
一日一冊読んでいるという“本読み”のアルパカ内田さんが、幻冬舎の刊行作品の中から「今売りたい本」を選び、そして“POP職人”としての腕を振るって、手描きPOPも作ります。
そして、アルパカ内田さんへの「オススメ返し」として、幻冬舎営業部の人気者・コグマ部長からも、一冊ご紹介。
* * *
元カリスマ書店員でPOP職人のブックジャーナリストが売りたい本
第20回 藤井清美『わたしにも、スターが殺せる』

元俳優・翔馬。【M】と名乗り彼を「アゲる」記
事を書いていたこたつライター・真生は、そ
の発言を捉えて彼を「叩く」方へ転じる。ファ
ンの反発により【M】は炎上。しかし程なく流
れは変わり、コロナに危機感を抱く世間が一
斉に翔馬を叩き始め、スターは“殺された”。
コロナ禍の大衆心理を炙り出すサスペンス。
こんにちは。わたしにも、たわしを渡したアルパカ内田です。
SNSに支配された現代社会の空気をものの見事に再現した、恐るべき物語の登場だ。この世はいったいどれくらいのフェイクに満ちているのだろう。ネット情報をかき集めて記事を書くライター。その文章に踊らされる人間たち。書く者は生活に追われ、より刺激的なネタを探し続ける。善意の励ましがあれば、悪意の書込みもある。書かれる者には、逃げ場がない。まさに八方塞がりの現実が見えるのだ。
SNSは知らなかった世界をつなぐ有益な磁石にもなれば、憎む相手を徹底的に苦しめる武器にもなる。刺激的な本書のタイトル通り、気になる「推し」を生かすのも殺すのも容易い時代となってしまった。信憑性は二の次の無責任な正義で渦巻いた世論ほど、やっかいなものはない。
真実と虚構が交錯し続ける世界は、コロナ渦によって大きな変化が起きた。生身の交流が難しくなり、これまで以上にネットに頼らねばならなくなった。怒りもあれば諦めもある。膨らんだ妄想が新たな怪物を創造し、価値観を揺るがして、人間の関係性にも捻れと歪みが加速していったのだ。
思いもよらない賞賛、そして身に覚えのない理由による炎上。もっとも恐ろしさを感じるのは、誰もが被害者にも加害者にもなり得るという点だ。この物語の登場人物はあなたかもしれない。実体のない「何か」に仕組まれたコミュニケーションの中から、切れば血が流れるような生々しい魂の叫びが聞こえてくる。理不尽な日常に違和感を持つ者たちに向けた、必読の書である。

幻冬舎営業部 コグマ部長からオススメ返し
村木嵐『まいまいつぶろ』

には尿を引きずった跡が残るため、まいまいつ
ぶろ(カタツムリ)と呼ばれ蔑まれた君主がい
た。常に側に控え、彼の言葉を解するのは、た
だ一人、なんの後ろ盾もない小姓・兵庫。麻痺
を抱え廃嫡を噂されていた若君は、いかにし
て将軍になったのか。第九代将軍・徳川家重を
描く落涙必至の傑作歴史小説。
一方、こちらは主従の固い絆に胸を打たれる時代小説。
主人公は八代将軍徳川吉宗の子・家重とその小姓・兵庫。家重は将軍家の嫡男でありながら、口が利けず、周囲からは暗愚と思われていた。体も不自由で、その様子から「まいまいつぶろ」(カタツムリ)と蔑称されていた。その家重、実はだれよりも聡明だったのだが、発する言葉を周囲が聞き取れないために誤解されていたのだった。
低い士分であった兵庫が家重の「通訳」に抜擢されると、それまで周囲にはうめき声にしか聞こえていなかった家重の「声」となる。それはまさしく家重であればこう話すだろうというもので、家重に近い家臣はほっと胸を撫で下ろした。しかし幕閣には、兵庫の口を経て伝わる声が本当に家重のものなのかをいぶかる者も。さらには、家重には腹違いの二人の弟もいて……。
陰謀渦巻く幕閣で、家重と兵庫には次々と理不尽なことが襲いかかる。兵庫は万が一自分が足をすくわれれば即切腹、しかもそれは家重から「口」を奪ってしまうという緊張感の中、ただひたすら忠義を果たそうとする。
武家の頭領である将軍家の嫡男に生まれながら、障害をもってしまった家重の宿命。己のすべてを主君に捧げる兵庫の矜持。江戸幕府の中興の祖とされる吉宗の影に隠れ、あまりスポットライトを浴びることのなかった嫡男・家重にこんな物語があったとは!
途中から、どれだけ歯を食いしばってもあふれる涙を止めることができなかった。こんな時代小説が読みたかった、心からそう思える小説だ。
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アルパカ通信 幻冬舎部

元カリスマ書店員で、POP職人でもある、ブックジャーナリストのアルパカ内田さんが、幻冬舎の新刊の中から、「ぜひ売りたい!」作品をピックアップ。
書評とともに、自作の手描きPOPも公開。
幻冬舎営業部のコグマ部長からの「オススメ返し」もお楽しみください!
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