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2020.05.20 更新 ツイート

イカレポンチの回顧録#10

新人ADの憂鬱な日々矢吹透

フジテレビに入社し、番組制作の現場ではなく、経理局に配属され、不本意な毎日を送っていた僕は、入社から2年後の夏、人事異動の発令を受ける。

異動先は、企画制作部という1~2年前に出来たばかりの新しい部だった。

 

情報番組・ドキュメンタリー番組を主に制作するセクションだった。

「今夜は!好奇心」「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」「超常現象をみた!」といった番組を制作している部署だった。追って、「NONFIX」「ザ・ノンフィクション」なども始まった。

僕が最初に担当したのは、現在の「めざましテレビ」の時間帯に放送していた、朝の生放送の情報番組だった。

「めざましテレビ」が始まる前、フジテレビはこの時間帯で苦戦していた。裏番組の日テレ「ズームイン!!朝!」が断トツの視聴率を獲得しており、フジはクールごとに番組を模様替えしてこれに立ち向かうが、ことごとく完敗の憂き目を見た。

僕は、4〜5ヶ月の間、この放送枠の番組のADを担当して、2つの番組を経験した。

今、思い返してみると、視聴率がぱっとしなかったのも腑に落ちるような番組内容だった。

報道に行って、前日の昼ニュース・夜ニュースで流した素材を借りて来て、それを再編集する。読み上げる原稿も、コピーさせてもらって来たニュース原稿を元に書き直すだけだ。

一日に1ネタか2ネタくらい、俗にヒマネタと呼ばれるような企画モノを用意する。週刊誌や新聞で拾った、どうということもない情報を取材に行き、ディレクターが自身で編集機を操り、数時間で編集を済ませる。BGMや効果音は、スタジオで音響効果さんが生で付け、送り出す。

僕たちADの仕事は、報道に行って映像や原稿の素材を借りて来ることや、ヒマネタに挟む資料映像を借りて来ること、放送中のフロア・ディレクションなどが主だった。

番組を作るという醍醐味のまったくない仕事内容だった。

どんなセクションでも、自分たちが取材・撮影・放送した素材を部外に貸し出すことについては慎重だ。報道素材は特に、さまざまな配慮が必要とされるので、チェックが厳しい。

素材ひとつを借り出すのに、いろいろな部署のたくさんの人たちの承認が必要とされる。申請書に各部署のチェックの捺印を貰って回る作業を、僕らは「判子リレー」と呼んでいた。

どの素材の何分何秒から何分何秒まで、これが写っているシーンを、自分たちの番組のこういうところに使いたい、ということを細かく用紙に記入して、編成部・著作権部・報道資料部・報道の担当デスクなどを回り、チェックを受け、判子を集めて行く。

報道のデスクはいつも大体、不機嫌で横柄で、制作からやって来る汚い格好で頭の悪い(と、思っていたに違いない)ADたちが差し出す申請書を邪険にチェックする。

今でも僕が決して、その顔と名前を忘れない、当時の報道デスクが何人もいる。

僕が差し出した申請書を、一瞥もしないまま、床に捨てられたことが何度もある。そんな時、いつも僕は黙って、申請書を床から拾い、その場に暫く佇んで、タイミングを待ち、もう一度、申請書をその人に手渡す。大抵、2度目には、五月蠅そうにではあるが、判子を押してもらうことが出来る。そうやってでも、なんとか素材を借りて来なければならない。

その後、さまざまな現場でさまざまな仕事を経験したが、まあ、ADの仕事というのは総じて、そんなものである。

理不尽や無理難題が、地雷原のようにそこら中に転がっている。それを臨機応変に交わしたり、うっちゃったりしながら、ボールをうまくゴールまで運ぶことが出来た人間だけが、生き残る。
 
それにしても、最下層の新入りADだった僕の、その年の夏から秋へかけての毎日は冴えないものだった。

ちょうど僕は、その異動の直前にとある男性と出会い、恋に落ち、おつき合いを始めた頃だった。そして、その相手との関係もずるずると悪化していた。

担当していた番組が改編で切り替わるタイミングに、僕は3日だけ休みを貰うことができ、その恋人(と僕は勝手に思い込んでいた)と旅行に出かけることにする。

相手の希望で、僕らはバンコクへ行った。

ぎりぎりの仕事の最中で、僅か数日の幸せな休日を過ごすことを夢見ていた僕を、相手の男は、パッポン・ストリートのゲイ・マッサージ店やゲイ・サウナへと連れて行き、僕とではなく、そこで出会う他の男たちとセックスをした。

最終的に、バビロンという名前の巨大ゲイ・サウナで、出会った他の男と帰るからとその場に置き去りにされ、僕はそのあたりからだんだんと気が狂って行く。

東京に戻って来てから、僕は嫌な咳に悩まされるようになった。子供の頃から扁桃腺が大きく、ちょっとしたことですぐに腫れて、喉がぜいぜいとした。

病休を貰って、アパートの部屋で寝ていたら、呼吸が出来ず、意識が遠退いた。

近所に暮らす、仲の良かった同期に電話をすると、彼が飛んで来てくれ、僕は近くの病院に担ぎ込まれた。

血中酸素濃度がひどく落ちていた。医者が、こんな状態になるまで、喘息の発作をなんで放っておいたんですか、と僕を叱った。

腕につながれた点滴がぽたぽたと落ちて行くのを眺めながら、へー、俺、喘息なんだ、と僕は初めて知った。

喘息が治まって数日後、僕は夜中に、酒を飲み、バンコクで買った市販の睡眠薬を大量に飲み、風呂に浸かって、手首を切った。

明け方になり、冷めた風呂で意識が戻り、僕は血が滴る左手をビニル袋でくるみ、死体発見者の手間が省けるように、玄関の鍵を開け、ベッドに横たわる。

気がつくと、僕は、僕を捨てた男の家にいた。

僕に何度も電話をかけたが、応答がないことを危惧し、男が僕のアパートまで覗きに来て、血を流し、眠っている僕を発見し、自分の家へと運び、介抱をした。

手首の傷は浅く、血はすぐに止まった。

翌日、僕は、男の知人の精神療法医の元に連れて行かれ、その紹介を受け、聖路加の精神科へと送られる。

精神科の医者は僕に言った。
 
ちょっと心が風邪をひいているようですね。マイナー・トランキライザーを処方しておきましょう。

渡された小さな錠剤を飲み下すと、世の中の明度が一瞬でぱっと上がった。病院から外に出ると、木々の緑が鮮やかに目に飛び込んで来た。

ああ、木々はこんなに生き生きとして、空はこんなにも青いものなのだ、と僕は思った。

そんなこんなで結局、喘息という言い訳で、僕は何日か仕事を休み、復帰した。

復帰しても、まったくやる気が起きなかったし、頭も体も心も、ADとして使い物になる状態ではなかった。

僕は朝の情報番組を外され、もっと人手の足りない他の番組へと回されることになった。

深夜の低予算の番組が、過酷な現場の状況の中で、次々にADが倒れて行く状態にあった。

代わりのADなどいない。矢吹であれば、使えないけれど、くれてやってもいいが、と部長が、深夜番組のプロデューサーに言ったそうだ。

「カノッサの屈辱」という深夜番組だった。

 

今回、添えた画像は、「カノッサの屈辱」スタッフ・ルームで、出前の「レストランふじ」のオムライスを頬張る24歳の僕である。

<つづく>

*   *   *

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コメント

幻冬舎plus  [今日の新着記事] 新人ADの憂鬱な日々|美しい暮らし|矢吹透 https://t.co/DOzMGU4bDk 6日前 replyretweetfavorite

岩本太郎  新人ADの憂鬱な日々|美しい暮らし|矢吹透 - 幻冬舎plus https://t.co/OySQmiANzV 6日前 replyretweetfavorite

幻冬舎plus  なんとも言葉が出ません。仕事の話も、時代、のひと言で簡単に片づけられなくなっている自分にも気づく。〔相〕 新人ADの憂鬱な日々|美しい暮らし|矢吹透 - 幻冬舎plus https://t.co/LfI4u2ep1r 6日前 replyretweetfavorite

竹村優子  若いときの仕事は、自分でコントロールできることが少なくて先が見通せず、だからこそ苦しみも深くなります。。 新人ADの憂鬱な日々 美しい暮らし|矢吹透 - 幻冬舎plus https://t.co/Mcfjhrij8F 6日前 replyretweetfavorite

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