1. Home
  2. 社会・教養
  3. オオカミ少女に気をつけろ! ~欲望と世論とフェイクニュース
  4. 「傷ついた」と言って他人を攻撃する人たち

オオカミ少女に気をつけろ! ~欲望と世論とフェイクニュース

2019.10.31 更新 ツイート

「傷ついた」と言って他人を攻撃する人たち泉美木蘭

言われてみれば確かに私も……伝染した“被害”

以前働いていた飲食店でこんなことがあった。店にはイケメンのおじさま店長がいて、人柄も明るくスタッフたちから好かれていたのだが、ある日、女子大生A子が先輩女性スタッフに「実は私、店長から暴力を受けたんです」と打ち明けたことで事件がはじまった。

A子いわく、2人で閉店作業をしている最中に、ふとしたことで口論になり、激高した店長からいきなり平手打ちされたというのだ。店長はイライラしている様子だったという。ぽろぽろと涙をこぼして身体を震わせるA子の姿に、女性スタッフたちは騒然となり、たちまちこの話は全スタッフに広まった。

A子は、私にも被害を訴えるメールを送ってきた。平手打ちされた記憶がよみがえり、店長にはもちろん会いたくもないので、しばらくシフトを変わって欲しいという。私は先輩らしく、A子に「店長許せないよね! 絶対に味方だから安心してね!」などと言葉をかけた。

するとA子からは、実は暴力は今回だけではなく、性行為を無理強いされたことまであるというメールが届いた。あまりの話に絶句していると、女性スタッフB美から電話があり、A子の証言に基づく、店長の悪逆非道について喧々諤々と話すことになった。B美は「明日から店に行くな」と言う。

「聞いた? A子、自宅までついて来られたりもしてたんだって! ストーカーだよね。あり得ない。全員で店を辞めよう。あんな男、もう信用できない。別の姉妹店に雇ってもらおうよ」

A子のために賛同したいのはやまやまだが、私は時給も良かったし、姉妹店と言っても全員雇われるわけもなかろうと、言葉を濁した。B美は、「それならこの暴力問題を会社の上層部に報告するのはどうか」と言う。まあそれなら、店長が首になるなり、別の店長と交代になるなり、とにかく私は今まで通りの条件で働けるからいいと思って賛成した。ほかにも私と同じ意見の人が多かったようだ。

この時点で、全員がA子の証言しか聞いておらず、誰ひとり店長の釈明を聞いた者はいなかったのだが、全スタッフがA子側について、「店長は悪人!」=「上層部へ突き出すべし!」と行進していった。

「私も少し体を触られたことがある気がする」「忙しい時間帯になると、口調が荒々しくて怖いと思っていた」など、各々が店長に対する印象を述べ、私も「そう言えば、顔に険があるような気がする」などと言っていた。

そして後日、管理職の人間がやってきて、二人への事情聴取が行われることになった。ところが、明らかになったのは、うんざりするような真実だった。

 

なんのことはない、店長とA子はもともと男女関係にあったのである。店長には家庭があったから、A子にとっては不満の多い付き合いだったのだろうが、A子にもエキセントリックな面があり、些細なことからヒステリーを起こして責め立てる癖があったらしい。

「暴力事件」の日は、口論になったことでA子が店の調理場にあった包丁を取り出して、「ここで自殺する」と脅したため、店長が包丁を奪いとって「バカ野郎!」と平手打ちしたという。おまけに、その後は仲直りして普通にメールをしていたようだ。一連の騒動は、痴話喧嘩を発端とした、「愛されたい」願望を抑えきれないA子による、破壊行為だったのである。そこには、「こうなったらスタッフ全員に関係を知らしめてやる!」という、ねじれた自己顕示欲もうかがえた。

店長は、騒ぎを起こした責任として、遠くの店へ異動になり、A子はそのまま消えていった。私やB美らスタッフは、すっかり「傷ついた」A子に騙されて巻き込まれてしまい、店長からなんの釈明も聞かないまま、悪人に仕立てて排除運動に加担してしまったのだった……。

SNSに大量生息する「傷ついた人」

日々の報道からSNSでの日常報告まで、「傷ついた人」からの告発には枚挙にいとまがない。友達の何気ない一言に傷ついた人から、好きで見ていたYouTuberの言動に傷ついた人、ネットで「パパ活」していたら罵詈雑言を浴びせられて傷ついた人、過激な芸術家のモデルを引き受けたことで傷ついた人、昭和天皇の写真を焼くパフォーマンスに傷ついた人まで、本当に訴えは多岐にわたる。

特にSNS上では、傷ついた人の言葉が反響を得やすい。東に傷ついた人あればすぐさま心を寄せ、西に傷ついた人あれば一緒になって傷つけた相手を罵る……という具合で、傷ついた人のその訴え、本当に全部を知った上で共感してるの? と疑いたくなるときもある。

もちろん本当に被害者として助けられ、手当てを受けるべき人もいるのだが、どうもA子の事件のように、すべての事実が検証されておらず、実際のところどうなのかが判然としないのに、「傷つけた奴、憎し!」という総叩きのムーブに流されがちのようにも見えるのだ。

傷ついた人は、立場は「弱者」でありながら不思議な権威を持つ。

「控えおろう! この傷ついた人が、目に入らぬか! 傷ついた人が訴えている以上、やさしく親身にひたすら耳を傾けるのが、善人たる役目であるぞ! 傷ついた人に反論してはならぬ!」

問答無用に保護しなければならないような、人の罪悪感を刺激したある種の「タブー」が作られやすく、人々に「この犠牲者の味方をする善なる心」を持つように押し付けがちで、それができないのは「悪」であると断罪、あるいは粛清してしまうという現象が起きやすいのだ。

傷ついた本人が、そういう権威に居座っている場合もあれば、その権威を利用した周囲の人間が、勝手に「控えおろう!」と印籠を見せつけまくっている場合もある。だが現実は、そう単純な「善」と「悪」の二元論ではない。

「被災者」を神輿に乗せて担ぎたい人たち

2011年の東日本大震災のあと、反原発のデモが一斉に起きたが、取材をするなか、関西圏のある町で奇妙なことがあった。その町では地域住民を集めて、放射能に関する小さな勉強会が行われたのだが、そのなかで「被災者の声を聞こう」と題して、避難してきていた福島県民の1人が招待され、被災当時について語るという時間が設けられた。

地震の揺れや初期の情報の混乱、その後の避難の様子などが語られ、みんな真剣な面持ちで話に聞き入り、涙ぐむ人もいたようだが、実はこの人、福島県でも新潟県との県境に近い山間部に暮らす人で、自宅や町の被害はほとんどないという。はるばる関西圏まで避難してきたというのも、そこに肉親が住んでいて、「余震が心配だから、念のためしばらく福島県から離れておこう」という感覚だったらしい。

震災によって日常が変化した人、というのは確かだが、恐らく主催者がイメージした「福島県から逃れてきた原発被災者」とはかなり実態が異なっていたのである。

なんだかトンチンカンな笑い話ということにもできるが、「福島県民」=「原発被災者」とたちまち結び付けてしまう感覚は、風評被害というやっかいな弊害と密接に結びついている。原発に反対する気持ちはわかるし、悪気もなかったと思うのだが、福島県民と見るや、神輿に乗せて、「被災者の声を聞かせてください!」と拝む態度には問題があったと思う。冷静になりたいところだ。

プロパガンダになった「殉教者」

こういった出来事は、世界中あらゆる場所で起きる。

アラブ世界では、反政府デモのさなかに銃撃された犠牲者の姿が、スマートフォンで撮影されてネット上に拡散され、あまりの生々しさに世界中に衝撃を与えた。特に、若くて美しい女性の犠牲者は、たちまちデモの顔となってゆくのだが、事態が激化してくると、どうやら本当にその運動の参加者だったかどうかもあやしくなる、「どさくさ紛れ」なことも起きているらしい。

私がとても好きな本に、イラン出身の女性漫画家マルジャン・サトラピによる『ペルセポリス』という作品がある。1979年のイスラーム革命以降、女性にヴェールの着用が義務付けられて激変していくイラン社会と、その中で生きる人々の姿を少女の目線で描いたものだ。

マルジャン・サトラピ『ペルセポリス』(バジリコ)。映画化もされている。

国王に反発して蜂起した民衆によるデモが過激になってゆき、やがて軍隊による鎮圧が始まるのだが、投石しながら「国王を倒せ!」と叫ぶデモ隊は、軍隊に殺された若い男性をみんなで担ぎ上げ、「殉教者」として称えながら行進しはじめる。

そこへ、通りがかった病院から老人の遺体が運び出されてきて、「また殉教者だ!」「国王の人殺し!」と革命のスローガンを叫ぶ人たちがこの老人の遺体も担ぎ上げるのだが、老婦人が「それは私の夫だからやめてほしい」と懇願する。実はこの亡くなった老人は、軍隊に殺されたわけでも、革命の犠牲になったわけでもなく、ガンで死んだのだ。

だが、デモ隊からは「王党派なのか?」と疑われ、老婦人は何も言えなくなる。そして結局、デモ隊の列に加わって、ガンで死んだ夫を担ぎながら「国王の人殺し!」とスローガンを叫ぶのだった……。

犠牲者はプロパガンダに利用されやすい。これはいまの日本社会の「傷ついた人」をめぐって巻き起こるムードや、人々の集団行動にも通じているところがあると思う。

まるでヒツジのように集団行動をしてしまう人々は、オオカミのような獣の恐怖に怯えて隊列を組むのでなく、「犠牲になったヒツジの幻影」に支配され、「右向け右! 左向け左!」と行進しているときもあるというわけだ。

関連キーワード

{ この記事をシェアする }

オオカミ少女に気をつけろ! ~欲望と世論とフェイクニュース

嘘、デマ、フェイク、陰謀論、巧妙なステマに情報規制……。混乱と不自由さが増すネット界に、泉美木蘭がバンザイ突撃。右往左往しながら“ほんとうらしきもの”を探す真っ向ルポ。

バックナンバー

泉美木蘭

昭和52年三重県生まれ、作家、ライター。日々、愛しさと切なさと後ろめたさに苛まれている不道徳者。社交的と思わせて人見知り。日頃はシャッターをおろして新聞受けから世間を覗いている。趣味は合気道、ラテンDJ、三浦大知。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP