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美しい暮らし

2022.01.05 公開 ポスト

「天神下つれづれ日記」#25

父の推しモノ2021矢吹透

明けましておめでとうございます。
本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

コロナ禍にあってこの1~2年、我が家の年末年始は静かだったのですが、今回のお正月シーズンは、83歳の父が同じマンションの別部屋に越してきたこともあり、賑やかでした。

 

皆で紅白を見て、おせちやお雑煮を食べたり、お客様にお持ち頂いたガレット・デ・ロワで王様ゲームをしたり、楽しい時間を過ごすことができました。

さて、今年一回目のこの連載に一体何を書こうかと迷ったのですが、昨年、あれこれと日々の徒然を書いた中で、父にまつわるエピソードが好評だったなあ、と思い返し、一年を振り返り、「父の推しモノ2021」を皆様にご紹介してみようかと思います。

「Nikeのソックス」

昨年5月、父が僕の暮らすマンションに越して来て、僕が最初にしたのは、父のための履き物を用意することでした。
軽くて脱ぎ履きのしやすい普段履きを、と考えて、僕はcrocsのサンダルやadidasのスニーカーを選びました。
そうして、それらに合うようなソックスが必要だな、と考えました。
父の靴下は、亡くなった母の見繕ったピエール・カルダンやそういったブランドのワンポイント・ロゴの入った茶色や黒の紳士用のものがほとんどでした。
crocsやadidasにはスポーツソックスの方が似合うし、きっと履きやすいのではないかと思い、僕は踝丈の短いスポーツソックスをNikeのオンラインショップでまとめ買いしました。
このソックスが父はとても気に入ったようで、年末には追加発注を頼まれました。
踝丈が履きやすいのだそうです。靴下の脱ぎ履きは老人にとって厄介なものなのだと父は言います。短いソックスの方が脱いだり履いたりするのが楽だと言っています。

「ルンバ」

友人から、使わなくなったというロボット掃除機「ルンバ」を譲り受けたので、父の部屋に置くことにしました。
新しいものやガジェットの類いが大好きな父は面白がって、毎日のようにルンバのスイッチを入れては、その動きを飽きもせずに眺めていたりしたようです。
最初の頃には失敗もありました。安定の悪いアンティークのサザーランド・テーブルをルンバが倒してしまったり、電源コードに絡まったりという試行錯誤を繰り返した末に、父とルンバは今ではうまくやっているようです。
ルンバのお陰で父の部屋は、僕が掃除に訪れない時でも比較的、きれいに保たれています。

「ETV特集 遠藤周作 封印された原稿」

ETVで放送されたこの番組を見てみろとある日、父からメールが来ました。
僕としては、あまり興味を惹かれなかったので、そのまま放置していたら、もう見たか?、まだ見てないのか?と再三訊かれることになり、仕方なく我が家の全録画デッキをチェックしたところ、ETVチャンネルは録画設定していませんでした。
それなら俺の部屋の全録画機で見ろ、と父は言い始め、父の部屋で父の注釈付きでその番組を見るのはあまりにうざいと感じたので、NHKの配信サービスで見ることにしました。
見終わって、ふーん、まあ、面白かったけど、というようなわりと温度の低い感想を書き送ったら、作家が完成した小説を出版することなく亡くなった、書いたけれどさまざまな慮りから発表できなかった、という点に自分は共感を禁じ得ないのだ、と父から熱を帯びた返信が届きました。事実と虚構の同一性、ということについて、父は考察を巡らせたのだそうです。
でもまあ、表現者というのは誰しもが同じ種類の葛藤を抱えているものなんじゃないの?、と物書きの端くれである僕は父に返しました。
僕のこの連載だって、僕自身や父のプライベートを切り売りしているようなところがないとは言えませんし。

「GENKYO」

昨夏、僕のよき友人の一人である横尾英ちゃんから、お父様・横尾忠則さんの展覧会「GENKYO」開催のお知らせが届きました。
二年前に英ちゃんに誘われて、谷中のスカイ・ザ・バスハウスで開かれた横尾さんの個展に伺い、とても感銘を受けた僕は、そのことを父に話し、「GENKYO」鑑賞を勧めました。
横尾さんの2歳年下である父だからこそ、理解できる何かがそこにはあるのではないかと考えたのです。
好奇心旺盛でフットワークの軽い父はすぐに、バスを乗り継いで美術館へと出かけ、会場前での自撮り画像と共に「迫力あり、一見の価値あり」とメールを送って来ました。
横尾さんの弁証法は二項対立軸なのだと父は語ります。彼の作品の主要なモチーフのひとつであるY字路は、現実と理想、現実と幻影の二重写しなのではないか、と。
なるほど、と僕は首肯したのです。

「コメダ珈琲のモーニング」

父は毎朝、近所のコメダ珈琲へと出かけ、朝食を摂ります。
越してきた当初は自分でハムエッグを作り、トーストを焼いていたのですが、ある日、訪れたコメダのモーニングセットが大変気に入ったようで、それから毎日通うようになりました。その日から、雨の日も風の日も、大晦日も元旦も、コメダへと日参しています。
父の注文はいつも決まっており、お店のスタッフにももう覚えられてしまっているくらいなのだそうです。
厚切りトーストに玉子ペーストの付いたBセットにミニサラダを付ける、と決めているそうです。
僕は未だコメダ珈琲を訪れたことがないのですが、一度、そのBセットを食べに行ってみようか、などと思ったりする今日この頃です。

関連書籍

矢吹透『美しい暮らし』

味覚の記憶は、いつも大切な人たちと結びつく——。 冬の午後に訪ねてきた後輩のために作る冬のほうれんそうの一品。苦味に春を感じる、ふきのとうのピッツア。少年の心細い気持ちを救った香港のキュウリのサンドイッチ。海の家のようなレストランで出会った白いサングリア。仕事と恋の思い出が詰まったベーカリーの閉店……。 人生の喜びも哀しみもたっぷり味わせてくれる、繊細で胸にしみいる文章とレシピ。

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美しい暮らし

 日々を丁寧に慈しみながら暮らすこと。食事がおいしくいただけること、友人と楽しく語らうこと、その貴重さ、ありがたさを見つめ直すために。

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矢吹透

東京生まれ。 慶應義塾大学在学中に第47回小説現代新人賞(講談社主催)を受賞。 大学を卒業後、テレビ局に勤務するが、早期退職制度に応募し、退社。 第二の人生を模索する日々。

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