結婚式を2回した。
一度目は双方の実家の中間地点、かつ互いの母校のある愛知県で。親族用の、いかにも当時の名古屋らしい、かっちりとした結婚式場だった。お色直しは3回で、気恥ずかしくなるような「ザ・結婚式」である。
二度目は半月後。
東京で、仕事仲間や友達を呼ぶ会費制の、くだけた実行委員会形式である。
ホテルの宴会場で、出し物やら川柳コンテストやら夫婦漫才やら、やりたい放題であった。
後者は、三月(みつき)前から実行委員会を立ち上げ、隔週で我が家に集まって打ち合わせをした。
今思えば、みな忙しいのに、よくぞ付き合ってくれたものである。新婚の、狭い2Kのアパートに、6、7人が集まって演出や段取りを考える。御礼は、拙い私の手料理と酒だ。ああ、本当に申し訳ない。
結婚後も、仕事で連日終電帰りで、ろくに料理もせず、家事全般がひどいありさまであった。
そのくせ実行委員会があるときだけは、友達の前でいい顔をしたくて料理を張り切る。
このとき全面的に頼ったのが、『森瑤子の料理手帖』という料理本だ。雑誌のような大判で、エッセイとカラーの料理写真とレシピ付きだった。
当時は向田邦子や宇野千代など、女性作家の料理や暮らしにまつわるエッセイが人気だった。
グルメで知られる森瑤子さんは、イギリス人と結婚し、与論島に別荘を持ち、作品の主人公たちと同じように、プライベートでも男友達が多い。艶っぽくて、どこまでもおしゃれな作家が作る料理が、洒落ていないはずがない。
なぜ世田谷のはずれの駅から徒歩17分の狭いアパートに住む、連日終電帰りの料理をしない女が、彼女のそれを手に取ったのか。都会の洗練と官能をまとった彼女の小説も、代表作の『情事』以外読んでいない。
唯一思いあたるとすれば、巻頭の、浜辺で仲間と手料理を囲んだ写真である。もう手元にないため、ネットで調べたところ章タイトルは、「第1章 ヨロン・潮風の食卓」。
海辺の別荘で男女の友人を招き、風のなかで食卓を囲んで微笑んでいる。
上京4年目、世間知らずの私には、衝撃の構図だった。東京のほかにも家を持ち、こんな優雅な暮らしをしている人が実在しているなんて。
一枚の写真が、鮮やかに脳裏にはりついている。
たしかひと抱えもある大きな木桶に氷と、透き通った液体と、清々しい浅緑色のひらひらしたものが浮いていた。
説明文には「ヨロン・パンチ」とある。
浮いているのは胡瓜で、私の記憶が正しければ、それを縦に長く薄くスライスしていた。
与論島のサトウキビで作る黒糖焼酎とサイダーを半々に割り、ざーっと桶に入れる。胡瓜の薄切り、氷を入れて、大きな木製の杓子ですくってそれぞれのグラスに注ぐ。
インパクトが強い南国のその酒は、キラキラと太陽が水面に反射していて、胡瓜の薄緑がどこまでも涼やかだ。
酒に胡瓜を合わせるという発想がまったくなかった私は、目を丸くした。あの頃は、キューカンバーというカクテルの存在も知らなかった。焼酎の黒糖、芋、麦、米の違いもわからなかったと思う。
早速作ってみたくなった。そうだ実行委員会の夜に、と思いつく。祝いでもらった大きな鉢がある。あれで代用しよう。
本にあるとおりの黒糖焼酎を買い、あとは当日、見よう見まねでどーんと作った。
訪れた仲間たちが、鉢を見るなり口々に「わあ! なにこれ」とのぞきこんだ。
背の低いどっしりしたグラスに注ぎわける。木杓子はないのでお玉で、氷ごと。
ひと口含むと、すーっとのどの奥に、清涼が落ちていった。焼酎に、胡瓜の青い香りがほのかに移る。炭酸で薄められているので、するすると飲めた。
森瑤子は、黒糖焼酎は遠くでラムの風味がすると書いていた。どちらもサトウキビ由来だかららしい。学生時代の、安くて甘ったるいカラオケルームのラムコークしか知らない私は、ラムの本当のおいしさまで触れられたように感じた
結婚式は6月の末で、特別に暑い年だった。実行委員会のその日も、やたらに蒸し暑かったのを覚えているのは、あのみずみずしい香りと、喉を通り抜けていく涼やかさの記憶が鮮烈だったからだろう。
みなの「わあっ」と喜び、上気した顔。森瑤子になった気分で杯を勧める私の得意顔。外のうだるような暑さ。夫婦漫才の台本メモ。いろんな断片がひとつながりに浮かぶ。
思えばあれが、拙い私のおもてなし、最初の記憶である。
ヨロン・パンチはそれ以降、作っていない。
翌日、空前の二日酔いで、二度と作るものかと思った。
森瑤子さんは自分の適量もちゃんと心得ているんだろう。それも含めて大人だな、でもちょっと欄外に「飲みやすいので注意」と書いてほしかったなあと、もてなし初心者は思うのであった。
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金沢で、ウイスキーをもう一度

お酒をほんとうに美味しいと思ったのは、37歳になってからだった――。子育てに奔走した時代から、少しずつ自分の時間を使えるようになって目覚めた「お酒」のこと。時間を惜しみながら飲み始めた地元・下北沢での日々、東京のさまざまな場所、そして金沢や沖縄、秋田、パリやアイルランドなど旅先での忘れられない1杯まで。珠玉の酒エッセイ。










