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美しい暮らし

2021.07.20 更新 ツイート

「天神下つれづれ日記」#14

小さな主語で語ろう 矢吹透

いつの頃からかなんとなく意識して来たことがある。

あまり大きなことについて考えたり、心を悩ませたりせずに生きる。

この国がとか、世界がとか、政治がとか、社会状況がとか、そういったテーマで世を憂いたり、何かを論じたりはしないように心がけること。

なるべく大きな主語を使わないように努めること。

国としてとか、国民としてとか、そういう主語で自分の思いを語らない。

 

小さな主語を用い、自分の周囲の小さなコミュニティの幸せを主眼に据えて、生き、考え、語ろう。

いつだったか、僕はそう考え、そう決めた。

そう意識して生きるようになって、僕の心は前よりも静かになった。

 

コロナ禍に見舞われ、五輪の開催が近づき、そんな毎日の中で僕はいつの間にか、自分が決めたそのルールを忘れてしまっていた。

ニュースなどを見聞きすると、義憤に駆られ、つい大きなテーマについて語りたくなる。大きな主語で語りたくなる。

 

ここ数週間、自分が精神的にバランスを崩しているという感覚があった。

プライベートで何か事件だとかショックな出来事などに晒された覚えはない。

いつも通りのなだらかな人生を静かに生きているのに、抑鬱に近い精神状態に陥ることになった理由について、僕はずっと考え続けているが、未だに答えは見つかっていない。

自分の精神状態に変調を来している原因が何なのかわからない。

その引き金がどこにあったのかがわからない。

原因がわかれば、それを解決したり、排除できるのだが、わからないままなので如何ともし難い。

 

そんな自問自答の中で、冒頭に書いたことに思い当たった。

このコロナ禍の一年半、僕はついつい大きな主語で大きな問題について語りがちだった。

思考というのは人間を形作るものである。

 

ある朝、目覚めて、ぼーっとiQOSを吸い、コカコーラ・ゼロを飲みながら、そんなあれこれについてしばし考え、僕はとある決心をした。

小さなことを考えよう。自分にとって大切な人の幸せだけを想おう。

もう一度、そんな指針に従って生きようと僕は心を決めた。

矮小した自己満足的なミニマリズム、と誹られるかもしれない。

その批判も甘んじて受けよう。

テレビを消して、スマホのニュースサイトを閉じ、本でも読むことにしよう。家族やパートナーや友達と小さな主語で会話をしよう。

 

早朝に思い立って、父を誘い、不忍池の蓮を見に出かける。

蓮を見ながら、池を半周したところで、父は根津まで歩いてみようと言い出す。

60余年前、父が本郷の大学に通っていた学生時代、下宿していた場所を見に行きたいのだと言う。

いいよ、と僕は答えて、二人でてくてくと夜明けの街を歩く。

空気はまだ涼しい。道には人影も少なく、しんとしている。

父の下宿先は「澤の屋」という旅館の裏にあったのだそうだ。

「澤の屋」は現在も営業しているが、父の下宿先だった場所には今、小さなアパートが建っている。

下宿していたお宅の一階には家族が暮らしていて、二階の二間を貸していた。

父の隣りの部屋を借りていた下宿人は、どこぞの旦那に囲われているお妾さんだったそうだ。

そんな思い出のいろいろを父は歩きながら堰を切ったように話し続ける。

僕は森鴎外の「雁」を思い出す。

鴎外の生きた遠い明治ではなく、父が青春を送った昭和の日本にもまだそのような世界が残っていたということを意外に感じる。

過去と現在と未来。

一日一日の積み重ねが継ぎ目のない時の流れを形作って行く。

その大きな流れの中に点々と儚い人のさまざまな人生があり、それは刹那に潰える。

父の人生も、僕の人生も。

 

父がふいに歩みを止める。

これだ、これだ、とうれしそうに父は僕を振り返って言う。

父が指す舗道の一角に「谷中真島町」という旧町名の碑があった。

ここなんだ、俺が暮らしていたのは、この町だったんだよ。この住所を何度も書いた。

その場にしばし佇み、それから僕たちは谷中の「夕焼けだんだん」を抜けて日暮里駅まで歩き、JRに乗って最寄り駅まで帰った。

それは合計2時間ほどの父の時間旅行だった。

 

時を遡る父の散策につき合えたことを僕は有り難い時間だったと噛み締める。

そんなささやかなひとときを大切に生きて行きたい。

大きな何かではなく小さな何かを追いかけ、毎日を歩いて行こう。

 

3日後、僕が11年と4ヶ月の間、共に暮らして来たパートナー、キヨテルくんの34回目の誕生日が訪れる。

プレゼントを何にしようかと悩んだ末に、ガンプラと決めた。

ちなみに僕は、ガンプラというものが何ぞや、ということを知らずに生きてきた人間である。

キヨテルくんとつき合って、僕は初めてガンプラというものの存在を知った。

ガンプラという言葉が、「機動戦士ガンダム」シリーズのプラモデル、の略だと知ったのはわりと最近のことだ。

キヨテルくんはガンプラを既にたくさん持っている。

どのモデルをプレゼントすれば喜んで貰えるのか、持っているものとダブってしまわないか、Amazonのサイトで「ガンプラ」と検索してみて、僕は頭を抱えた。

こんなに大量にあるモデルの中から、一体何を指針に選べばいいというのか?

最終的に、Amazonのお勧め度とレビューの評価・価格・大きさ・見た目(よくわからないんだけど、なんとなく雰囲気で…)を総合して僕が選んだのは「MG 機動戦士ガンダム 逆襲のシャア MSN-04 サザビー Ver.Ka 1/100スケール 色分け済みプラモデル」である。

ガンプラに詳しい方にお訊きしたい。これってどうなのよ?

僕は、モノや物事の選択において比較的、迷うことの少ないタイプの人間である。

入念にリサーチをかけて、手に入った情報を整理して行くと、自分がどの選択肢を選ぶべきか、結論へとわりとすぐに辿り着く。

しかし、今回のお題「ガンプラ」は難しかった。

喜んでもらえるといいのだけれど、まったく自信がありません。

まあ、でも、天下国家とまったく関わりのないこんな些細な悩みに思いを煩わせている俺って、幸せだよなあと考える。

ずっとそんな自分でありたい。

 

(追記)
キヨテルくんはとても喜んでくれました。よかった、よかった。

 

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