恒例となりました「アルパカ通信」を連載しているブックジャーナリストのアルパカ内田さんと、幻冬舎営業部のコグマ部長が、一年間を振り返る「アルパカ通信【特別編】」。今年もお届けします!
やっとコロナ禍が一段落した2023年。文芸界で目立った潮流とは?そして、目利きが選ぶ今年のベスト本は……。
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5類移行後に作品が集中、書店は苦しい。ホラーとミステリーの融合に光明見出す。
――四月に東野圭吾さんの著作の国内累計発行部数一億部突破がニュースになりましたね。
アルパカ内田さん(以下アルパカ)東野さんの人気は依然としてすごいですよね。好きな作家といえば東野圭吾さん、となる。最新作でやはり売れているのが、加賀恭一郎シリーズの最新作『あなたが誰かを殺した』です。
コグマ部長(以下コグマ)今回はまた本格ミステリーをしっかりと成功させている。やっぱり天才だと思うんです。本当に小説がお上手です。
アルパカ 安心、安定。これはなかなか真似できないのではないでしょうか。もう東野さんはひとつのジャンルだと思います。純文学、ミステリー、ファンタジー、東野圭吾。問題は、東野作品を楽しんだ読者が、次に何を読むかっていう時に、出版社や書店がどういうものを提供できるかですよ。読み手の側には、ハズしたくないっていう傾向がどんどん強まってきています。
――コロナが五類に移行しましたけれど、出版界、書店界で変化は感じられましたか。
アルパカ コロナ禍が明けたことも影響していると思うんですが、今年は刊行点数が多かった。特に文芸書は、九月、十月、十一月が混む時期なんですけれど、今年は益々多かった。僕は文芸作品を一日一冊は読んでいて、これまでなんとか追いかけてこられたんですけれど、ついに白旗を揚げてしまいました。
コグマ 最近は本屋大賞を目がけて秋に出すっていうのも恒例になっていますし、集中してしまいましたね。売り場としてはもったいない面もあったのではないでしょうか。
アルパカ 書店員に聞いても、そんなに読めないし、お客様にも伝えられないと言ってます。文芸書コーナーそのものは縮小しているのに。もちろん書店はどう売るか知恵を絞るんですけれど、並べ切れないぐらい刊行点数が多いとそれ以前の問題になってしまいます。
コグマ 毎日書店に行く人はそんなにいません。ほとんどは月一回ぐらいだと思うんですよ。可処分所得も減っていますし、例えば月に一万円を本に使える人は限られるでしょう。
アルパカ 読む人はそれでも何冊も読んでます。ただ、ほとんど読まない層が増えてきている。たまに買う本を外したくないから、人気作家に集中する。書店でも、ベストセラーや映像化作品の棚、入り口付近の棚しか売れない。この傾向は強まっています。
せっかくいい作品があるのに届けられない。作品が読み手に届くまでのプロセスも物語の一部です。誰かに届いて、その誰かがまた別の人に紹介するって、すごく大事なところなんです。過度の集中は、出版社にも書店にも大きな機会損失です。ビジネスが成り立たなくなってしまう。
コグマ その一方で文学フリマは入場規制されるぐらい混んでいるし、神保町ブックフェスティバルのような本のイベントもお客さんを集めています。
アルパカ そんな光景を見ていると出版不況とか読書離れとか嘘じゃないかと思いますけれど、普段は書店に行かなくなって、本を買うという行動が「ハレ」になってきている。特別な日に、お祭りで買うのが本になってしまっている。
コグマ 前橋などでも町おこし的なブックフェスが成功していますね。それは素晴らしいことですけれど、日常で本を買う習慣が減ったことの裏返しでもあります。
アルパカ 街の書店も減っていて、通勤通学の行き帰りに立ち寄ったりできない。だんだん日常の暮らしの中に本が存在しなくなっている。興味がある人がいたとしても、特別な場でしか商売が成り立たなくなってきているんですね。
――そうした中で今年の作品で印象に残った作品を教えてください。
アルパカ TikTokで小説紹介をしているけんごさんも言っていましたが、王道的なミステリーではないけれど、オカルトやホラーは読書経験の浅い人にも薦めやすい。王道ではないという意味においては、井上真偽さんの『アリアドネの声』が良かったですね。何がすごいって、極上の人間ドラマですよ。物語がしっかりしていて、新しい文学を切り開いた感じがします。今年を代表する一冊だと思います。
コグマ それはうれしいですね。私もこの本は大好きですし、まだまだ売らなきゃいけないと思っています。
アルパカ 去年『方舟』で話題になった夕木春央さんが今年は『十戒』を出しました。あと、杉井光さんの『世界でいちばん透きとおった物語』。こちらは紙でしか楽しめない、そう来たかっていう作品です。
かなり怖がらせてもらったのが、背筋さんの『近畿地方のある場所について』。ジワジワと口コミで広がった作品です。僕もX(旧ツイッター)の投稿に刺激されて読みました。気持ち悪いんですよ。筋立っていない。変な不気味さがあります。ちょっと奇妙な話とか、口コミで広がりやすいし、ユーチューブとかでも伝わりやすい。読書の入り口としてはいいですよね。
コグマ 背筋さんの小説を読んで、作家はこうやって生まれるんだと感じました。小説投稿サイト出身の方を「なろう系」と言ったりしますけれど、出版各社がいま鵜の目鷹の目で才能を探しています。
アルパカ 設定が変わったもので言うと、今村昌弘さんの『でぃすぺる』も外せないですね。『屍人荘の殺人』から着実に進化している。オカルトと本格ミステリーをぶつけて成り立たせている。不可能と思えるチャレンジを成功させています。
コグマ オカルトというのは、ある意味何でもありですからね。論理的に構築される本格ミステリーと両立させるのは難しいでしょうね。そういう意味では、私も一冊挙げておきたいんですが、高野和明さんの『踏切の幽霊』。ホラーとミステリー的な犯人捜しを融合させた完成度のとても高い小説だと思います。ホラーがホラーで終わるんじゃなくて、ミステリーになるんだと驚かせてくれました。
アルパカ ミステリーを別ジャンルと融合させる作品は今後も出てくるでしょうね。それも両方から出てくる。実績がある作家さんもこうやって着目しているし、新人もどんどん参入してくるのは、ニーズがあるからですよ。
コグマ 書籍の売り上げが減っている中で光明の部分ですね。文芸新人賞に応募してくる人は数千人もいて、でも受賞作を本にすると数百部とかしか売れない。このギャップは何かと、よく言われていることですが、書こうと思ってくれる人が数千人いることは、素直にうれしいことです。
アルパカ いま短歌もブームになっていますが、SNSなどで文章に親しんでいて、表現することに長けてきた人がいる。短歌は象徴的ですけれど、短文系の、短くて切れのいい作品というのは、これからもっともっと出てくるように思います。
一方で大長編である多崎礼さんの『レーエンデ国物語』も読者をつかんでいますよね。講談社から一年で三冊も出て、ファンタジーファンが歓喜しているところを見せてもらいました。
コグマ この作品の売れ行きを見ていると、まだまだ可能性はあるんだと思います。長編がダメだと思っているのは業界の人間だけかもしれません。
アルパカ 例えば、夢枕獏さんの長編ファンタジーにはしっかり読者層がいて、年齢層も幅広い。子供たちも親しめるし、大人も待っているところがあると思うんです。どう取り組んで面白い作品を作り出していくか、腕の見せ所ですね。
コグマ 京極夏彦さんの『鵼の碑』もヒットしました。ああいった大長編が売れるんだから、やっぱり読む力を持ってる人はいるんですよ。
アルパカ「百鬼夜行」シリーズは十七年ぶり。これは今年のトピックスですね。着目すべきは新しい読者がいること。もともと京極さんを読んでた人たちは、もう五十代、六十代になってきていると思いますが、データを見ると二十代、三十代も買っている。
コグマ 世代を超えていますよね。絶対楽しませてくれるという。
アルパカ さっきの話で言うと、ハズさない作家として箔がついているわけですよ。揺るがないブランドになっている。伊坂幸太郎さんの『777 トリプルセブン』と誉田哲也さんの『マリスアングル』もそうです。二つとも超人気シリーズの最新作ですが、絶対にハズさない。読者を間違いなくとても楽しませてくれるんです。
ブランドという意味では、凪良ゆうさんも相変わらず売れています。『流浪の月』と『汝、星のごとく』で本屋大賞を二回とって、完全にブランドになりました。今回の、『汝、星のごとく』の続編『星を編む』もスピンオフ的なものでありながら、前日譚と後日譚が描かれていて大河のようないい作品です。
コグマ 一方で近年、文学賞では時代小説が強いです。
アルパカ 確かに二〇二三年も直木賞の上期は二作ともそうですし、中央公論文芸賞の二作もです。時代小説で言えば僕がいつ賞を取ってもおかしくないと思っているのが村木嵐さん。今年の『まいまいつぶろ』も良かったです。売り上げも伸びていると聞きました。
コグマ ゲラを読んで、これを売らずしてなにを売るんだ、と思えた一冊です。第九代将軍・徳川家重を主人公に描いた小説で、これ以上のものはまず現れないでしょう。それがきちんと売れ行きに反映されていて、世の中まだまだ捨てたものでもない、と思えました。
アルパカ 人間的な魅力を見事に描いていました。これまでは暗愚な君主と言われたりした存在に光を当てて、これだけ泣ける話に仕立てた筆力は普通じゃない。こういう作品がちゃんと読み手に届いているのはいいなぁと思います。
時代小説の作家がどうすれば日の目を見ることができるかって、やっぱり簡単ではないです。新しい作家さんで言うと、麻宮好さんの『月のうらがわ』っていうのを祥伝社が一所懸命に推しているんです。好調ですね。書店員の評判も良くて。
――今年、外せない話題だと思うのですが、重度障害者の作家・市川沙央さんの『ハンチバック』が芥川賞に選ばれました。
アルパカ 学校のワークショップとかに行くと、話題の本として子供たちが「これすごい」って感想を書いたりしている。こういうメッセージ性が強い本には、文学の力を感じますよね。
コグマ ぐっと文学の領域を広げてくださった印象があります。
アルパカ 言葉の力、物語の力を改めて感じさせてくれた小説らしい小説でしたし、話題になったことがすごく良かった。
コグマ 川上未映子さんの『黄色い家』はいかがでしたか。何段も階段をのぼられた気がしました。
アルパカ 素晴らしいです。僕は読んで、これは世界文学だと思いました。彼女がいま持ってるものを全部この一冊に込めたっていう感じがしました。刊行が二月。これが出て、翌月に宮島未奈さんの『成瀬は天下を取りにいく』が出た。今年の上半期はこの二作品が目立っていました。『黄色い家』は、僕はもう単に今年のというよりは、時代を超える世界文学だと本当に思っています。
コグマ ベスト本は他にもあるということですか。
アルパカ 僕の今年一番は、夏川草介さんの『スピノザの診察室』です。僕は哲学のある本が好きなのですが、この物語の深遠さは凄いです。命と真摯に向かい合う町医者が「真の幸せ」を探る話ですが、メッセージのすべてが心に突き刺さりました。『神様のカルテ』を凌駕するという前情報でしたので、本当かなと思って読み始めましたが、その通りでした。
伊与原新さんの『宙わたる教室』も良かったです。著者お得意の天文の話で、舞台は定時制高校ですから世代を超えているんですよ。十代の若者から年配層も一緒に青春を謳歌する。辻村深月さんの『この夏の星を見る』も高校の天文部の話でしたね。これも「ザ・青春」、辻村さんの真骨頂です。
――今年の幻冬舎の作品についてはいかがですか。
コグマ 有川ひろさんの『物語の種』も良かったです。刊行は五月で、イベントが十一月になってしまったんですが、東西で超満員でした。本もコンスタントに売れています。
アルパカ やっぱり有川さんは根強い人気がありますよね。衰えない。
コグマ それから小川糸さんの『椿ノ恋文』も外せません。血の繋がっていない母子、娘が反抗期を迎えて、という設定だけでもう泣けそうです。
アルパカ 二人を見ているだけでいいし、情景も素敵です。鎌倉の風物が出てきたりとか、読みどころがたくさんあるし、デジタル時代に手書きの手紙というのもいい。人肌の温もりを感じさせる物語を書かせたら、小川糸さんは最高ですよ。
コグマ 登場人物がみんな年を取っていくんですけれど、読んでいる私たちもそうなんですよね。
アルパカ 年齢を重ねるスタイルは、読み手が自分たちの生き方を物語の登場人物に投影しやすい。一緒に時代を過ごしていける。小川さんの本を読むと、同じ時代に生きていて良かったって、本当に思えます。
コグマ 太田光さんの『笑って人類!』はいかがですか。このボリュームを芸人さんが書く。ちゃんと書けるっていうだけでもすごい才能なのに、しかも面白い。社会のダメなところや人間のダメなところを書き倒して、優しさっていうオブラートに包んで、一つの作品に仕上げる。今年出会えて良かった本の一冊です。
アルパカ 迫力抜群ですよね。この方にしか書けない領域を持っています。普通の人に『笑って人類!』ってタイトルはなかなかつけられないでしょう。喜多川泰さんの『おあとがよろしいようで』も良かったですね。青春に落語を絡めた内容で大好きです。それに、連載でも書かせてもらいましたが、八重野統摩さんの『同じ星の下に』。これは、構成が見事で完璧に泣かされました。
コグマ 八重野さん、お若いんですよ。まだ三十代です。
アルパカ 哲学の話をしましたけど、そういう系統で言うと清水晴木さんの『17歳のビオトープ』も好きですよ。インタビューもさせていただきましたが、本物の学びがある。現代の高校生が抱える悩みがリアルに再現されていて、考える大切さを教えてくれます。これは子供から大人までいろんな人に読んでほしいですね。
コグマ 十七歳って敏感な年頃で、人生先生に出会えたら幸せだろうと思いました。
アルパカ 一人でも多くの方に出会ってほしいですね。人生が変わりますよ。今後、年をどんどん重ねて、人生先生も年を取っていく展開を考えているそうです。次も楽しみです。
(構成:篠原知存)
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