いつからか、スマホのあるところでじっくり本を読めなくなった。少し読んでは、用もないのにスマホをのぞく。気になったフレーズを記録したい、または言葉の意味を調べたくて途中でスマホを開いたら、ついでにネットニュースをちょっと見て、そうそうさっきアップしたインスタグラムのリアクションはどうかなとチェックしてしまう。2、3分のつもりが気づいたら30分経っていたなんてことも、恥ずかしながら少なくない。
週刊誌の書評を輪番で担当していることもあり、毎月なにかしら同時で読んでいる。
ただ不思議なもので、資料本──取材相手の著書や執筆テーマの関係書籍──ならどこでも読める。スマホ閲覧による中断も苦にならない。
ところが、小説や詩集を味わうときは脳の回路が違うのか、上記のようにスマホの道草が邪魔になる。作品世界に没入したまま、最後まで読み切りたいからだろうか。そして読後は余韻に浸りたい。
まだ書評に取り上げるかわからない、純粋に読み物として味わいたいときは、後者になる。
このような事情から、つい最近まで集中して本を読みたい時は次の三箇所だった。風呂場、寝室、喫茶店。どれもできるだけスマホを持ち込まないと決めているスペースだ。喫茶店へはスマホを置いて家を出るので、途中ドラッグストアでトイレットペーパーを買いたいのにクーポンアプリを使えず、悔しい思いをすることもある。
そうまでしなければ本に集中できないのはなかなか情けないのだけれども。
そんななか、最近スマホ持参でも平気なうえに酒付きの素晴らしい読書スペースを見つけた。日曜昼下がりのファミレスである。
これはヘッドフォンを買ったことが大きく影響している。
この時間帯のファミレスは客がぐっと少なくて、ディナータイムまで静かだ。いきおい最高の読書空間になる。
しかし、ひとりで行くと狭い席に通されがちで、隣にお喋りをするふたり客が来ようものなら、読み手としては悲惨な状況に。本を閉じ、あとはただ頼んだ料理を手持ち無沙汰で、黙々と消化する羽目になる。
だからヘッドフォンが重要なのである。環境音楽を周囲のざわめきが消えるくらいの音量でかける。すると自分だけの癒しの異空間が誕生する。
よく利用するのは、中華チェーン店のバーミヤンだ。小皿のつまみ、酒、小説の黄金セットがたまらない。
日曜の午後1時半か2時頃から、家事や用事を終えて、あとはもうなにもすることのない状態にして出かける。
観劇や友達と会うなどの用事はなるべく土曜にまとめている。日曜の午後まで目一杯遊ぶと、体力的に堪える年齡になった。できればその時分はゆったりと心身を休め、月曜からの労働に耐えうる英気を養う時間にしたい。いっぽうで、考えてみれば子どもが幼いころはままならなかったが、日曜という贅沢な予備日は、この年になって得たご褒美ともいえる。
さて、ここで欠かせない至福の脇役が酒である。
ソフトドリンク飲み放題という選択もあろうが、そこは日曜日というバカンス気分を優先したい。書評用といえどもまだ選書段階だ。休みは仕事を忘れたい。
ほろ酔い気分で、文学の世界に風呂のようにどっぷりとつかり、一流の書き手たちが磨き上げた文章の綾を堪能したいので、酒は必須だ。
ただし、飲み方にはちょっとした自分のルールがある。
生ビールはグラス一杯にとどめて、別の酒に替えること。どんなに喉が渇いていても、立て続けに飲まず、途中ノンアルコールを挟むこと。
理由は、読みながら飲むのでどうしてもゆっくりペースになり、ジョッキだと半量すぎたころからぬるくなってしまう。そこでグラスを注文するわけだが、別の罠もある。生ビールというものは、その特性から、どうしてもテーブルに届いたらすぐ旨いうちに飲み干したくなる。結果、二杯三杯と重ねるといやがおうにも急ピッチになり、途中で小説の内容がわからなくなる。つまり酩酊しやすいというわけだ。
それでは読書飲みの本末転倒になる。
たとえば先日はこんな具合に飲んだ。
まず、グラスビールと蒸し鶏の胡麻ソースと中華風漬けまぐろ~秘醤ソースを頼んだ。
バーミヤンは「逸品小皿」というシリーズが充実していて、200~400円台の気の利いた冷菜や点心、焼き物が20種近くある。一部の料理は季節ごとに変わる。
つまみに最適で、お腹が膨れ上がらない。野菜もちょっと摂りたいなあという中途半端な健康志向をも満たしてくれる。
蒸し鶏には、ちゃんと千切りキャベツが皿に対して物足りなさを感じさせない分量で敷かれていて、コクのあるピーナツ風味のソースがかかっている。漬けまぐろは“台湾展フェア”限定のメニューで、秘醤ソースなるタレが驚くほどおいしかった。ポン酢でも醤油でも甜麺醤でも干しエビ香るXO醤でもない。深みのある味わいで、欲深い私はマグロを食べ終えたあとも、タレを残しておいた。最後に餃子3個入りを頼んで、そこでも試す目論見である。
小皿を最初にふたつ頼んだのは、口淋しくなって読書を中断したくないからだ。これをゆっくりつまみながら、2杯目は黒霧島のソーダ割りにする。
目が疲れたら窓に目をやる。道に面した大きな窓のむこうで、のどかな5月の太陽が若葉を照らしている。キリっとしていながら主張が強すぎない芋焼酎はこの風景によく合う。
価格が財布に優しいタイプのファミレスは、ともするとビルの地下だったり、はなから窓の風景は諦めたりしがちが、日曜の明るいうちから飲む酒は、景色込みで味わいたい。そのため日頃から心地よい立地の店舗の見定めに余念がない。
ファミレスに置かれる焼酎は万人受けがする、つまり間違いのない味で、芋の個性が強すぎない通称・黒霧は、昼間の軽い酒タイムにしっくりくる。
3杯目はノンアルコールのシャルドネスパークリングテイストを。それにしても、「秘醤ソース」といい「シャルドネスパークリング」といい、バーミヤンのネーミングは、いかにも気分を上げてくれるよなあと感心する。安かろう悪かろうでたまるか、ノンアルでも、飲んだ気になる命名だぞという気概を感じる。
と、盆で持ってこられたのは、氷の入ったグラスと「アサヒ スタイルバランスシャルドネスパークリング」の缶だった。缶。命名は、バーミヤンではなくアサヒの手柄だった。
市販の缶だからといって、気分をしぼませてはもったいない。蒸し鶏とまぐろをつまみに、冷えたグラスで飲むそれは、外食の味に違いない。ファミレスであれ、ケとハレでいえば、充分にハレの時間なのである。
これらを平日や飲み会とは違う速度で、ゆっくり楽しむ。
メインディッシュは小説だ。店内はガラガラで迷惑そうでもない。げんに、運んでくる店員さんは、毎回去り際に「ごゆっくりおすごしください」と言う。マニュアルであっても、安いつまみばかり頼んでびくびくしながら長居をしている中年女性にはありがたい言葉である。
窓の外が夕方の気配をまとい始める頃、本格焼き餃子3個入りとレモンサワーで〆る。
いい具合に小腹も満たされたので、帰宅後の夕食は軽めになった。ワインと作り置きの野菜料理とチーズ、そんなものである。お腹がすき始める前、いつもより気持ち早めに床につく。
おかげで胃腸がスッキリした状態で、月曜を迎えられた。
我ながら心地良い日曜のルーティンだなと思う。買い物だの、コインランドリーで毛布の洗濯だの、のんびり読書飲みばかりでもないが、月に一度でもこういう昼下がりがあると、心のバランスがとれる。
そうそう、肝心なことを。
このときの小説は短編集がベストである。一篇ごとに酒でひと息入れながら、気持ちを切り替えられる。なにより、アルコールが入っているので複雑な長い話は向かない。
一度、人に勧められた『文読む月日(上)』(トルストイ著、ちくま文庫)を読んでおかしな目に遭ったことがある。トルストイが古今東西の識者の名言や文学から教訓的な一文を日記風に記した365日の箴言集だが、気づいたら3時間、1月の4ページをずっとぐるぐる読んでいた。酒が届くたびに今、何月何日を読んでいるのかわからなくなるのだ。
同じ日を読んでいることにも気づかなかった。トルストイに謝りたい。
以上の注意事項を守れば、酒とファミレスと本は最高に相性がいい。

金沢で、ウイスキーをもう一度

お酒をほんとうに美味しいと思ったのは、37歳になってからだった――。子育てに奔走した時代から、少しずつ自分の時間を使えるようになって目覚めた「お酒」のこと。時間を惜しみながら飲み始めた地元・下北沢での日々、東京のさまざまな場所、そして金沢や沖縄、秋田、パリやアイルランドなど旅先での忘れられない1杯まで。珠玉の酒エッセイ。










