必要だ。
昨年の夏、娘と彼女の恋人、私と夫の四人で野球観戦をした。明治神宮球場のヤクルト阪神戦に急に行けなくなったという方からチケットを四枚譲り受け、前日に決まった。
それまで娘の恋人と酒を飲んだことは一度しかなく、それも店に途中から合流した程度で一時間足らずだった。
夫にいたっては、挨拶しかしたことがなかった。
夕暮れの空の下、気持ちものびのびとしてくる。そのうえ全員酒党、とくに彼はビールに目がないという。
猛暑日で、客席の通路を渡り歩くビールの売り子の額にも汗が光っていた。まさに絶好の生ビール日和だ。
重そうなタンクをかつぎ、階段を笑顔で昇り降りしている売り子のお嬢さんたちの背中も軽くしてやりたい、なんてことは思うはずもなく、ただただ喉をあの冷たい黄金色の液体で潤したい。夫は座席で四人が揃うなり、ビールの売り子に指を四本立てた手を振る。
「一杯900円です」
はつらつとした笑顔で告げられた夫はほんの一瞬、私以外誰も気づかないほどわずかに、動きを止めた。夫も、私に負けず劣らずのケチの始末屋なのである。
しかしすぐに、まあそんなもんだよなという表情で、財布から千円札を四枚取り出していた。
するんするんと、喉元を爽快が通り過ぎてゆく。気を利かせて娘の恋人が買っておいてくれた唐揚げやらポテトやらの塩味が、また冷たい苦みに合うこと。皆、うまそうにあっという間に飲み干した。
また四杯。さらに四杯。通路側に座った、ふだん私に負けず劣らずケチな夫が次々、楽しそうに手を上げる。
時々私が出したり、「次は僕らが」と若者たちからもお金が回ってくる。千円札や万札がどんどん売り子さんのウエストポーチに吸い込まれていく。
途中、場内の売店で、娘の彼がまた、ビールや焼きそばやたこ焼きを買ってきてくれた。
夏の球場の生ビールは、飲んだ端から汗になって蒸発するかのように、何杯飲んでも「もうおなかいっぱい」にならない。
夫はアイスクリームを挟んだりするのだが、またビールに戻る。
無粋な私は2万円までは心のなかで数えていた。おいしいし楽しいし、気分は最高なのだが、紙コップでこの金額か。居酒屋なら大ジョッキでも900円はしないぞ。
「球場のビールって高いね」
当たり前のことを夫にささやく。心底嫌そうに一蹴された。
「そんなこと、ここで言うなや。俺は今日はそのつもりで来たで」
なにか大切なことを心に決めたような横顔をしている。私はにわかに自分のみみっちさに嫌気が差し、カウントをやめた。
帰り道、明治神宮から渋谷まで四人で歩いた。
夜になっても抜けない暑さのなか、なんだか私は名残り惜しく「涼しいところでもう一杯だけ飲まない?」と娘たちを誘う。
適当に路地を曲がり、目についたダイナーで一杯ずつ飲んだ。ホールスタッフは白シャツを着ていて、わりあいきちんとした店だった。
私はジンリッキーを、他の三人はなんだったか。お通しに来たちょっとしかない野菜スティックは上品な切り方で、ガーリック風味のディップも洒落た味だった。「もっとくれ」と夫が私のお通しを取ろうとするので断った。彼は、頼んでもないものがきて追加料金をとられるお通しシステム反対派である。
少し休んで、腰を上げた。恐縮する若者を前に、もちろん誘った私が払った。お通し付き一杯2千円くらいだった。
エアコンで涼しくて、椅子も硬くないし、ビールは紙ではなくグラスに入っている。
しかし、その一杯より、球場の熱気の中で飲む生中のほうがずっとおいしかった。
初めて肩を並べる娘の恋人と四人で同じ方向を見て手を叩き、三振すれば「おいおいっ」とつっこみ、笑ったり怒ったりしながら飲む生ビールが、900円だろうがなんだろうがナンバーワンだ。
一年後、娘の恋人は家族になった。
四人で初めて飲んだ夏空の一夜を思い出すたび、金勘定をしていた無粋な自分と、夫の横顔が浮かぶ。あの日夫は、娘の大切な人と、とことん飲もうと決めていたのかもしれない。
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金沢で、ウイスキーをもう一度

お酒をほんとうに美味しいと思ったのは、37歳になってからだった――。子育てに奔走した時代から、少しずつ自分の時間を使えるようになって目覚めた「お酒」のこと。時間を惜しみながら飲み始めた地元・下北沢での日々、東京のさまざまな場所、そして金沢や沖縄、秋田、パリやアイルランドなど旅先での忘れられない1杯まで。珠玉の酒エッセイ。










