ハイパフォーマーとは、一時的に成果を出した人ではなく、環境や状況が変わっても、一定以上の成果をあげ続けている人。「ハイパフォーマー研究」をライフワークとし、これまで3000人以上のハイパフォーマーにインタビューを重ねてきた、人事・組織コンサルタントの相原孝夫氏が、ハイパフォーマーの悩み方をまとめた、『その悩み、ハイパフォーマーならこうするね』を発売しました。 困難に直面したとき、ハイパフォーマーならではの考え方の軸とは何なのでしょうか? 「やっかいな仕事」の捉え方について3回にわけてお届けします。

エピソード:「根回し」ばかりさせられている
Qさんは情報システム部IT企画課に勤める入社4年目の社員だ。システム関連の知識も身に付き、業務にもそこそこ自信がつき、ようやく自分らしく仕事ができるようになってきた──はずだった。
にもかかわらず、最近のQさんの胸中には、くすぶるような苛立ちと疲労感が渦巻いていた。
「またおれかよ……」
今日も部長に呼ばれ、「α事業部の部長と課長の人たちに、システム変更の件で話を通してきてくれ」と言われた。“根回し”だ。最近はこればかりやらされている。この「話を通してきてくれ」というのは非常にやっかいだ。もちろん話をするだけでいいはずはない。理解を得て、合意を得る必要がある。システム変更というのは、たいていは仕事のやり方そのものを変えることにつながるため、一筋縄ではいかない。そもそも相手は自分よりも上席者ばかり。「しっしっ」という具合に追い払われることも日常茶飯事だ。
しかも、一度のみならず、「何度でも行ってこい」と部長から言われる。気づけば、社内のIT企画担当というよりも“社内調整係”のような役回りになっていた。部長直々の特命事項と言えば聞こえはいいが、いいように使われているだけだ。新しい技術を使った提案や、システム改善の企画といった本来やりたい仕事は別の同僚たちが担当している。
「自分ばかり面倒ごとを押し付けられている。きっと部長に嫌われてるんだな」と思った。同僚たちも、同情とも皮肉ともつかぬ視線を送ってくる。それがまたQさんの劣等感に拍車をかける。情報システム部という部署は、そもそも社内の根回しがたいへんに多い。特定部門のシステム化から全社的な基幹システムの刷新まで様々である。現場の反発も大きく、関係者の数も多い。コンセンサスを取るためには、部門長、部長、課長と一人ずつ、何度も足を運び、ひたすら説明し続けなければならない。
「こんなことトップダウンでやってしまえば早いのに……」、何度そう思ったことか。しかし、部長はいつも口癖のように言う。「仕組みの変更を、ユーザーの意識の醸成に先んじて行ってしまえば、必ずそのシステムは形骸化する。だから事前のコンセンサスが重要なんだ」
「そういうものか」とやらされ感いっぱいではあったが、それでも関係部署に足を運び続けた。何度も足を運び、説明を重ねるうちに、ある変化が起きた。顔と名前を覚えられ、「なんだ、また来たのか」と笑って迎えてくれるようにもなった。関係性は時間と忍耐の上に築かれていくものだということを身をもって知った。
「この部分は現場が戸惑いがちだから、こうできないだろうか?」など、少しずつ実のある対話ができるようになっていった。“社内調整係”なんてつまらない仕事だと思っていたが、いつしか相手の不安や疑問を聞き取り、企画に反映させることにやりがいを感じ始めていた。
あれから数年。Qさんは経営企画部の課長になっていた。日々、役員や事業部長とやり取りする中で、あの時の経験がどれほど自分の糧となっているかを実感している。部門間の力関係、反発の芽、ボトルネックがどこに潜んでいるか──あの頃の“根回し”の日々で、肌感覚として身に付いていた。また、コミュニケーション上の難しさはあの時の経験にすべて集約されていた。
何よりも、あの時に築いた社内の人脈は今も自分を助けてくれる。かつて“話を通しに行った”先の部長や課長たちの多くが、今は役員や事業部長として大きな影響力を持つ立場にいる。自分に根回しをさせていた部長も、今では役員になっている。その背中を思い出すたびに、こう思うのだ。──嫌われていたんじゃない。期待されていたんだ。あの時間は、遠回りなんかじゃなかった。信頼関係を構築する術や合意形成力など、人と組織を動かすうえで欠かせない能力を鍛えられていたのだ。
ある日、報告のために役員室を訪ねた。あの時の部長、今では専務となったその人に報告書を手渡す。「部長、いえ専務……あの時は、ありがとうございました」。少し間があって、「なあに、やっかいごとをおまえにやらせていただけだ」と、かつての上司はわずかに微笑んだ。
仕事人生の転機は“修羅場体験”
企業で働いていると、時に「またこういう案件か……。なぜいつも自分ばかり、こんなやっかいな仕事を任されるんだろう?」、そんな思いを抱くことがあるかもしれません。納期はタイト、関係者は多く、利害が複雑に絡み合う調整業務、責任だけが重く成果が不明確なプロジェクト、あるいは前任者が手を付けられなかった難題への対応等々。こうした仕事は一見、“損な役回り”のように思えるかもしれません。しかし、そこに大きな成長の可能性が眠っていることも多いものです。
私が行ってきたハイパフォーマーへのインタビューの中でも、「仕事人生の中で転機となった出来事」を聞いた際、実に多くの人が共通して挙げるのは、いわば“修羅場体験”です。ある人は、大規模システムのプロジェクトマネジャーとして、仕様変更が相次ぎ、納期が迫る中で社内外100人規模の関係者をまとめつつ進める経験を話してくれました。また、建設業に勤めるある人は、地方の事業所で、地域住民や地元自治体や業界団体と半年間にわたって交渉を続け、地元関係者の理解を得るに至った経験を話してくれました。
彼らがそこで得たのは、単なる業務スキルではありません。「俯瞰力」や「洞察力」、「調整力」といったビジネス上とりわけ重要な能力です。これらは、経験を通してしか身に付かない能力ですが、通常業務ではなかなか磨くことができません。
やっかいな仕事には、ルーティンワークでは得られない“経験密度”があります。人間関係の摩擦、時間やリソースの制約、変化する前提条件、こうした複雑な要素に同時に向き合うことは、極めて高い総合力を要求されます。こうした“修羅場”に身を置くことは、意図せずとも視野を広げ、思考の筋力を鍛えるトレーニングになります。やっかいな仕事だからこそ、短期間で急速に成長できるのです。
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続きは、相原孝夫著『その悩み、ハイパフォーマーならこうするね』をご覧ください。
その悩み、ハイパフォーマーならこうするね

2026年5月13日発売『その悩み、ハイパフォーマーならこうするね』(相原孝夫著)について












