夕食前、ふと入った金沢のホテルラウンジで、シングルモルトウイスキーと出会った。十余年前のことだ。そのかぐわしい香りとチョコレートのようなほのかな甘い余韻に衝撃を受けたのは、『ある日、逗子へアジフライを食べに』に詳述した。
そのとき、東京に戻ったらすぐ、こういうバーに行ってみようと思い立った。
前々からなんとなく、最寄りの駅から自宅までの途中に、気になる店はあった。
瀟洒な造りのマンションの1階。大理石の浅い3段を上がった先に扉があり、傍らには上質な鉄製の手すりが設えられている。きちんとデザインされているが、華美ではない。扉は厚そうな漆黒の鉄製で、壁は白い漆喰塗りだ。一見するとヨーロッパの平屋の邸宅のようだ。だが、窓がない。おまけに看板もないので謎めいている。
夜、深い時間になると、ドア前に控えめに置かれた小さなランプが灯る。
きっとバーに違いないと、スマホで調べるとそのとおりだった。数少ない写真投稿──のちに知ることになるが、バーで写真を撮るのはひどく野暮な行為だ。携帯電話の強い光も雰囲気を壊すのでしまっておきたい──による室内は、金沢で見たような落ち着いた陰影のある大人の空間で、バックカウンターにはボトルがずらりと並び、クラシックな佇まいを感じる。
しかし、値段がよくわからない。一杯はいったいいくらするんだろう。
金沢ではバーテンダーの粋なはからいで、雑談の末にテイスティングをさせてもらったので、お代を支払っていない。
なにしろ初心者で、自分の意志でクラシックなバーに行ったのが、その何日か前の金沢が初めてなのだから、おおいに気後れした。
入りにくそう。前を通るたび、まずそう思う。
ご近所ママ友のぽんさんと、行ってみようか。
彼女とは長男の年齡が一緒で、付き合いが長い。同じ働く母で、たまに子どもの世話や家事が一段落する21時過ぎ、下北沢界隈で一、二杯飲んでいた。当時は、早朝の弁当作りや夜の塾の迎えがあるので無意識のうちに自制していて、自分は酒がとりたてて好きでもなんでもないと思い込んでいた。
下の子の中学合格発表日にタガが外れて泥酔するみっともない経験をしたのは、この金沢ウイスキーのほんの少し前だ。
ぽんさんも酒は強くないが、好奇心が強くフットワークが軽い。たいていの提案は「うん、行こう行こう」とおもしろがって賛同する。
今回も、素敵なところがあるから行ってみないかと誘うと、ふたつ返事だった。
夜も更け始めたころ待ち合わせをして、例の店まで案内した。
ところがここで、私たちは大きく判断を誤ることになる。
いつもの貧乏性が出てしまい、急に酒代が怖くなったのだ。居酒屋のように「日本酒450円から」「金目鯛700円」などと朱書きされた黒板があるはずもない。そもそも店の看板もないのだ。
「値札のないお寿司屋さんって怖いよね。あれと似てない?」
「チャージが2500円とかだったらどうしよう。座っただけでふたりで5000円だよ」
「やだ今日お金そんなに持ってきたかな」
「それで柿ピーとかが、ちょこっと豆皿に出てくるだけなんだよ、きっと」
「もうちょっといいもの出してくれるでしょう、チーズとか生ハムとか」
「ウイスキーにハムってどうなの」
なんとなく後ずさりしたまま、私たちはそこを通り過ぎた。
行くあてはない。
しばらく路地をのろのろ歩き回っていると、また小さなバーを見つけた。細い路地の奥という立地に、前述のバーと同じ隠れ家っぽい雰囲気を感じた。
今度は店名があり、窓枠のボードにメニューが書かれていた。ビール(カールスバーグ)500円、カクテル各種600円から、バーボン、スコッチ、ウイスキー各種……。古い記憶なので数字は定かではないが、とにかく手頃だった。
さっきの店と違って窓があり、なんとなく中の気配もわかる。薄暗いが、窓辺に飾られた小さな光のモールの連なりはいかにもDIYで、全体にカジュアルな、海の家の近くにありそうな佇まいだ。
私たちは安心して扉を押した。
ドアベルがカランカランと鳴った。
気さくそうな店主が出てきて、奥にタバコを吸いながら男女でわいわい言っているグループがいた。
金沢で見たボウモアやラフロイグ、アードベッグのボトルはどこにもない。ジムビームやジャックダニエル、赤いカンパリや水色のボンベイサファイアが並ぶ。ビールは、グラスと緑色のカールスバーグの缶が出てきた。
地元の中年女ふたりに居場所はないと、一秒でわかった。
つまるところ、オーセンティックなバーとカジュアルなバーと、その違いもよくわかっていなかったという話である。
酒の徒からしたら当たり前かもしれないが、そのくらい右も左もわからない無知だった。
ただ、金沢で衝撃を受けたあのスモーキーなウイスキーをまた飲みたいという気持ちだけは変わらずくすぶり続けていた。
十日ほどおいて、無事、ぽんさんと最初のバーに行った。
想像の百倍、洗練された居心地の良い大人の空間だった。
全体に照明を落としているが、正面カウンターやバックカウンターの下に間接照明が仕込まれ、バーテンダーのしなやかな手さばきは見える。30代後半に見える彼は、白いシャツに黒いタイの装いで、背筋がすっと伸びている。
客も全体に落ち着いた服装で店の空気に馴染んでいる。大声で話す人はおらず、かといって新参者の私たちをのけものにもしない。そっと温かく見守る感じで、なにかの折に私たちの会話にくすっと笑う、反応してくれるのが嬉しかった。20代らしき若者も居心地良さそうにひとりで飲んでいて驚いた。
カウンターの他にソファセットが一組と、本物の暖炉があった。東京でそれを見た記憶はほとんどない。
後ろの壁にはぎっしり古いレコードが収納されている。バーテンダーの私物とのことだった。
たしかに、どこか懐かしくあたたかな音質のジャズが薄く流れている。「今夜はこちらです」とカウンターの端に飾られたレコードジャケットを指さした。
「じつは、こういうバーというものに慣れておらず。でもお店の前を通るたびに扉の向こうはどんなだろうとどきどき想像しながら、憧れていたのです」
お代も怖かったと、正直に話した。
バーテンダーはほほえみながら教えてくれた。
「たしかに一杯のお代はお安くはありません。でもみなさん、ゆっくり一、二杯を楽しんで帰られる方がほとんど。居酒屋さんのようにガブガブ飲むところではありませんから、そんなに怖がらなくてもよろしいかと」
すっかりこの空間の虜になった私は、翌日ひとりで行った。そこまでが、自分なりに考えた計画のうちである。
ひとりで知らないバーに行くのは勇気がいる。だいたいバーの扉は重くて厚そうだ。あれを押した先にどんな世界が待っているか、店にそれまで流れていた空気を私が壊しはしないか、あるいは相手にされないのではないか。今でも、不安がある。
だから最初は友だちとふたりで。そして名前を伝える。
呼びやすいようファーストネームだけでよい。
バーテンダーから忘れられないよう、できれば翌日など時間を開けず、ひとりで行くのがコツだ。
小心者の私はそういうとき、開店まもない時刻を選ぶ。ゆっくり自己紹介をしたり、店のマナーを聞けたり、バーテンダーさんと話せるからだ。
新参者が遅い時間に行って、べらべらと常連さんのなかに入っていくのは失礼な気がして、今も初めての店はなるべくそうしている。
一見さんと思った客が間を空けずに来ると、バーテンダーはとても嬉しいのだとあとから聞いた。常連さんに育ってくれるかもしれないと、期待も抱くそう。とくに地元民は歓迎されやすい。遅くまで営業しているので、終電で帰らない地元客はありがたいんだとか。
そのバーは、移転するまで6年通った。
たくさんのお客さんと知り合いになった。大の音楽通のキク子を連れて行ったところ、「あんなに音楽の趣味が合う人はいない」とバーテンダーのセンスに魅了されていた。彼女がチケットを取り、バーテンダーの彼や友人を誘って4人でブルーノートへライブを聴きに行ったことも。
この店と出会っていちばんありがたかったのは、シングルモルトウイスキーの奥深い魅力を教えてもらえたことである。
まだ酒の種類も知らない新参者なので、「今日はこういうものを飲みたい感じです」とだけ伝えて、おまかせすることも多かった。すると「これなんてどうでしょう」「お好きかなあ」などと言いながら、見たこともないボトルを差し出されたりする。その酒のルーツや蒸留所、ストーリーを聞くのも楽しい。
レコードの、少しざらついた音のぬくもりも知った。
失敗もたくさんあるが、もうウイスキーを知らない日々には戻れまい。まちがいなく、人生を楽しむ引き出しを増やしてもらった。
初めてひとりで扉を押したときの、あの胸の奥の泡立つような高揚は今も体が覚えていて、もう経営が変わってしまったその店の前をたまに通りがかると、不意に蘇る。
それから私も何度か引っ越し、彼にもずいぶん会っていない。
思えば、酒場の作法も学んだ。おしゃべりのトーン、話題、隣客とのやり取り、詮索と距離感。追って記したいが、それらは人間関係を紡ぐ際にも応用できる有効な知恵でもあった。
私にとって、あれはたしかに大人の学校だった。

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金沢で、ウイスキーをもう一度

お酒をほんとうに美味しいと思ったのは、37歳になってからだった――。子育てに奔走した時代から、少しずつ自分の時間を使えるようになって目覚めた「お酒」のこと。時間を惜しみながら飲み始めた地元・下北沢での日々、東京のさまざまな場所、そして金沢や沖縄、秋田、パリやアイルランドなど旅先での忘れられない1杯まで。珠玉の酒エッセイ。










