
一日一冊読んでいるという“本読み”のアルパカ内田さんが、幻冬舎の刊行作品の中から「今売りたい本」を選び、そして“POP職人”としての腕を振るって、手描きPOPも作ります。
そして、アルパカ内田さんへの「オススメ返し」として、幻冬舎営業部の人気者・コグマ部長からも、一冊ご紹介。
* * *
元カリスマ書店員でPOP職人のブックジャーナリストが売りたい本
第21回 井上真偽『アリアドネの声』

大地震。「見えない、聞こえない、話せない」
という三つの障がいを抱える女性が一人、
地下に取り残されてしまった。救助隊の進入
は不可能。およそ6時間後には安全地帯へ
の経路も断たれてしまう。救助隊に参加した
青年・ハルオは、一台のドローンを使って、
目も耳も利かない女性をシェルターへ誘導す
るという前代未聞のミッションに挑む
こんにちは。いい物語に出合うとアリガトネの声を出すアルパカ内田です。
未来への幕開けを予感させる夢の地下都市誕生。希望に満ちた式典の日にまさかの大地震発生。漆黒の闇に閉ざされた世界に取り残されたのは「見えない・聞こえない・話せない」という三重障がいを抱えた1人の女性。よくぞこのような究極のシチュエーションを見つけ出したものだ。この設定だけでも背筋が凍りついてしまう。
死と隣合わせの現場から、尊い命をシェルターへと誘導するミッションがスタート。この極めて困難な救出にドローンを駆使するのが物語のポイントとなる。最先端の機材をコントロールしてのスリリングな救助は、トラブルも発生し一筋縄ではいかない。だからこそ格別な臨場感があり、握りしめた手から汗が滴り落ちるように感じられるのだ。
容赦なく刻まれる水没までのカウントダウン。深い絶望の淵から、五感を研ぎ澄まして運命の糸をたぐりよせる。ストーリーの中で繰り返されるのは、「無理だと思ったら、そこが限界だ」という言葉である。諦めない執念が折れそうな心を奮い立たせるのだが、本書が教えてくれるのは限界を感じた人間が、その壁を乗り越えるためにとるべき行動指針だ。上質なミステリーにして、己に勇気を与えてくれる人生哲学までもが伝わってくる。
光と闇、生と死、嘘と真実、希望と絶望、理と情。あらゆる対比の要素が鮮やかに表現され、眩暈がするほどだ。さらに鳥肌が立ち、胸の鼓動も高鳴る。これぞ白眉の出来。ラストに見えた絶景は一生もの。出合ったことのない規格外の感動がここにある。

幻冬舎営業部 コグマ部長からオススメ返し
倉知淳『恋する殺人者』

生・高文は、彼に片思いするフリーター女
子・来宮を”助手”に真相を探っていく。大型
猫科肉食獣を思わせる担当刑事・鷲津にあ
しらわれながら”捜査”を進める高文だが、彼
が協力を依頼した人が次々と殺されていく。
一体、何がどうなっているのか―?
一方こちらはなんとも意味ありげで思わせぶりなタイトルが興味を引く一冊。
主人公は大学生の高文。彼は実姉同然に慕っていた従姉・真帆子の死に疑問を抱いていた。歩道の階段からの転落死で、警察の見立ては「事件性は薄い」。だが、高文はその少し前に、真帆子から「最近、後をつけられているみたいな気がする」と聞いていたのだ。警察に言ったが反応は薄く、自分で「捜査」を始めることに。その助手は、高文に一方的に思いを寄せるフリーターの来宮が務める。この素人コンビは、さっそく真帆子の友人らに事情を尋ねようとするが、アポを取った人が次々に凄惨な手口で殺されていくのだった。
と、まあここまでのあらすじで、フリは十分。あとは、この2人がいったいどうやって真帆子の死と、それに続く殺人事件の真相に迫っていくかがこの作品の読みどころなのだが、他にもお楽しみが。ちょっと女心がわからなすぎる高文と、口には出さないが内心では高文のことが好きでたまらない来宮の関係がいいんだな。これが。
そして、このタイトルについて。なんせ「恋する」「殺人者」だ。このタイトルが頭にあるから、すっかり騙された。ラストで、すべてのピースがハマった時に、著者が仕掛けた罠に気づき声が出てしまった。「え、マジか!」。そして、もう一度最初から読むことになった。
このど真ん中の本格ミステリは、今年最大の注目作になること間違いなし。
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アルパカ通信 幻冬舎部

元カリスマ書店員で、POP職人でもある、ブックジャーナリストのアルパカ内田さんが、幻冬舎の新刊の中から、「ぜひ売りたい!」作品をピックアップ。
書評とともに、自作の手描きPOPも公開。
幻冬舎営業部のコグマ部長からの「オススメ返し」もお楽しみください!
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