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金沢で、ウイスキーをもう一度

2026.10.10 公開 ポスト

背徳の味。南の島にて大平一枝

 南の島と酒はよく合う。
 だが、二十日間滞在した島で、たった一杯しか飲まなかったことがある。

 日韓ワールドカップが目前だったから、ずいぶん昔のことだ。
 2歳と6歳を連れた家族旅である。夫も私もフリーランスの駆け出しで、なんでもかんでも仕事を受けて疲弊しきっていた。行き先は、フィリピンのセブ島のひとつ、カオハガン島という。

 

 幼児連れで行った知人に「とにかく、自然も食べ物も景色も素晴らしかった」と熱弁を振るわれ、他の地と比較することもなく、そこにした。大の大人が目を輝かせ、延々、島の素晴らしさを語るのである。
「店も食堂もなにもないけどゆたかで、魅力に溢れた島なんだよ。珊瑚に囲まれてて、どこを撮っても絵になる」
 彼女は写真家だった。
 店もない。なのにゆたか、という言葉に妙に惹かれた。写真家が惚れ込む島が、美しくないはずがない。

 けれども、なにもないとは、重大なことが気になる。料理は旨いのか。
「宿のお料理がどれもめちゃくちゃおいしいの! 魚や貝は島で採れたもの。肉や野菜は近くの島の新鮮なもので、醤油や魚醤ベースのフィリピン料理だよ。
 フルーツもマンゴーにパパイヤ、パイナップル。全部みずみずしいの!」

 日本人が経営する宿泊施設があり、そこだけ自家発電が20時までだけ使える。宿は他にないという。

 食事は若い専属の女性シェフがいて、朝はコンビーフや目玉焼きやフライドポテト、ご飯の時もあればパンケーキもある。昼と夕はおかず3品にご飯とデザートが必ずつく。肉団子やチキンや牛肉、魚のソテー、煮魚、ムニエルと、肉と魚料理のバラエティに富んでいるらしい。

 よしっと腹が決まり、初めてなけなしの貯金をはたいて三週間の旅に出た。
 そうしなければどうしようもないほどに、仕事と育児の両立が破綻していた背景はあちこちに書いてきたので割愛する。

 島は、本当になにもなかった。
 当時は自給自足で、島で採れた魚介類を近隣の島で肉や野菜に替え、物々交換に近い形でまかなっていた。
 電気と水道も通っていない。しかし生活水のために貯めた雨水は、日本の専門家が調べたところなんの問題もなく、むしろ水道水よりおいしいと言われたらしい。

 毎日我が子は島の子らと遊び、あとは家族でダラダラと日がな一日散歩か、海で過ごした。
 なにしろ電気がないので、夜の明かりは、月と星とキャンドルのみ。もちろん洗濯機もないので手洗いだ。
 宿の電気スタンドも20時までという生活に、子どもたちは驚くほど早く慣れていった。暑いが、日陰や夜は涼しい。汗だくの昼間は、海につかる。島民の子がそうしているので、わがままをいう気も起きなかったのだろう。
 ないならないで暮らせるものだなあと呑気に思った。

 ところが大人は、宿の食卓で往生した。
 冷たいものが飲みたい。
 冷蔵庫がないので、冷えたものが一切なく、朝から熱いミロかコーヒーか紅茶だ。燃料はおそらく薪か木炭である。散歩の途中、島で唯一の、おいしいココナツ入りパン(10円くらい)を不定期に焼く有名なおばさんがいて、私たちも偶然ありつけたときは、薪をくべたドラム缶で焼いていた。

 そんなわけで、宿で出る飲み物はすべて常温か熱いか生ぬるいか。島に店はないので、つまりはどこにも冷たい飲み物にありつけない。
 宿では追加で缶ビールを頼めるが、生ぬるいので飲まなかった。当時はまだ酒に目覚めておらず、飲みたいという気持ちもあまりない。
 しかし、キンキンに冷えた水やコーラは飲みたくてたまらない。
 キンキンへの欲求が薄れるのに一週間はかかったと思う。子どもの方がよっぽど諦めが早い。
 アイスを食べたいとごねられることもないので、親も我慢するしかない。大人をやるのも大変だ。

 最終日の前日。
 毎晩、宿泊客は食堂に集まり、宿のオーナーの日本人男性Sさんとひとつのテーブルを囲む。
 バンガローが数棟あり、ひとり客もいればカップルもいる。宿泊日数もばらばらだが、家族で3週間滞在は、我々だけだった。宿に2歳児が泊まるのも初めてとのことで、Sさんとも会話が増える。
「よかったら、今晩うちにいらっしゃいませんか」
 帰国の前日、不意にSさんが誘ってくださった。

 日本人の彼がどのようにしてこの島にたどり着き、宿や小学校を建てるまでになったか、その経緯については著書で知っていた。だがらこそ、実際の暮らしぶりに大きな興味があった。おひとりで、自家発電の限られた電気を使いながら、どう過ごされているのかと。

 子どもたちを寝かしつけたあと、夫といそいそと彼の母屋に向かった。
 たしか静かな茂みの向こうで、家のどちらかの方角に小さな崖があったような気がする。
 木々のなかに建つ、木造の開放的な母屋のテラスの丸椅子に腰掛ける。星あかりの下、Sさんがどこからか、縦長のグラスを三つのせた盆を運んできた。
「どうぞ。ラムコークです」
 冷えて汗をかいたグラスに、カランと氷のあたる音が涼しい。
「おお」
 思わず夫とふたり、声が漏れた。
 夢にまで見た冷たい酒が目の前にある。

「どうして冷えているのですか?」
 ここから先が、古い記憶なので心もとないのだが、「今日、大きな島まで買い物に行ったので氷を買ってきた」とおっしゃった気がする。それを氷室のようなところで冷やしていた、と。
 とにかく貴重で、この島最高の、至福のおもてなしであった。

 私たちは大事に大事に、その一杯を楽しんだ。もう一杯どうぞと勧められたが、ラム酒もコーラも、なにより氷も、ここでどれほど貴重なものかわかっている。とても、いただくわけにはいかなかった。

 ひと口含んだときの、パチパチと弾けるようなあの清涼感。
 島の料理や飲み物には、酸味代わりに欠かせないみずみずしい果実、カラマンシーの丸い実を半分にカットしたものが入っていた。皮は薄い緑で、果肉はオレンジ色だ。かぼすともライムとも違う、南国生まれの柑橘の強い香りがした。それがロンググラスに沈んでいる。
 甘い。スパイシー。冷たい。三つが喉の奥で跳ねる。あんな旨いラムコークはあとにも先にも飲んだことがない。

 子どもを置いてきたので、雑談ののち、二、三〇分でおいとまをした。
 夫とふたり、ランタンの灯りと星空を頼りに、茂みをかきわけながらバンガローに向かう。
 ともに無言だった。
 たった一杯、体を駆け抜けていった冷たい刺激に、自分たちだけがとんでもない秘密を知ってしまったような、ひそやかな昂揚を覚えていた。

 翌朝なに食わぬ顔をして、子どもたちと熱いミロをすすった。Sさんはどんな顔をしていたか覚えていない。

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金沢で、ウイスキーをもう一度

お酒をほんとうに美味しいと思ったのは、37歳になってからだった――。子育てに奔走した時代から、少しずつ自分の時間を使えるようになって目覚めた「お酒」のこと。時間を惜しみながら飲み始めた地元・下北沢での日々、東京のさまざまな場所、そして金沢や沖縄、秋田、パリやアイルランドなど旅先での忘れられない1杯まで。珠玉の酒エッセイ。

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大平一枝

文筆家。長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に「東京の台所」シリーズや『人生フルーツサンド』『こんなふうに、暮らしと人を書いてきた』『そこに定食屋があるかぎり』など。「東京の台所2」(朝日新聞デジタル&w)、「自分の味の見つけかた」(ウェブ平凡)、「遠回りの読書」(サンデー毎日)など各種媒体での連載多数。

HP:https://kurashi-no-gara.com/

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